6.ヒロイン登場
そして、私とキュイは16歳になった。
とうとう、物語が始まる年がやってきた。
うららかな春だ。穏やかで甘い香りのする花々が咲き乱れる時期に血生臭い事件を起こすなんて、ゲーム制作者はちょっとどうかしていると思う。
始まりを迎える合図となる噂はすぐに私の耳に届いた。ある男爵令嬢が光の魔法を体現したということだった。
光の魔法は救済の魔法だ。医者でも治すのが難しい病気や怪我の治療を可能にする。その力は数々の医療現場でも重宝されるので、聖女になった者は学園に通いながら国を巡る必要があるのだそうだ。
要するにがっつり休日出勤だ。365日働くなんてたまったものじゃない。……って、そうじゃなくて。
そんな奇跡の力に国中が全面的に祝いムードというわけにもいかない。光魔法の使い手が現れると、奇跡の力を相殺するように闇魔法の使い手が現れることは100%決まっていることなのだ。
闇魔法の使い手は主に洗脳に長けている。相手の思考を奪い思い通りに動かしたり、死体すら自由に操れる。ゲーム上のフィアナが操られていたように。
一人窓の外を眺めて思考に耽っていると、後ろから首に優しく腕を回された。
「あ、キュイ」
「フィアナ、どうしたの?ぼーっとして」
「ううん、なんでもないわ」
「そう?何かあったら僕にすぐ言うんだよ。心配だからさ。あ、エデンより先にね」
そう言ってキュイは優しく微笑む。
こうして私を常に気にかけてくれる優しいキュイこそが、闇魔法の使い手だ。
闇魔法の使い手は見つけ次第重い処分が下される。思考を操る力は強大で、やろうと思えば国民を操って国家転覆を企む事すらできる。物理的な力より恐ろしいものである為、見つかり次第投獄、最悪死刑なのだ。
だけど、闇魔法の使い手である証拠は、魔法を行使した時に使い手の瞳が濃い紫に染まる所を直接見る以外に方法はない。だから、意外と見つからない。
余程大きな洗脳魔法をかけないとバレないし、それ以前に使わなければ全く分からない。
書物によれば、ハイリスクハイリターンが過ぎるので実際に使った人は少ないらしい。
「多分、大丈夫よね」
自分に言い聞かせていると、キュイは私の頭に手を乗せた。
「それにしても、フィアナ、髪伸びたね」
「そうかしら?」
「うん。大人っぽくて、僕はこっちの方が好きかな」
キュイは腰まで伸びた私の髪を梳きながら、耳元で囁く。耳が擽ったくて、かなり心臓に悪い。
一時期、楽なのを理由にミディアムまでばっさり切ったけど、キュイがロングの方がいいっていうならこっちにしよう。
「キュイも素敵よ。私の自慢の兄様だもの」
肩越しに振り返り、キュイは少し顔を曇らせた。
……あれ、私何か間違えた?いや、今のは誰が聞いても褒め言葉だったはず。
「……フィアナにとって、僕は兄様のままなんだね」
「キュイ?」
「ううん、なんでもないよ」
キュイは長い睫毛を伏せた。一瞬気まずい沈黙が落ちたものの、どちらからともなく他愛のない会話が始まり、私たちは話に花を咲かせた。
聖女が現れてからも、事件は起こらなかった。
ゲーム上では、男子生徒のみるも無残な惨殺遺体が中庭で発見されるのだが、そんな物騒な事が起きる兆候すら見せず、ゲームクリエイターもびっくりの平和さ加減で時間は流れていく。
しかし、だからといって何もない日々が続いている訳ではない。
暫く話をしていると、廊下をパタパタと駆けてくる音が聞こえた。
そして鈴の音が鳴るような可愛らしい声が響く。
「キュイ様、やっと見つけた……!
明日の午後、私とお茶会しませんか?」
振り返れば、肩ほどの長さの薄桃色の髪を揺らし、眩しいほどの金色の瞳を持つ愛らしい少女がいた。
一点の曇りのない笑顔はゲームの画面で何度も見た記憶がある。
事件は起きなかった。
だが、こんな感じでヒロインである光の聖女からの好感度上昇イベントは続行されていたのである。




