第一章 底辺からのスタートと神界のバグと炎上神
72時間連勤の果てに待っていたのは、女神の悪徳ローン(年利未定)だった
「いらっしゃいませーッ! 新規のお客様、3名様ご案内でーす!」
日本のどこかにある、常に人手不足の居酒屋チェーン。
経営学部に通うしがない大学生であり、不本意ながらホールバイトリーダーを任されていた俺、城木勇人(しろき ゆうと・20歳)の意識は、すでに限界を突破していた。
時刻は深夜3時。
驚くべきことに、俺は現在「72時間連続社畜シフト」という、労働基準法が裸足で逃げ出す狂気の真っ只中にいた。
「勇人先輩! 6番テーブルのお客様、ちょっと酔い方が酷くて……」
後輩の女子大生アルバイトが、涙目で俺の袖を引く。
見れば、6番テーブルの酔っ払い中年客が、別の女性店員にしつこく連絡先を聞き出し、腕を掴もうとしているではないか。
俺は疲労で霞む目をパチリと見開き、居酒屋スマイルを顔面に貼り付けてテーブルへと向かった。
「お客様ぁー! 申し訳ございません、当店スタッフへの過度な接触はご遠慮いただいておりましてー! ささっ、こちらサービスのお冷になりますんで!」
角を立てず、かつ毅然と。
俺の完璧な接客スキルが炸裂した、その瞬間だった。
「うるせええええッ!! ガキが調子乗ってんじゃねえぞ!!」
逆上した客が、飲みかけの焼酎のボトルを振り上げた。
庇うように後輩の前に出た俺の後頭部に、鈍い衝撃と、ガラスの割れる音が響く。
(あ、やっべ……。あ……あの子、ちゃんと逃げられたかな……)
(……まあ、いっか。逃げられたなら、それで)
そんな社畜の鑑のような思考を最後に、俺の視界は完全にブラックアウトした。
「はい、お疲れ様ー。君、死んじゃったよ」
目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。
しかし、神聖さの欠片もない。なぜなら空間の中央には「コタツ」が置かれており、そのコタツで芋ジャージ姿の絶世の美女が、みかんを剥きながら缶ビール(発泡酒)を煽っていたからだ。
「えっと……ここは? あなたは?」
「私は女神ルチアナ! 永遠の17歳! 君はね、酔っ払いから女の子を庇って死んじゃったの。いやー、素晴らしい自己犠牲! ゴッドチューブで配信したらちょっとだけバズったわよ」
女神(自称)は、スマホのような板をいじりながら適当に言い放つ。
「さて、そんな勇気ある君には、剣と魔法のファンタジー世界『アナステシア』に転生する権利をあげます! しかも特別大サービス!」
ルチアナはコタツからガバッと身を乗り出し、俺の目の前に羊皮紙の契約書と羽ペンを差し出してきた。
「これから過酷な世界に行く君に、特別に『伝説の鎧セット』と『ユニークスキル・ブレイブ』を授けよう! この世界で絶対に役に立つから! あ、代金は金貨100枚(約100万円)なんだけど、20歳になってからの出世払いでいいから、ここにサインしてね♡」
「……え? 100万円? 出世払い?」
「そうそう! 命の値段に比べたら安い安い! ほら、早くしないと転生のゲート閉まっちゃうから! ここに名前書いて、親指でハンコ押して!」
急かされるまま、俺は「伝説の装備」と「ユニークスキル」という甘美な響きに負け、契約書にサインをしてしまった。
その際、契約書の隅に、顕微鏡レベルの極小文字で何かが書かれていた気がしたが……。
「はい、契約成立~! それじゃ、アナステシア世界での第二の人生、せいぜい頑張ってPV(再生数)稼いでねー!」
ルチアナが指を鳴らすと、俺の体は光に包まれ、再び意識は途切れた。
「……あなた! 見て、元気な男の子よ!」
「おお……! わしらの三男坊だ! 名前はユート、ユートにしよう!」
温かい布に包まれ、俺は「ユート・ディスパーダ」として生まれ変わった。
どうやらここは農家のようだ。前世の記憶もバッチリある。
優しい両親に見守られ、俺は輝かしい異世界ライフの第一歩を……
――ガッシャァァァンッ!!!
突然、家の屋根(茅葺き)を突き破って、巨大な木箱が土間に降ってきた。
「ひぃっ!? な、なんだ!? 魔獣の襲撃か!?」
「あ、あなた! 箱の中に、剣と鎧が……!」
父親が恐る恐る箱の中身を取り出す。
俺は赤ん坊の目線でそれを見た。(おおっ! あれが女神の言っていた100万円の『伝説の鎧セット』か!)
「こ、これは……神様からの祝福かしら?」
「いや、待て母さん。剣の柄に、何か値札みたいなのが付いてるぞ。ええと……」
父親が目を細めて値札を読み上げる。
「『タローマン特売品:初心者向けガテン系防具セット(鉄の剣・盾・鎧入り) 定価:銀貨10枚(1万円)』……だと?」
……はい?
1万円? タローマン? なにそのホームセンターみたいな名前。
「あ、あなた! こっちには羊皮紙の書類が入ってるわ! なになに……」
母親が、木箱の底に入っていた書類(俺がサインした契約書)を読み上げる。
「『請求書:伝説の鎧ブランド料 兼 スキル付与代行手数料・金貨100枚(100万円)』……えっ? 100万円の借金!?」
「ば、馬鹿な! わしらのようなしがない太陽芋農家に、そんな大金払えるわけがないだろう! まだ続きがあるぞ……」
父親は震える手で、契約書の隅の極小文字を読み上げた。
「『※ユート・ディスパーダが20歳を過ぎて支払いが滞った場合、ただちにシーラン国のマグローザ漁船にて完済するまで従事するものとする』……マグローザ漁船行きって何かしら? 何かの呪い?」
両親は顔を見合わせ、青ざめている。
俺の赤ん坊の脳髄に、前世の記憶と今起きた現実が雷のように直撃した。
(原価1万円の鉄装備を、ブランド料込みで100万円の借金として組まされた!?)
(しかも払えなかったら、マグローザ漁船って……絶対生きて帰れないタコ部屋労働じゃねえか!!)
(あの芋ジャージの糞女神、俺を騙しやがったなァァァァッ!?)
俺の口から、絶望と怒りに満ちた魂の叫びが飛び出した。
「おぎゃあああああああッ!!(ふざけんなクソ女神いいいいいいッ!!)」
こうして、伝説の勇者……ではなく、タローマン製の初期装備と100万円の借金(年利未定)を背負った俺の、マグローザ漁船行きを全力で回避するための過酷な異世界ライフが幕を開けたのだった。




