番外編 二人の未来②
結婚式当日。
愛理は教皇の執務室でウェディングドレスを身に着けていた。
マダムケリーが出張して着付けと髪結いをしてくれた。
ドレスはチューブトップで胸のすぐ下からチュールが緩く広がっている。アップに結った頭にはヴェールを被っている。
その姿を見たマリアンヌは微笑んでいた。
「綺麗よ、アイリーン」
「ええ、本当にお綺麗ですわ。アイリーンお嬢様」
メアリーはさっきからずっと泣いている。
マリアンヌはメアリーの肩を抱く。
「もうメアリーったら、涙でぐちゃぐちゃじゃない。式はこれからだっていうのに……。私たちは先に行っているわね」
マリアンヌとメアリーは部屋を出て行った。
愛理も最終チェックを終えた。
付添人はローナとラウラに頼んだ。
ローナは愛理を先導し、ラウラはドレスの裾を持ってくれた。
事務所のドアの前には王のジャレッドが待っていた。
愛理はお辞儀をした。
「よろしくお願いいたします」
「ああ。まかせなさい、アイリーン。君の父親の代わりを立派に努めよう」
愛理はジャレッドの腕を掴んだ。
そして、もう会えない両親を想った。
――ママ、パパ。私は今日イアン様と結婚します。イアン様とならきっと大丈夫。
目の前のドアが開き、バイオリンの演奏がはじまった。
愛理はジャレッド共にイアンの元に歩みだす。
一階席には教会関係者、その最前列にはエヴァンス家の家族たち、クレイグが座っている。
二階は王太子のアルフレッドと騎士団長のアーサー、イアンと付き合いのある貴族が座っている。
ジャレッドはイアンに愛理を託し、イアンは愛理の手を取った。
「綺麗だよ、アイリ」
愛理は微笑んだ。
愛理はイアンと共にマーガレットの前に立つ。
マーガレットは二人を優しく見つめた。
「新郎イアン。あなたはここにいるアイリーンを、病めるときも、健やかなる時も、富めると時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「新婦アイリーン。あなたはここにいるイアンを、病めるときも、健やかなる時も、富めると時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「それでは、誓いのキスを……」
愛理とイアンは向き合う。
愛理は少し膝を折り、イアンは愛理のウェディングベールを上げた。
そして、ふたりはキスをした。
マーガレットが脇に置かれた台を手で指し示す。
「結婚証書にサインをお願いいたします」
愛理とイアンは移動して、それぞれサインをした。
結婚証書を二人で最前列に座るジャレッドの元に持っていく。
ジャレッドは立ち上がって受け取り、参列者を振り返って結婚証書を掲げた。
「今ここにエヴァンス侯爵と、聖女アイリーンの結婚が成立したことを宣言する」
教会中で盛大な拍手が沸き起こった。
愛理はイアンの腕を掴み、ふたりは退場するためフラワーシャワーの中を歩いて行く。
「おめでとう。シスターアイリーン、イアン様」
「お幸せに!」
口々にお祝いの言葉を投げかけられ、愛理とイアンは笑顔でそれに応える。
教会の扉が開くと、そこには王都中の人が集まっていた。
出てきた二人の姿を見て、わぁっと歓声が上がる。
愛理とイアンは驚いて顔を見合わせて、集まってくれた人たちにお辞儀をした。
それから教会の前に止まっている馬車に乗り込む。
馬車は次の披露宴会場の王城へ向かった。
王城に着くと、愛理は控室に通された。
今度は使用人に手伝ってもらって、披露宴用のドレスに着替える。
次に着るドレスは、明るいグリーンで肩が大きく出ているデザインだった。スカートは腰から下はふんわりと広がり、裾には大きなフリルがついていた。所々に花の刺繍がしてあり、全体的に可愛らしいドレスだ。
愛理の着替えが終わると、扉がノックされた。
使用人がイアンを連れてきたので、愛理はイアンにエスコートされて会場へと向かった。
二人は先導する使用人のあとについて行く。
披露宴会場の両開きの扉が開き、愛理とイアンはその場でお辞儀をした。
愛理とイアンは暖かい拍手で迎えられた。
登壇しているジャレッドのそばまで行くと、使用人から愛理とイアンはワインを受け取った。
ジャレッドはそれを見てからグラスを掲げる。
愛理とイアンも来賓の方を向いて、グラスを掲げた。
ジャレッドは言う。
「皆の者、今日は素晴らしき日である。魔王討伐の英雄である聖女アイリーンと、エヴァンス侯爵が結婚をした。皆で盛大に祝おうではないか。二人の未来を祝して、乾杯」
「乾杯」
愛理とイアンは来客と歓談していた。
二人のそばには、世話役としてマリアンヌがついてくれている。
そこに、ローナとラウラとクレイグがきてくれた。
ローナは満面の笑みで言う。
「シスターアイリーン、イアン様。おめでとう」
クレイグも嬉しそうに言った。
「旅をしているときは、まさか二人が結婚するとは思わなんだ」
ローナは自慢げに言う。
「あたしがあの時、イアン様にアイリーンの後継人を頼んでなければ、こうはならなかったよ。きっと」
愛理とイアンは笑う。
イアンは頷いた。
「たしかにそうだ。あの時、アイリーンの後継人になってよかった」
イアンは愛理を見つめて、愛理はイアンを見つめた。
クレイグがぼそっと言う。
「結婚というのもいいものだな」
ローナはそれを聞き逃さなかった。
「クレイグ様は、結婚は考えていないの?」
クレイグは頭を掻く。
「こんな熊みたいなやつ、相手にしてくれる女性がいるものか」
マリアンヌは微笑んで言った。
「そんなことはありませんわ。クレイグ様、わたしはずっと昔からお慕いしておりました」
クレイグはマリアンヌを呆然と見た後、すごい勢いで真っ赤になった。
「マリア、俺をからかわないでくれ!」
「まぁ。本当のことを申しましたのに……」
マリアンヌが悲しげな表情をすると、クレイグは慌てたように言った。
「すまない! まさか本当にマリアが俺を……?」
ローナがヒューヒューと冷やかす。
「とりあえず、今度ふたりで食事をしておいでよ」
真っ赤になっているクレイグの手をマリアンヌは取った。
「ぜひお願いしたいです」
マリアンヌはにっこりと笑った。
イアンがこっそり愛理に言う。
「これは、まさかがあり得るかもしれん」
愛理もこそっと言う。
「ジュリアスがショックで倒れないといいけど……」
そこに、今度は愛理の同期が来た。
王都本部に配属になった同期だけではなく、地方に行ったソフィーとドロシーとカレンもいる。
愛理は久しぶりに三人に会えて、テンションが上がった。
「わぁ。ソフィー、ドロシー、カレン! 来てくれたんだね!」
ソフィーが満面の笑みで言う。
「もちろんだよ! アイリーンの結婚式だもん!」
それにドロシーとカレンも笑顔で頷く。
キャサリンが羨ましそうに言う。
「同期で一番乗りですわね。ウェディングドレス姿のアイリーンは素敵でしたわ」
そこに、ソフィーは控えめに手を上げた。
「実はわたしも春に籍を入れたんだ」
ソフィーの告白に愛理たちは驚いた。
愛理はソフィーの手を握って言う。
「ええ! そうだったの? おめでとう! ソフィー」
ソフィーは照れたように微笑んだ。
それから、お腹に手をやる。
「実は赤ちゃんもいるの」
愛理たちはさらに衝撃を受けた。
ダイアンが心配そうに言った。
「それなのに長旅して大丈夫なの?」
「大丈夫。もう安定期に入っているし、長めにお休みいただいたから」
女子たちはきゃきゃっとソフィーを囲んで喜んでいる。
少し離れたところでは、アンソニーが密かにショックを受けていた。
「ソフィー、恋人いたんだ……」
そこへ、今度はアンジェリカとジュリアスが来た。
ジュリアスは笑顔で言う。
「イアン様、アイリーン、おめでとう!」
それにイアンが答えた。
「ありがとう、ジュリアス」
アンジェリカが微笑みを浮かべて言う。
「とっても素敵な式でしたわ」
愛理は頭を下げる。
「ありがとうございます。シスターアンジェリカ」
こうして、愛理とイアンはみんなに祝われて披露宴は幕を閉じた。
愛理とイアンとマリアンヌは王城から馬車で帰った。
湯浴みをしてから各々寝室へと行く。
愛理は自室ではなく、イアンと共にイアンの寝室へと入って行った。
今日からはここが愛理の寝室でもあるのだ。
はじめて入るイアンの寝室に、愛理は少しだけ緊張していた。
イアンの寝室にはダブルベッドが置いてあり、執務用の机、クローゼットがあった。
「イアン様のお部屋は広かったんだね」
「ああ。以前は両親が寝室として使っていた。それを俺がもらい受けたんだ」
イアンは愛理の手を引いて、二人はベッドに腰掛けた。
イアンは愛理に微笑みかける。
「これからは、夫としてアイリを大切にしていくよ」
愛理の手に口づけををする。
愛理は照れくさそうに笑った。
「私も妻としてイアン様を支えていきます」
ふたりは見つめ合い、キスをした。
五年後。
マリアンヌはクレイグと結婚し、エヴァンス邸にはいなかった。
代わりに愛理とイアンには女の子と男の子の子供が二人いて、元気よく庭を駆けまわっている。
愛理とイアンはそんな子供たちを愛おしそうに眺めていた。
玄関のドアが開いて、メアリーが声を掛ける。
「みなさん、昼食ができましたよ」
「ごはんだぁ!」
子供たちはじゃれ合いながら、家の中に入っていく。
イアンは愛理の肩を抱き、二人も家の中へ入って行った。
二人の未来はこれからも続いていく――。
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