8.気付かされる
そして、そんな日々が1ヶ月ほど続いた。相変わらずキュイとヒロインの距離は縮まることなく膠着状態だ。
実際、進展しない二人の仲に安心している自分もいる。多分、幼い頃から一緒にいるから、兄をとられるみたいになっているのだと思う。
そうだ。きっと、そうに違いない。
授業が終わり、いつもなら教室まで迎えにきてくれるキュイが見当たらない。キュイが教室に顔を見せる毎日の恒例行事を楽しみにしている令嬢達は、肩を落として帰っていく。
どこにいるんだろう?
廊下を歩いていると「おー!フィアナじゃん!」と声を掛けられた。振り返れば、明るい茶髪に藍色の瞳の爽やかな令息の姿があった。
「エデン様」
「そんな堅い呼び方じゃなくて、エデンでいいよ」
朗らかに笑って、エデンは近づく。
エデンは自分の友人の妹である私を気にかけて、最近はよく話しかけてくれるのだ。
「久しぶり!調子はどうだ?」
「いつも通りかしら。エデンは?」
「俺?いつも通り、情報収集に勤しんでるよ」
ここはゲームと一緒だ。エデンはかなりの情報通で、その情報をヒロインである聖女に適度に開示して事件解決へ尽力する。
「いやー最近の話題は事欠かないな!聖女様のことばかりでさ」
「そうなのね」
「そりゃ、国民を助けたーっていう聖女様らしい素敵なエピソードも耳にするけどさ。それよりも」
エデンは周りの様子を伺い、私の耳元にそっと囁く。
「――生粋の男誑し、ってね」
私はびっくりして、思わずエデンの顔を見た。エデンは首を傾げ、困ったそぶりを見せた。
「だって、今まで誰にも靡かなかったセネルとか、ロイドもそうだし、最近なんか女を取っ替え引っ替えだったルカでさえ聖女にぞっこんなんだぞ?おかしいだろ、この状況は」
エデンは攻略対象の名前を次々に挙げる。爽やかに微笑んではいるものの、聖女を疑い警戒する様子が窺える。
おかしい。ゲームでのエデンはヒロインのお助け役だ。光の聖女であるプレイヤーに攻略対象との恋路をそれとなく助けてあげたりする、真面目で優しい青年。素直な彼は聖女と言い合いになる事はあっても、疑うことはしなかった。
それが、今は違う。ゲームのバグ?それとも。
「フィアナ。中庭覗いてみなよ」
言われた通りに窓から覗く。
そこには聖女であるヒロインと、キュイの姿があった。上から覗いているので表情は分からない。
聖女は着実に距離を詰め、キュイの腕を掴もうとする。
……やだ。キュイに、触らないで。
「大丈夫だよ、キュイは」
幼子に言い聞かせるような優しい声色で、耳元に囁かれた。
咄嗟に目を瞑っていたらしい。恐る恐る目を開けると、キュイは捕まれそうになった手を振り払い、一言二言何かを告げて中庭を去っていくところだった。
私、今、何を考えた?
呆然とする私に、エデンは優しく笑った。
「俺の予想だと、キュイは絶対に靡かないよ。
――そもそも、潜在能力的に合わないだろうしな」
はっと、エデンの顔を見た。微笑む彼からは考えている思考が読めない。ゲーム上の彼は素直で、考えている事が全部顔に出ていた。そのせいでヒロインと言い合いにもなっていたくらいなのに。
潜在能力。それが揶揄するのは恐らく、魔法の力。
目の前の彼は、何を知っているのだろう。
目の前の彼は、何者なのだろう。
「ねぇ、エデンは――」
「それにしても、フィアナは本当にキュイの事が好きだよなぁ」
意を決して聞こうとした所で、私の言葉を遮るようにエデンが揶揄う。にやにやと意味深に笑う彼に、私は顔が段々熱くなっていくのが分かった。
「そんな真っ赤になって、フィアナはかわいーよなあ。あ、でも可愛いって言ったことがキュイにバレると、すっげーまずいから、かわいいって言ったこと内緒な?」
人差し指を唇に当て、エデンは去って行った。去り際、「頑張れよ」と囁かれた声は、ゲーム上で攻略対象との関わり方に悩むヒロインに幾度となく励ましていたものとそっくりだった。
ぼうっと立ち尽くす。
顔の熱は、まだ引いてくれなかった。




