エピローグ
澄み渡る空に祝砲の矢が放たれる。
鐘が鳴り響き、鳥が飛び立ち、街には祝いの飾りが付けられ、かがり火がそこかしこにともされていた。
「ユーリーアさんっ!ぁ、っけない……ユリアナ様、お支度は整いましたか?」
リリィがひょこんと顔を見せて舌を出して「ごめんなさい」と謝るので、笑顔で答えて見せた。
「えぇ、十分よ。まぁ、リリィ、貴女も可愛いわね」
「うん、ザキと久しぶりに会えるんだもん、おめかししなくちゃ。他のヒトに目移りされたら困るもん。あ、今日はね、ジークさんもフレアさんを連れてくるみたいだよ。ユリアさん、じゃなくて……えっと、ユリアナ様も皆に逢うの久しぶりでしょう、良かったね、嬉しいでしょう?だけどね、ラヴル様がやきもち焼いちゃうかもしれないから、会っても静かにしてた方がいいよ。あ、これ、こっちに置いとくね」
お喋りしながらも、片付け忘れられていたアクセサリーを見つけて、宝石箱に仕舞ってくれる。
リリィは、ラッツィオの侍女見習いを卒業して、今はロゥヴェルの高等侍女だ。
ナーダとライキは、ラヴルにルミナの屋敷の管理を任され、ツバキは変わらずに側近として城に常駐している。
ラッツィオともロゥヴェルとも仲の良いリリィには、あちらこちらから情報が入るらしく、いろいろ教えてくれる。
昨日も、新たなことを仕入れて、教えてくれたのだ。
それは、驚いたけれど、とても喜ばしいことで。
“ね!聞いて驚かないで!あのマリーヌ講師が婚約したんだって!相手は誰だと思う?この城の、ケルヴェスさんだって!!信じられないでしょ!?”
と。興奮気味に言うので、一緒になって、きゃあきゃあと喜んだ。
前王セラヴィの側近であるケルヴェスは、とても印象の悪いお方だったけれど、ラヴルがそのイメージを変えてくれたのだ。
婚儀の時にワインに毒を盛った犯人を捕まえたと、彼ほどに忠実で優秀な部下はいないのだと。
今は、確かに、そう、だと思える。
犯人を牢に入れて、彼が直接厳しい尋問をしてるのだそう。
あんなこと、もう二度と起きないようにと、ただそれだけを願う。
“ね!式には、私にも、ユリアナ様にも是非来てほしいって、マリーヌ講師が言ってたって!絶対に行くよね!”
もしも招待されたなら、是非とも行きたいと思う。花嫁姿のマリーヌ講師は、とても綺麗だろうから。
あの崩壊の日から周りの環境が大きく変わり、慌ただしく日々が過ぎていって、漸く落ち着いてきたのはつい最近のこと。
今日は、お披露目パレードの日。
リリィは私の補助役と称し、一緒に馬車に乗ってくれるらしい。
「リリィ、名前のことだけど、無理して呼び直さなくてもいいのよ?今まで通りで構わないわ」
だって、命名したラヴルでさえ間違えることが多いのだ。
指摘してあげると、何ともバツの悪そうな顔をするのだ、思い出してクスクスと笑う。
と。ノック音の後に、噂の当人が顔を出した。
「新王妃は、随分楽しそうだな?」
「はい。新魔王様、お陰様でとても楽しいわ」
「良いことだ。支度が出来たならば、行くぞ――――」
***
――――……紙吹雪が風に舞う。
道沿いに、民が居並んでいる。
「王妃さまーー!!」
「魔王様ーーー」
そこかしこから声がかかる。
手を振ると、幼い子たちが飛び上がって喜んでいた。
道には、ビリーたち一家も並んで手を振っている。
モリーの腕の中で、あの時生まれた女の子がすやすやと眠っている。
爺様も涙を浮かべながら嬉しげに笑い、クルフ一家もその隣でぶんぶんと大きく手を振っていた。
ユリアナは、なるべく一人一人の顔を見る。
民の顔を一人でも多く覚えたいと思っていた。
「あ、ユリアナ様、ジークさん達だよ」
リリィに言われてそちらのほうに目を向けると、ジークがフレアさんと一緒に居て、にこにこと笑って手を振っていた。
その横にはザキがめんどくさげに立っている。
「あーあ、ザキったら。今日くらい嬉しそうな顔作ってもいいのに」
リリィがぼそりと言うのが可笑しくて、ふふっと笑い声を漏らしてしまった。
ラヴルがそれに気付いて「どうした、何が可笑しい?」と怪訝そうにした。
「懐かしい顔が沢山見られて、嬉しいのです」
「そうか、ユリアナの思うときに会いに行けばいいぞ。あぁ……だが、しょっちゅうでは、困るぞ――――」
「えぇ、ありがとうございます」
複雑な表情のラヴルに、ユリアナは、ニッコリと微笑みを返す。
―――そう。
表向きには、行かない。
ティアラの部屋を思い浮かべる。
平らかなドアの向こう。
あの日、セラヴィと一緒に掃除した部屋は、今も綺麗に保たれている。
憮然とした表情の彼が、今も箒を持って佇んでるような気がする。
皆に会いたくなったら、あそこへ行こう。
あの、何もないティアラの部屋に。
そして、緑の門を潜るのだ。
魔王様には、内緒で――――
『完』