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魔王に甘いくちづけを  作者: 涼川 凛
魔王に甘いくちづけを
106/118

3

ゾルグが城からの書状を受け取り、驚きに目を丸くした、ちょうどその同じ頃。


国は変わり、こちらはラッツィオの空。


相変わらずに瑠璃の森の護りは手厚く、空気は清々しい。


雲一つない、青くすみわる空がひろがっていた。


だが、ここもロゥヴェルほどではないが、気温は低い。


森の意思の力により守られてはいても、この国の陽も魔王の創ったものだ。その影響を受けない筈はない。


バルの城宮の屋根上で風にはためく狼の顔は、寒さに震えているように見える。


部屋の中では、滅多に使われることのない暖炉に火が入り、道行く民たちは身を縮めて足早に歩いている。


城の衛兵達も雨の日に着込む上着を羽織り、寒さに耐えていた。



城宮の中で、執務中のラッツィオの王子バルリーク。


溜まった書類に目を通し、次々に押印していく。


眉間にしわを寄せたその表情はイライラとして見え、あの穏やかな風貌はすっかり影を潜めていた。



進まないユリア奪還計画。


腹心とも言える側近のアリは、ジークの懸命な治療により一命を取りとめるも、未だ政務に復帰できていない。


今は医療宮から離れ、より環境の良い瑠璃の森で静養しているところだ。


ジークはもちろん、ザキまでも付き添いと称し、瑠璃の森に行ってしまった。


バルは誰にも相談することが出来ず、頭の固い大臣たちを相手に孤軍奮闘といったところだった。


焦りが募り、いっそのこと城を抜け出し単身ロゥヴェルに向かい、リリィと合流して奪う期を窺おうかとも考える。


だが、ユリアを襲った事件も未解決のままで、摘み取っていない危険な芽を放置することはできず、おいそれと城を離れるわけにはいかなかった。


「困ったものだ。アリさえいれば――――」


ため息を吐き眉間に指を乗せて、寄った皺をぐりぐりとほぐしていると、ノック音が響いた。


「―――何だ?」


「失礼致します。王様がお呼びで御座います」


「うむ、すぐに伺う」


ガタンと椅子の音を立てて立ち上がり、足早に王の城宮に向かう。



謁見の間に着けば、玉座に座った王が独りで待っていた。


傍らの台には赤い布の上に書状らしきものが置いてある。


「お呼びにより、伺いました」


「うむ……そなたに、ロゥヴェルの城より書状が届いておる。これを、取るが良い」


「ロゥヴェルから、私に――――?はい、失礼致します」


前に進み出て書状を取り、中身を一読した手がプルプルと震える。


「これは―――――まさか……」


「うむ。それをどうするかは、そなたに任せる。この機会だ、要請があれば―――――貸す」



王の瞳をじっと見つめれば、僅かに金色に光った。


バルの瞳にも決意の色が宿る。


「――――はい、有り難いお言葉、まこと感謝致します」


「そなたの御心のままに―――」


去り際に言われた王の言葉を噛みしめ、ドアを開け退室の礼を取る。


書状を握り締め、廊下に出てすぐに命を飛ばした。


「占師サナを呼び、ザキを呼び戻せ!」


今すぐだ――――







***








“―――その方は、吸血族の王族のようですよ。……誰なのか、じきに分かると思いましてよ――――”



創始の森から帰った夜。


知らされたいくつかの事実を思い返して、小さな興奮を覚えつつ眠りにつくと、再び記憶の夢を見る事が出来た。


幼い私と、あの優しい男の子の夢を――――……




――――――……穏やかな風が吹いて、周りの草がさわさわと動いてる。


ここは、セリンドルの森の草原―――?



小さな手の中には、妖精さんからもらった種がしっかりと握られている。


向かいあって立ってる男の子の黒髪はサラサラと揺れてて、黒い瞳はきらきらと輝いていた。


それをじっと見つめたままの私は、彼の薄い唇から紡がれる言葉を、一生懸命に理解しようとしていた。


「―――わかったね?きっと、待ってるんだよ。うん―――そうだ、な。約束の印を残していくよ」


何を思いついたのか、男の子の優しい笑顔が近づいてくる。


何のことだか分からなくて、じっと顔を凝視したままで首を傾げて尋ねた。


「やくそくの、しるし?」


それって、なに?


「守る印だ。目をつむって、顔を上げて前を向いてて」



笑顔が消えて、急に真剣な顔つきになった男の子を見て、小さな胸に不安がよぎった。


印というものは、消えないようにペンで書いたり縫い込んだりするものだ。


「それって、いたくないの?」


男の子は好きだけど、痛いのは嫌だ。


おずおずと聞くと、彼は、目を見開いたあとに、くすくすと笑った。


「まだやっとことないから下手だけど。痛くしないから大丈夫だよ、安心して。ほら、目を閉じて」


「―――うん、わかった。えっと……こうでいいの?」


目をぎゅぅっと瞑って前を向く努力をする。


何をされるのかわかんなくて怖いけど、この子なら信用できると思ったのだ。


「そう。いい子だね、そのまま。じっとして動かないで―――」


何かが額にあてられて、じんわりと体が温かくなる感覚がした。


頭も体もほわほわと浮かび上がるように軽くなって、なんだかすごく気持ちがいい。



―――ねむい……このまま、ねむってもいい?


そうしたら、もうすこし、いっしょにいてくれる?


よる、おはなししてくれるひと、だれもいないの。


だから、いつも、ねむれないの―――



おばば様は、私が眠るまでいろんなお話をしてくれた。


誰もいない今は、ベッドに入っても寂しくて冷たくて寒くてとても辛い。


がらんどうの部屋。


隙間風の音だけが聞こえて来る独りぼっちの夜。


怖くて、哀しくて。


いつもちっとも眠くならなくて。



―――はやくあかるくならないかな。


どうして、くらいよるがくるのかな。


あかるくなれば、とりのこえがする。


ちっちゃいどうぶつだって、おきてくるもん。


そしたら、あのこたちはきっと、わたしとあそんでくれるもん―――



朝までの我慢。


毎晩、そんな風に自分を励ましながら膝を抱えて過ごしているのだ。


明るくなるまで。ずっと――



ふらり…と意識が遠くなって、倒れそうになる。


それを、男の子の腕がしっかりと支えてくれた。


「こら、眠っちゃ駄目だよ。ほら、その妖精の種を植えるんだろう。目を開けて」


揺さぶられながらぼんやりと思う。



―――そうだった。


たね、うえなくちゃいけないんだった。


はやくうえないと、またなくなっちゃうもん―――



降って湧いた危機感に、重い瞼を一生懸命に開ける努力をする。


と、ぽやぁとする視界に男の子のやさしい笑顔があった。


頭を撫でてもらってとても嬉しくなる―――――……





―――約束の印―――


黒い瞳に黒い髪。


とても不思議な力。


吸血族の方だと言われれば、そうだと納得できる。


“大きくなったら、迎えに来る”


彼が、生きてるなんて。


優しい笑顔。


幼い私の心に温かな灯りをともしてくれた男の子。



小さくて、脆くて壊れやすい心は、あの後のあまりの辛さと哀しさに負けて川に入ってしまった。


けれど、救いあげられて城で生活を始めた私にとっては、あの約束は強い心の支えになってた筈だわ。


時が経って少女になっても、彼を待ち続けていたのだから。



男の子は、気まぐれにした約束かもしれない。


ただの同情かもしれない。


印がなんなのかは分からない。


もう、約束自体忘れてしまってるかもしれない。


けれど。


彼が誰なのかわかったら、もしも会うことが出来たのなら、この感謝の気持ちを伝えたいと思うのだ。


―――孤独な私に、希望をありがとう……って――――



ふと思い立って、宝石箱を取り出した。


細かな金細工で飾られた蓋を開ければ、不可抗力にも持って来てしまったあの指輪が入っている。


光にあたりキラキラと輝く石を見ると、胸がきゅぅと締め付けられる。



―――あの花は、今でも咲いているのかしら―――


想いと共に、自然に頭の中に思い浮かんだのは、いつか夢に出てきた一面に咲く青い花の群れ。


“今年も、綺麗に咲きました”


もしかしたら。


儚い花弁の……あの美しい花が、妖精の……。



だとしたら、毎年セリンドルの森に見に行ってたんだ。


エリスと一緒に。


彼に、会えるのを、期待しながら。



“クリスティナ。私を、思い出せ”


私の頬に触れながら出されたセラヴィの声は、消え入りそうに小さかった。



まさか――――まさかとは思うけれど……。


あの男の子は、彼は……セラヴィ、なの?


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