第百六話 魔王軍の奇策
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船の柵にしがみつき、必死に発光しながらも、シャインは生き残ることを諦めてはいなかった。
彼女とハヤテとデンデが船に乗っていた理由は、ヤマカワの町の町長の気遣いが原因であった。
ヤマカワの町の町長は、町の住民たちに今回の騒動の説明をした後、港を訪れていた。
彼には町長として日々の業務の他に、今作戦に関する膨大な事務作業が残っていたのだが、やはりそもそもの作戦の成否について気になって仕方がなかったのだ。
そもそもいつもよりも大分早くに起きたために、通常業務開始まで時間があったから港に顔を出すくらいの時間はあった。
そして彼はそこで、白虎の国からやってきた風の勇者と雷の勇者の兄弟と、朱雀の国からやってきた光の勇者の娘と出会ったのだ。
3人は今回の戦いでは足手まといになると判断され、ヤマカワの町到着後にナイト達と分かれて留守番をしていた。
そんな3人もやはり作戦の成否が気になっていたので、ナイトたちが出港した後も港に留まり、見ることも出来ない戦場に思いを馳せていたのだ。
そんな3人はその外見的な特徴と、玄武の国と白虎の国それぞれから選ばれた護衛に囲まれているお陰で、港の中でもかなり目立っていた。
目立っていたから当然のように町長の目に留まり、そして勇者2人の外見を見た町長はすぐに正体を看破した。
現在は勇者でもなければ成人にもなっていない2人ではあるが、近い将来人類の希望になることが決定している2人を見た町長は当然のように挨拶に行き、3人の置かれている状況を把握。
そして町長は島への上陸は許可できないが、ならばせめて島の近くまで船で近づいてみないかと提案したのである。
「まぁ! それは確かに有り難いですけれども、宜しいのですか?」
「構いませんよ。私も作戦の成否が気になってうずうずしていたのです。ならば船に乗り、戦場となっている島の姿だけでも一目見たいと思ったとしても仕方ないではないですか」
「でも、見たところこの場にあった船は全て出払っているみたいですけど?」
「この場に用意してあった船はあくまでも今作戦で使う予定になっていた船だけです。普段漁師たちが使っている小さな船や、来賓を載せるための客船などは少し離れた岸辺に移動してあるのですよ」
「じゃあオレたちも船に乗れるのか!?」
「ええ、私と一緒に客船を使って包囲網の外まで行きましょう。ひょっとしたらお帰りになる勇者様方を船の上でお出迎え出来るかもしれませんよ」
「「行きます!!」」
そう元気よく返事をして、3人はヤマカワの町の町長と共に、通常の船よりもかなり大きな客船に乗り込んで、大河の中心付近に存在する魔王が潜む島へと近づいていったのだった。
河の流れに揺られることしばし、3人の乗った船は大河の中で島をぐるっと包囲している玄武の国の船団のすぐ後ろまで近づいていった。
近付いて来る客船を見た兵士が近づかないようにと警告を発したが、ヤマカワの町の町長と光の勇者の娘と子供勇者2人が乗っていることが分かると、渋々待機が認められた。
彼らが包囲している場所からは当然の事ながら、島の内部の様子は分からない。
しかし船の上から島を眺めれば、所々から煙が立ち昇っている様子が見て取れ、島の内部で戦いが行われている事は容易に想像がついた。
シャインもハヤテもデンデも、船の柵へとしがみついて、島の様子を食い入るように見つめている。
見つめたところで何がどうなるわけでもないが、それでも見つめてしまうのだ。
目の前の島の中では彼らの家族が強敵相手に戦いを挑んでいるのだから。
ヤマカワの町の町長や護衛たちはそんな彼らのすぐ後ろに立ち、彼らの様子を優しい笑顔で見つめていた。
「もうしばらく島の姿を見せたら引き返そう」と考えていた彼らではあったが、彼らのその時の立ち位置が、彼らのその後の明暗を分けることとなった。
最初に『それ』が近づいてきた時、『それ』の正体に気がついた者は、その場には誰もいなかった。
はるか遠く、角度を考えると島の上にそびえ立つ山の中腹辺りから向かって来た『それ』は、一直線に玄武の国の船団へと近づき、そして船団よりも少しだけ後方にポツンと存在していた客船のすぐ横へと突き刺さった。
そして素早く客船を巻き取ると、今度はあっという間に『それ』は島へと戻っていったのだ。
『それ』はフロッグが伸ばしたフロッグ自身の舌であり、舌であるから当然の様に持ち主の元へ帰っていく、
巻き取った客船と、その柵にしがみついたままの勇者2人と勇者の娘と一緒に。
柵にしがみついていなかった、護衛と町長を川の中へと振り落としながら。
フロッグがその船を狙ったのは単なる偶然であった。
乗組員の正体を看破して狙ったわけではない。
ただ単に遠目から見ても一番大きく、狙いが着けやすかったので選んだだけだ。
ただそれだけ、本当にただそれだけだったのだ。
彼の役目はこの場に陣取り、自らを囮に勇者たちをこの場に釘付けにして、魔王様が光の勇者へと一撃を喰らわすスキを作ることだった。
だからフロッグは、巻き取った船の甲板が突然発光し、その光が原因で、魔王様の幻覚魔法により隠されていた『島にある本当の山の位置』が暴かれた時、己の失策を悟った。
勇者たちを騙していた策がバレたのが分かったのだろう、魔王様は即座に作戦を変更し、飛び出してきた光の勇者へと向かって先制攻撃を行った。
しかしそれは光の勇者に対応され、奴は無傷で遥か下の地面へと落下していく。
地面との距離は結構なものがあるが、仮にも勇者だ。墜落死は期待できないだろう。
その間、フロッグが巻き取り、今も空中にある船には謎の老人が取り付き、こちらの策を台無しにしてくれた人間の少女と小さな子供2人を抱えて、一瞬にして脱出していった。
惚れ惚れするような動きである。人間の分際でまるで鳥のような動きだ。
そうしてその老人と魔王様は、ほぼ同時にフロッグが乗っているこの山モドキへと着地した。
そしてそれと同時に魔王様が、山に擬態していた『相棒』の封印を解いたのであった。
目の前で起きたことを頭で認識し処理するよりも早く、次々と事態は動いていく。
テルゾウ殿は遥か下の戦場へと弾き飛ばされ、光の勇者を弾き飛ばした火の玉が着地したと思ったら、山全体が炎に包まれた。
そしてこれまた同じタイミングだろうか、ナイトが「山を降りろ!」と大声で叫んでいる。
しかしその警告は遅すぎた。
何故なら燃え広がった山の斜面が不気味に蠢き始め、我々全員は為す術もなく山から、いや、山だと思っていた何かから下へ下へと転がり落ちて行ったからだ。
そうして火傷しながら転がり落ちていく中で、私は先程までいた山の中腹あたりに目を向けた。
そこには先程までサムたちが戦っていたバーニング・フロッグとは別に燃え盛る一匹の子犬がおり、その上には何やら巨大な蛇の頭が見て取れた。
子犬の方が先程テルゾウ殿を弾き飛ばした火の玉の正体で、恐らくは火の魔王。
そしてあの蛇がこの山の正体で、その正体は居場所が特定できなかった火の魔王の最後の側近であるバーニング・スネークなのだろう。
聞いていた風体と大分違うが間違いない。
そうでなければ山の天辺が蛇の顔になったり、山の斜面が蛇の肌になったり、突然燃えだしたりするわけがないからだ。
ましてやそいつらが運悪く目があった私に対して殺気を向けてくるわけがない。
背筋に氷を差し込まれたような強烈な悪寒が体の中を突き抜けていく。
体の表面は燃え盛る蛇の皮膚に焼かれて熱いのに、内部が寒いだなんて変な話だ。
だがこの悪寒がなければ次の攻撃は防ぎようがなかっただろう。
私は直感に従い、体の前で腕を交差させる。
私は今回の戦いに合わせて城の宝物庫から耐火装備一式を持ち出し身に着けている。
しかしその装備の守りを苦もなく突破し、服を焼き、腕の皮膚を焼き、筋肉を焼き、骨まで焼くほどの火力が直撃し、私は絶叫を上げながら受け身も取れずに地面へと墜落した。
それから間を置かずに、強烈な一撃が横から襲いかかり、弾き飛ばされた私は平地で戦っている兵士たちの頭上を飛び越えて文字通り飛んで行く。
ちらっと視界に入った鎧の色は赤かった。
どうやら私は朱雀の国の兵士たちの頭上を飛び越えて、遙か後ろへと弾き飛ばされたらしい。
そしてもう一度受け身も取れずに地面に激突し、ゴロゴロと転がってようやく停止する。
防御力に秀でる土の勇者で良かった。並の人間ならば既に何度も死んでいるほどのダメージだ。
とは言え、痛いものは痛い。
オートヒールが働いているが焼け石に水だ。
文字通り死ぬほどの激痛が全身を駆け抜け、気絶することもままならない。
そんな時だ、離れた場所からとてつもない轟音が聞こえてきた。
ただ気力だけで体の向きを変え、目線を向けると、巨大な燃え盛る蛇が兵士たちの向こうで吹き飛んでいる光景が視界に入ってきた。
同時に朱雀の国の兵士たちを飛び越えて、1人の人間が、一直線に私に向かって突撃して来る光景が目に映る。
いや、1人ではない。その背中には2人の女性がしがみついている様に見える。
どうやらこちらへと向かってきているのはライであり、ライにしがみついているのは姉上とシャインの2人のようだ。
3人は必死の形相でこちらへ向かっており、そしてライは何故か手に持った槍を私に向かって投擲してきた。
投げられた槍はしかし私の体を飛び越えて、私の背後へと向かって行く。
そして槍が地面に突き刺さる音はせず、代わりに何か金属音がしたかと思うと、投げられた槍は再び私の体を飛び越えてライの方へと戻って来た。
それで状況が理解出来た、誰かが倒れた私の背後にいて、私の命を狙っているのだ。
腕は動かず、背後を見ている時間もないと判断した私は、気力を振り絞り土魔法を発動して、地面の下へと潜り、離れた場所へと浮上した。
浮上した後目線を向けると、先程まで私が倒れていた場所のすぐ側には、燃え盛る一匹のカマキリが鎌を振り下ろしたままの状態で存在していた。
彼は自らの必殺の一撃が避けられたことを認められず、憤怒の形相でこちらを睨んでいる。
そこにライ達が到着し、ライは私の前に出て奴と対峙し、姉上とシャインは私の傷の治療を開始した。
当初の作戦では、私の相手はあの蛇だったのだが、どうやら標的変更のようだ。
私はライと姉上とシャインと共に、火の魔王の新参幹部、マンティスの相手をすることになったのであった。
山に化けていた蛇が正体を表し、俺たち全員が地面に向かって転がっている時にその絶叫は聞こえて来た。
転がり落ちながらも視線を向ければ、ロックの奴が火の魔王の攻撃を正面からまともに受け、その両腕が遠目から見ても炭化していた。
更に落下が終了し、地面に激突し、受け身を取って顔をあげると、蛇の尻尾に弾き飛ばされたロックの奴が朱雀の国の兵士たちの頭上を飛び越えて遥か彼方へと弾き飛ばされていくのが見えた。
蛇の攻撃はそれだけに留まらず、それから何度もその巨体をくねらせ続け、その度に仲間の誰かがこの場から弾き飛ばされていくのが分かった。
しかしその攻撃も長くは続かない。
最初に地面に叩き落され、モンスターの群れの中へと落とされたテルゾウ殿が戦線に復帰し、蛇を殴り飛ばし、平地の端まで吹き飛ばしたからだ。
そしてテルゾウ殿はそのまま、その場に残っていた燃え盛る子犬と戦いを開始した。
話には聞いていたが、実際に見てようやく理解出来た。
あれが火の魔王、バーニング・チワワ。
可愛らしいのは外見だけで、その雰囲気は禍々しく、正に魔王の風格だ。
俺たちの仕事はテルゾウ殿が魔王を倒すまでの間、魔王の側近を彼に近づかせないことである。
俺は気を取り直し、状況の把握に務めることとした。
今この場にいる仲間は、俺の他にはエルとサムとキングだけだ。
少し離れた所にはライとロゼとシャインが固まっている。
他のメンバーは見当たらない。どうやら先程の蛇の攻撃で別々の場所に弾き飛ばされてしまったようだ。
そして向こうの戦力は平地の奥にはバーニング・スネーク、目の間には魔王がいる。
先程までサムが戦っていたバーニング・フロッグの姿が見えないと探してみると、平地の向こう、俺たちが登ってきた魔王軍のアジトの坂の部分辺りで飛び跳ねているカエルの姿を見つけた。
そしてそのカエルには黒い影が絡みついているのが見て取れる。
どうやらあのカエルの相手はアナがしているようだ。
ならば俺たちの相手は平地の奥の巨大ヘビだと考えたが、同時に最後の側近であるマンティスは何処にいるのかと考えた。
父さんとゼロに話を聞く限り、マンティスは最初はアジト入口にいたが、俺たちが合流する直前に姿を消している。
恐らくはアジト内部、それも魔王の側まで移動したのだろう。
しかし今、目の前ではその魔王が、光の勇者と戦いを繰り広げている。
そもそもこの魔王だって、つい先程までは向こうに隠されていた山に隠れ潜んでいたのだ。
だからマンティスはまだ向こうにいるはず……とそこまで考えて、まずい状況になっていることに気が付いた。
魔王軍の幹部の1人が俺たちとは逆サイドにいて、そこには現在重症を負った我が親友がたった1人で倒れているはずなのだ。
先程の蛇の攻撃でもあちら方向へと飛ばされていたのはロックだけだった。
重症を負った勇者がたった一人で転がっていたら命を狙われて当然だ。早急な救出が必要になる。
俺はこの場の人員を見回し、すぐさま次の行動を決定した。
「ライ、ロックの奴が危険だ! ロゼとシャインを背負ってすぐさま救出に向かえ!!」
「分かりました。兄さんは?」
「俺たちはあの蛇の相手をする。各々担当する側近を倒したら、別のメンバーの援護に向かえ!」
「「了解!」」
俺の指示で各々が動いていく。
ライに2人を背負わせて救出に向かわせたのは、ライたちがいた場所が俺たちよりもロックのいる場所に近かったからだ。
敵の側近がバラバラの場所に散らばっている以上、戦力は分散させねばならない。
それにライは今回の戦いのために城の宝物庫から疾風の靴を持ち出しており、ロックの救出には打ってつけの人材だったことが決め手となった。
だから向こうはライたちに任せて、残った俺たちは俺たちで、目の前の仕事を果たさなければならない。
俺たちは魔王と勇者の戦いを横目に見ながら、奥まで吹き飛ばされた巨大な蛇の下へと向かって行く。
こうしてそれぞれの場所での戦いが幕を開けたのであった。




