表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しの献血王子がなぜか家に通ってくるんだけど、距離が近すぎてもう好きになるしかない  作者: はりねずみの肉球
第2章:同じ帰り道の違和感

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/15

パート1:『顔、近すぎて思考止まるやつ』

海斗が「ちょっとコンビニ行ってくる」と財布だけを掴んで外に出て行ってから、約五分。

リビングには、私と恒一さんの二人だけが取り残されている。


「あ、またコースアウトした」


私が持っているコントローラーが、ブルブルと短く振動する。

テレビのモニターの中では、私の操るカートが無惨にも壁に激突していた。

『マリ王』として覚醒したあの配信以来、恒一さんは本当に「まりちゃんのプレイが見たい」という理由で、海斗の特訓の合間に私とも一緒にゲームをするようになった。

今は二人で、オンラインのタッグマッチに挑んでいる真っ最中だ。


「まりちゃん、今日はちょっと調子悪い?」


隣から、耳障りの良い低音が降ってくる。

ソファに並んで座る私たちの間には、クッション一つ分の隙間もない。

彼が身を乗り出して画面を見るたびに、黒いパーカーの袖が私の肩に微かに触れる。

そのたびに、あの清潔な柔軟剤の香りがフワリと鼻をかすめ、私の集中力を容赦なく削いでいく。


(調子悪いっていうか、あなたが近すぎてゲームどころじゃないんですけど!)


心の中で絶叫するが、もちろん口には出せない。

私はそっと、本当に少しだけ、お尻をずらして彼から距離を取ろうとする。

しかし、ゲームの画面に夢中になっている彼は完全に無自覚で、私が離れた分だけ「ここ、難しいよね」と身を寄せてくる。

逃げ場がない。


「……ちょっと、手元が狂っちゃって」


言い訳をしながら、何とか体勢を立て直そうとスティックを弾く。

しかし、意識が隣の彼に持っていかれているせいで、普段なら絶対にしないような操作ミスを連発してしまう。

次の鋭角なカーブ。

あ、曲がりきれない。


そう思った瞬間だった。


「――まりちゃん、そこは」


不意に、彼の声が耳のすぐ横で響いた。

左肩越しに、彼がスッと身を乗り出してくる。

テレビ画面を覗き込む彼の顔が、私の顔の真横、ほんの数センチの距離に迫る。


「ヒャッ!?」


変な声が出た。

私の視界の端を、彼の綺麗な横顔と、さらりと流れる黒髪が覆い尽くす。

画面よりも、彼の顔の方が近い。

彼が言葉を発するたびに、微かな吐息が私の頬を撫でる。


「……ここ、こうした方がいいかも」


彼が、私の手元のコントローラーを指差す。

その手が、私の手に触れそうになる。

頭の中が、真っ白に飛んだ。


テレビから流れていたポップなゲームのBGMが、急速にフェードアウトしていく。

エアコンの微かな駆動音も、外を走る車の音も、すべてが遠のく。

世界から音が消え、ただ一つ、私の狂ったような心拍音だけが、鼓膜の内側をガンガンと叩き続けている。


近い。

近すぎる。

これは、画面の向こうのアイドルと、観客席のファンの距離じゃない。

ただの友達でも、ここまで顔を近づけたりしない。


「……って」


不意に、彼がピタリと動きを止めた。

そのままの距離で、ゆっくりと顔だけをこちらに向ける。


至近距離で、真っ直ぐな黒い瞳と視線が絡み合う。

彼の長いまつ毛の影までが、くっきりと見える。

息を吸うことすら忘れて、私は石像のように固まることしかできない。


彼の目が、少しだけ見開かれる。

そして、ほんの少しだけ頬を朱色に染めて、気まずそうに目元を下げた。


「……あ、ごめん、近かった?」


その一撃で、私のHPは完全にゼロになった。

ズルい。そんな顔で、そんな甘い声で聞かれたら、心臓が爆発してしまう。

これはもう、『推しが尊い』なんていう安全圏からの感情じゃない。

もっと生々しくて、息が詰まるような――。


「ち、近ッ! 近いです! パーソナルスペースの侵害です!」


私は弾かれたように体をのけ反らせ、ソファの端まで一気に距離を取った。

声が裏返りまくっているのが自分でも分かる。


「うわっ、ご、ごめん! 俺、ゲーム見るとつい夢中になっちゃって……」


恒一さんも慌てて身を引き、両手を顔の前で振って弁解する。

その少し抜けた反応に、極限まで張り詰めていた空気がプシューと抜けていくのを感じた。


「……もう、びっくりするじゃないですか」


私は真っ赤になっているであろう顔を隠すように、モニターへと視線を戻す。

画面の中では、私のキャラクターがとっくにコースアウトして、最下位を逆走していた。


「あはは、まりちゃん最下位になっちゃった。ごめんね、俺が邪魔したせいで」


彼が、申し訳なさそうに、でもどこか楽しそうに笑う。

その笑い声を聞いて、私はホッと安堵の息を吐くと同時に、胸の奥が激しく混乱しているのを自覚していた。


(どうしよう)


推しが、私の隣で笑っている。

その事実が嬉しくて、安心する自分と。

この近すぎる距離に、これ以上耐えられそうにない自分がいる。

安全な防波堤が、少しずつ、でも確実に決壊していく音が聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ