11
考えるより先に体が動いていた。
セラヴィの胸に、幾つもの光矢が当たったのが見えた。
浮いていた体が、すー…と、下に降りていく。
落ちたシャンデリアの破片が飛び散りがれきが散らばる床を避けながら必死に進む。
地に落ちたセラヴィに敵が迫って囲み込むのが見える。
ぐったりと蹲った体にゆっくりと腕が上げられ掌が向けられる――――
「止めて!!お願い!駄目!」
その方はこの世界にとって大事な方なの!駄目なの!
ありったけの声を出して叫ぶ。
私なんかよりも、ずっと、ずっと、大事なお方なの!!お願い―――!
叫び続けていると、敵の一人がこちらを向いて掌を向けてきた。
他のヒト達は、セラヴィに何か話しかけているように見える。
「これは、これは。黒髪の姫様は気丈にお美しく。お会いでき大変光栄で御座います。貴女様も、じきに送って差し上げますから、どうぞご心配なきよう」
敵の一人が近付いてくる。
後退りをして逃げるけれど、がれきに邪魔されて上手く動けない。
「ちょろちょろ動かないで頂けますか。狙いが、狂います」
――パシン―――
横にある大きながれきに、光矢が当たった。
足が、竦む。
動けない。
悔しい。
このまま、やられてしまうの?
目をギュッと閉じて体を固くしていたら「ぎゃあぁぁ!」と叫ぶ声が聞こえてきた。
敵が放ったであろう光矢は、全く届く気配がない。
そっと目を開けると、ヒインコが敵の目を嘴で突いていた。
「ぐうぅ……この!この!」
やみくもに手を振り回し続ける敵の手を交わし続けて攻撃をするヒインコ。
とうとう振り回す手が当たってしまい、飛ばされて床に叩きつけられた。
目を押さえた敵が、ぐったりと横たわるヒインコに向かって掌を向ける。
「く、この鳥が――――」
「止めて!!!」
駄目!叫びながら止めようと手を伸ばしたその向こうに、それは、来た。
「―――ウォン……ガルルルルゥ……ウー」
鳴き声と唸りが聞こえ、疾風の如くに現れたブラウンの美しい獣が飛びかかり、攻撃をしかける敵の腕をがっちりと噛んだ。
叫び声をあげてよろめく敵は、痛みに震えながらも自らの腕に向かって光矢を放つ。
それを素早く察知して、敵の腕から離れた獣は、ヒインコを護るようにして敵との間に立った。
体から、黄色がかったブラウンの気がゆらゆらと立ち上る。
唸り声、美しい毛並み、大きな耳に大きな口、ふさふさのしっぽ。
この姿は―――――
―――シュン―――と、風を切る音が聞こえ、黄金色の残像が見えたかと思えば、目の前で敵が二人呻き声をあげて蹲っていた。
「油断するな、ザキ」
「ち、油断なんざしてねぇよ」
狼は、倒れてるヒインコを大切そうに咥えて、背中に乗せた。
「ザキ、なの……ヒインコは、そのコは、大丈夫なの?」
「気失ってるだけだろ……すぐに目が覚めるぜ」
「遅いですよ、王子様。おかげで私は、へとへとです」
背後からアリの疲れた声がした。
この狼は、やっぱり……。
「バル。貴方は、バルなの……?」
「あぁ、民の誘導を手伝い、各方面に指示をしていたら遅くなった。―――しかし、まさか、こんなことになっているとは―――すまん、怖い思いをさせた」
「バル、お願い!セラヴィが……セラヴィが」
バルの顔が霞んで見える。
怖くて、ホッとして、懐かしくて、心強くて。
いろんな思いが交錯して、半ばパニックになりかける。
「もう大丈夫だ、安心しろ。あっちには、ラヴル・ヴェスタが行ってる」
「ラヴル……が――――?」
バルが顔を向けた方に目を向ければ、滲む視界に青い色に包まれたヒトが敵を次々に投げては捨てるのを、腕を組んで静かに見守ってる姿が見えた。
次第に、セラヴィの姿が現れる。
蹲ってるそれは、全く動く様子が無くて――――
「セラヴィ……?」
「―――来い、ルルカ」
ラヴルの静かな声が聞こえてくる。
御殿医のルルカがセラヴィの体に近付いて行くのが見える。
―――あそこに行かなくちゃ―――
ふらふらと歩くのを、いつの間にか人型になったていたバルがガシッと支えてきた。
「おい、しっかりしろ。顔色が悪い。大丈夫か?」
―――嫌……まさか……―――
足に力が入らない。
あそこまで行きたいのに。
震えるこの脚は、ちっとも前に進まない。
ルルカが沈痛な様子で首を横に振るのが見える。
ラヴルがセラヴィの元に座り込んで何事かを話してる。
バルに支えられながらそろそろと近付けば、セラヴィは私を見て薄く微笑んだ。
「セラヴィ……?」
傍に寄って手を握ると、驚くほどに冷たかった。
青くなった唇の端からは、血が流れ出ている。
「……皮肉なものだな……命が消える直前に、貴女から名を呼ばれるとは……」
「そんな……そんなこと、言わないで」
「分かっている……ぐぅ・ぅ……クリスティナ……もっと、よく顔を見せてくれ。声を、聞かせてくれ……」
セラヴィの手が、頬に髪に優しく触れてくる。
まるで、慈しむように。
「セラヴィ……お願い。もうしゃべらないで。これから一緒に国を護るのでしょう、こんな病気、すぐに治すのよ。しっかりして――――」
「やはり貴女は…情が強いな……。―――ラヴル・ヴェスタこっちへ……貴様に、全てを託す…これを……」
セラヴィの手から瑠璃色の光りの球が現れ、ラヴルの掌に移すと、それは吸収されるように消えていった。
「―――私は、これより、魔王として最後の仕事をする。後、ここにいるラヴル・ヴェスタを魔王とすることを宣言する―――」
ふり絞ったような、セラヴィの声が響き渡る。
セラヴィの表情に、強い覚悟が色濃く表れてる。
「セラヴィ……貴様――――」
「最後―――何をするの?止めて。セラヴィ、一緒に外に出るのよ」
「クリスティナ……心より、愛していた。貴女を―――」
結いあげられていた髪が、パラリと解ける。
セラヴィの唇が、額に、頬に、髪に、手に、優しく触れていく。
「……貴女には見せたくない……出て行け」
セラヴィの瞳が徐々に紅みを帯びていく。
ついさっきまでセラヴィの手を握っていたはずなのに、すぐそばにいたはずなのに、体が勝手に離れていく。
気付けばラヴルの腕の中に収まっていた。
「……何をするの?……待って。そんなの、嫌よ」
「ユリア、来い」
「ラヴル……嫌っ、離して……駄目よ、一緒に―――」
「おい、急げ。壁が崩れ始めてるぞ」
ラヴルに抱き抱えられ、どんどんセラヴィから離されていく。
ゆっくりと立ち上がり天を仰いで両の腕を広げるセラヴィの姿が映る。
手を伸ばして、ありったけの声を出して呼びかける。
「駄目!セラヴィ――――!!」
黒塗りのドアが、ピッチリと閉められた……。