パーチェックと面倒事
あれからルナと火の番を交代した俺は、女だらけのテントに行く訳にもいかず。
白の隣で夜を明かした。
いつの間にかルナに膝枕されていたのには驚いたがねぇ…
軽い朝食を済ませ簡易テントをたたみ、俺達は依頼者の元へと向かう。
「…本当に此処、か?」
そこはまるで夜の街…まあ、今は昼だが。
そこたら中に娼館が立ち並ぶ色町だった。
ケバケバしい色合いの建物が並び看板も怪しい物が多い。
町の名は『パーチェック』らしい。
町ゆく男共はルナ達をニヤニヤと好色な目で見ていた…斬り散らすぞテメェら…
しっかし、この世界に来て初めての集落はバ・ゴブの村で、王都以外の町は色町が最初って…何だかねぇ。
あ~、俺も溜まってんだよな…
しかし、この世界の衛生面が気になって娼館とか行く気にならん。
「ええ、ここいら一帯を取り締まっているジャオマ・ダーカンさんからの依頼です…しかし…」
「しかし何じゃ?」
「クエスト受領条件が設定されていることが気になりまして…」
クエスト受領条件ってのは、簡単に言えばDランクはCランクの依頼を受けられませんよといった条件をギルドでは無く依頼者側が決める事を『クエスト受領条件』という。
ほとんどが薬草の摘み方や肉の運搬方法の指定、珍しい素材のはぎ方などに使われ、討伐クエストに条件を付ける依頼者は業者くらいだ。
そして、討伐クエストは文字通り『討伐』だ。
依頼者のほとんどが倒してくれればそれでいいと言った人たちだ。
自分たちでどうしようもないから依頼を出すのだ、条件を付けるのは素材や肉を扱う者ぐらいなのだが…
「それに問題があるのか?確かに討伐クエストには珍しいかもしれんが」
特に問題があるとは思えんがねぇ?
「えっと…女性2人以上、それがクエスト受領条件なんです」
…ああ、ただの女好きか。
まあ、確かにアリーナンとソルファの2人で、しかも色町でそんな条件を出す依頼者とか不安だわな。
俺は用心棒代わりってとこか?
まあ、実際に2人じゃキツイのかもしれんが。
「今更だが…討伐対象は何なんだ?」
「えっと…『ローパー』50体ですね」
ローパーってのはあれか?ゲームとかで出で来る触手の奴か?
「何で数がわかっておるんじゃ?偵察でもだしたのかのぅ?」
「まあ、ジャオマ・ダーカンってのに聞けば分かるだろうよ」
そう言って俺達は依頼者の待つこの町で一番デカい娼館『蜜の森』へと向かう。
「んん?何だお前等は…ほう、いい女達じゃないか売りに来たのか?ブベッ!」
店の前に立っている門番がそんな事をぬかした。
おいおい、思わず手か出ちゃったじゃないか。
「イチナさん!?何してるんですか!!」
そりゃお前…
「ああ、すまん。あんまりにもフザケタ事ぬかすから…つい」
反省も後悔もしてないがな。
「ああもう…僕たちはギルドから来たものです。依頼者のジャオマ・ダーカン氏に合わせて頂きたい」
そう言ってギルドカードを見せるソルファ。
「……確かにではコチラへ、ただしモンスターとその男は駄目です。ダーカン様を殴られては堪りませんので」
と俺を見ながら皮肉げに笑う門番。
流石に依頼者にはやらねぇよ…まあ、今回は自業自得ではあるがねぇ…
「イチナよ大人しく待っとるんじゃぞ?」
あちらの出方次第だねぇ、それは。
「全く自業自得よ?さあ、白たんを預けなさい!守ってあげるから…ね?」
断る。
「じゃあ行ってきますね?イチナさん話を聞くだけですから直ぐに済むと思います」
まあ、煙草でも吸いながら待ってるさ。
そう言って中に入って行く面々。
「…お前は行かないのか?」
「……のっと…冒険者…」
そうだったな、お前自称暗殺者だったな。
「……あいむ…さうらー…」
「……そうか、サウラーか」
サウスに顔を埋めたまま一度だけ頷き、ぐりぐりとマーキングに移行する。
「ぴ?……ぴぴー!」
テンが俺の頭からぐりぐり動くパークファの頭へと飛び移り弾かれた…何がしたいんだテンよ。
俺はテンが地面に落ちる前に拾い上げる。
「み!」
今度は白がリュックから飛び出す…がすぐに黄助に捕まり俺の眼前に持って来られる。
「み~…」
白もテンが来てから落ち着きが無くなったなぁ…もともと落ち着いていたとは言えんが。
左手に白を抱え、右手にテンを乗せて子守って大変だなぁと思う今日この頃であった。
お爺ちゃん(黄助)が面倒を見てくれる分楽ではあるがねぇ?
「…お前も何か大変そうだな、家も3人ガキが居るけどかかぁに任せっぱなしでよ…この仕事で食わせてるから止めるわけにもいかねえしな…俺の顔覚えてんのかねあいつ等」
門番…
「…悪かったな殴って。ついイラッとしちまった…吸うか?」
リュックを降ろし黄助を出して白とテンを預ける。
煙草を取り出して葉巻の一種だと門番に勧めてみる。
「悪いな…ふ~…へえ、悪くないな」
「ッフー…ああ、全くだねぇ」
男二人して紫煙を空に吐く…絵面的には悲しいものが有るな…
「……実はよ、ギルドから人が来たら男は入れるなって最初から言われてたんだ。何でかは知らないがな、あの好色狒々爺の事だ、男より女の方と話したいとかだと思うんだけどな」
それはまた…実に下らねぇ理由だな。
「しかし、お前の雇い主だろう?狒々爺なんて言って良いのかよ?」
少なくとも好色狒々爺なんて自分の雇い主に向ける言葉じゃない。
「いいんだよ、仕事さえしてりゃ男に興味を持たない爺さんだからな。聞かれてまずいのはむしろその側近達さ、下手したら物理的に首が飛ぶ」
それはまた…
「難儀なとこで働いてんなお前…」
「難儀だからこそ給金が良いのさ…そういやお前も冒険者なんだろ?今回の依頼は用心棒の募集で来たのか?もうかなりの数が集まってたはずだが…」
何?用心棒に冒険者がいるだと?
なら今回の『ローパー討伐』はどういう事だ?
冒険者が居るなら高い金を払ってまで呼ぶ必要は無い筈だが…
そう言えば遅いなアイツ等…何かあったのか?
まあ、ルナが居れば滅多な事は無いと思うがねぇ…
「…!ガウッ!!」
サウスが何かに反応し突然吠えた。
「ん?どうしたサウス、何か見つけたか?」
サウスの視線を追うと馬車が2台走り去る処だった…恐らく店の裏手から出たのだろうな。
その時店の入り口が開きルナが出て来た…ソルファ達はどうした?
「イチナ!ジャオマ・ダーカンは我等を謀りよった!」
話を聞くと案内された部屋で待っていたのはジャオマの側近と10人近くの冒険者だったそうな。
ローパー討伐に関しては奴隷や娼婦の調教用に集めたはいいがテイムもしてないただのモンスターだ扱えるはずも無く一か所にまとめて置いたそうだ。
まあ、ここまではいい…別に本人で無くとも代理という形で情報は聞ける訳だしな。
討伐対象も居るし、こちらとしてはクエストを遂行するだけなんだが…
一番最初に部屋に入ったアリーナンが人質に取られルナも動けなかったらしい。
しかも、このクエストに関わらないように、ルナにしっかりと釘を刺して。
まあ、有名人だもんねぇルナは…流石Aランク。
こちらが断る場合は違約金を払って終わるんだが…ちと、やり過ぎたねぇ…
「あの狒々爺、何考えてんだよ…ギルドに喧嘩売ってんじゃん!?」
門番が叫ぶ…本当に何考えてんのかねぇ?
「おい、門番…あっちには何が有る?」
あっち?とサウスの視線の先…俺の指差す方へと顔を向ける。
「確か…昔の『コロシアム』の跡地があったはず…」
コロシアムの跡地ね…
「門番お前は新しい仕事探した方が良いぞ?…サウス!先導頼む!」
「ガウッ!」
リュックに白と黄助を入れテンを頭に乗せ俺とルナは走り出す。
パークファはもちろんサウスに標準装備だ。
「ふむ、結構冒険者が居るな…ごろつきも多いが」
コロシアムの跡地と言っても使われなくなって10年もたってないだろう。
風化も無く意外としっかりしている…
「じゃあ行こうかの?」
「いや、残念だがルナは留守番だ…白とテンを頼む」
なんでじゃ!と言うルナに子猫とひよこを預ける。
「み?」「ぴぴ?」
「ルナはクエストに手を出さないように言われてんだろうが。俺は仕事をしてくるだけだ…パークファ降りろ、それともお前も来るか?」
かなり迷った末に渋々とサウスから降りるパークファ。
「……おーが…でびる…イチナ…」
あ~鬼、悪魔、俺で良いのか?
まあ、いいがね、ちいとばかし腹が立ってるからな…その程度じゃ気力は削げんよ。
「ルナよ、投げナイフ何本かくれんかね?多分返せんが…」
そっぽを向いてるルナはベルトを外し「ほれ」と渡してきた…いや、付けられねぇよ。
「我の代わりに持っていくんじゃ…拒否権は無い!」
ああ、うん…たすき掛けなら何とか行けるか?
「サウス、邪魔する奴に遠慮はいらん。黄助お前の出番は中に入ってからだ…行くぞ」
サウスは黄助を乗せたまま頷き、黄助も体を固定するためサウスに鞭をまきつける。
「ん?おいココはジャオマ様の私有地だ、早々に立ち去れ!」
ぞろぞろとゴロツキや冒険者が集まって来た。
ん~?男しかいないな…
俺達の件とは別に依頼をかけたにしても、それでギルドを誤魔化せるとも思えん…
この町に遊びに来た奴に直接依頼したのかねぇ?
「あいにく俺も仕事で来てるんでね…ジャオマからの討伐依頼を遂行しに来たんだ、邪魔するなら…な?」
「討伐?…お前あの二人のパーティーメンバーか!悪いな近寄らせないように言われてるんだ、それにこの人数に1人と1匹でどうするつもりだ?」
ニヤニヤしながら剣を抜くアホ共…20人くらいか?
アホ共の温い殺気が纏わりつく…
「ちいとばかし腹が立ってるんでな、邪魔をするなら加減は出来んぞ…」
温い殺気を塗り替えるように、俺の殺気がこの場を満たす。
「ひっ!」ゴロツキ共は腰を抜かし、冒険者もジリジリと後退し始める。
「何をしているんですか?さっさと殺しなさい、何のために雇っていると思っているのですか…全く…3倍ですその男をやれば契約金の3倍払いましょう…ヤレ」
アレがジャオマの側近って奴か?
眼鏡、金髪、優男。
服は良い生地使った執事服。
人を塵のように見る奴だな…敵にはなれるが友には成れそうもない、なる気も無いがねぇ?
しかし、今の話のせいでアホ共の目の色が恐怖から欲濡れの目に変わった…来るか。
「う、うおおおお!」
一人の冒険者が大上段で切り付けてきた…が。
「ガウッ!」
無残にも風の刃に刻まれる。
「まあ、仕方ない…押し通る」
別に全て殺す必要は無い、邪魔な者だけ斬り倒せばいい。
一匁時貞を肩に担ぎ構える。
側近はいつの間にか居なくなっていた、恐らく報告に行ったのだろう。
俺とサウスは正面突破を敢行した。
「行くぞ、サウス。着いて来い『武技・走秋』」
正面の冒険者達をすり抜けるように斬り、走る抜ける。
サウスもまた正面に風の刃を叩きつけ、切り刻みながら突破した。
「追え!追えー!」と背後から聞こえるが俺とサウスはすでにコロシアムの入り口だ。
コロシアムに入った俺が客席から見た物は。
中央にひしめくローパーと孤軍奮闘するソルファの姿だった…
「ハァハァ…くっ!数が多すぎる…くあっ!?」
背後からの一撃で膝をつくソルファ。
そこにローパー共が群がろうとしていた…
「神薙流居合抜刀・『八耀』」
客席から跳び着地前に居合の八連撃で斬り散らす。
同じく客席から飛び降りながら風の刃を放ちながら着地するサウス。
「お~お~、うじゃうじゃとまあ…さて、黄助出番だ」
魔石を取り出しバックル『ジョニー』に押し込む…この感覚にも大分慣れたな。
「…グルガァアア!!」
咆哮と共に鞭を振るいローパー共を薙ぎ払う黄助。
「イチナさん…何で?僕よりもアリーを…」
ソルファの視線の先に、恐らくこのコロシアムが使われていた際お偉いさん方が使っていたVIP席があった…結界でも張ってるのか薄いガラスのような膜につつまれている。
そこに肥え太ったオーク似のジジイとさっきの側近、その護衛の冒険者が2人。
そして手錠をされたアリーナンの姿が有る。
俺の乱入したのが原因か側近がアリーナンに剣を向けた…あの野郎、こっちを見て笑いやがった。
剣を振り上げる側近。
「お嬢様ーー!!?」
俺はルナから借りたベルトから投げナイフを1本取り出し投球術で投げつける。
チュインッ!という音と共に奔るナイフは薄い結界を貫通し側近が持っていた剣を砕いた。
…止めたきゃハフロスくらいの結界を張れアホウが。
驚きを顔に貼り付けコチラを注視する側近。
距離があって声は届かんが…
ルナのベルトを親指で叩き、まだまだあるぞとイイ笑顔を添えてやる。
「さて、ソルファ、選手交代だ…ちょっと壁際で休んでろ。それとアリーナンに何かあったら教えてくれ」
次やったら頭を狙うかねぇ…
「…は、はい…あの…御武運を」
あいよ、と言ってローパーの群へと向かう…おお、黄助とサウスが無双してる…
黄助が鞭を持って薙ぎ払い、爪を持って両断する。
サウスは速さを以てローパーの触手を避け、風でまとめ刃で刻む。
さて、俺は…イメージだ、爺さんでは無く『焚き火』と『煙草』炎と熱。
宿すは、刻波。
アンドレイから魔力が来る。
「さあ、決めようかねぇ…サウス!黄助!下がれ!」
俺の後ろまで下がるサウスと黄助。
「燃え散れ…甘坂流居合・『炎刀一閃』」
キィン…
刻波を横一閃に抜刀。
鍔鳴りと共に灼熱を宿した魔力が刻波の上を滑り、斬撃となって残ったローパーに向かい飛んでいく。
ローパーを刻み燃やしていく赤い斬撃…
ふむ、刻波自体が元の世界の物だから、俺と同じで『理』が違うと言えばそうなんだが…
俺は魔法を喰らったら表面を滑る何てとは無いしな…分からん。
一匁時貞は魔石を斬って『魔剣』に成ってこの世界の『理』が入っているから、恐らくイメージ魔法の効果が無くなるまで振ることが出来るんだろうな。
俺の魔力強化を受け付けるのは同じ世界の『理』だからかねぇ?
「まあ、いいか…後はアリーナンだけだな」
さて、返してもらおうかねぇ…俺の仲間をさ。




