31.そうして悲劇の物語は始まらなかった
「あ、これよ。最近気になっていた指輪」
「これか。シンプルだけど、お互いの名前が彫れるのがいいね」
ガラスケースに並べられた指輪を眺め、幸せな気持ちになる。キュイはそんな私を見て楽しそうに微笑む。
あの後、無事全員目覚めることができ、暫く意識がなかったキュイと聖女様は回復に時間がかかったものの、今ではこうして元気に外に出れるまでになった。
皇太子によると、キュイの闇魔法は段々と弱まっているらしい。使えなくなるのも時間の問題だと言っていた。
これは後々聞いた話だが、実質国外逃亡していた私たちの捜索がほとんど途絶えていたのは、皇太子が隣国と掛け合って根回ししていた要因もあったらしい。闇魔法の使い手であるキュイの監視を約束する代わりに、手出しをしないようにしてくれていたのだ。
本当に、皇太子様には頭が上がらない。
「これにしようか」
「え、いいの?少し高くないかしら」
「どうせなら気に入ったものを買いたいでしょ」
キュイはにこにこと楽しそうに微笑む。子供のような笑みに、ふっと顔が綻んだ。
そうして指輪を購入し、店を出る。2人で並んで歩いていると、見知った人を見つけた。
「エデン、それに聖女様」
「おー!フィアナ。それにキュイも」
エデンはにこやかに駆け寄ってくる。心なしか表情が柔らかい。その隣にはお菓子を口に頬張った聖女様がいた。
最近はエデンと聖女様2人で行動しているのをよく見かける。聖女様については、今までの行動は心神喪失として咎められることはなかったが、それを償うべく、さまざまな街に赴いて光魔法で人々を助けているらしい。
「2人とも仲がいいね」
「あー、今度も別の国に行くんだけどさ。私もついて行くって言って聞かないんだよ」
「何。私がいたら迷惑って言いたいの?」
「いや、そうじゃないけどさ」
エデンは呆れ顔ながらも、嫌ではなさそうだ。
微笑ましい光景を見て、キュイと顔を見合わせる。この様子だったら大丈夫そうだろう。
「あ、待ってエデン。あのお店気になるわ。連れて行ってくれない?」
「いいけどさ。あそこ高級店だから、この前みたいに散財しないでくれよ?」
「聞こえないわ」
聖女様はくいっとエデンの袖を引っ張る。
「……こんなだからさ。じゃあな、また今度!」
エデンはそう言って、半ば聖女様に引き摺られながら人混みに紛れていった。
「思ったより聖女様に振り回されてるね」
「そうね。でも、仲良さそうじゃない?」
「何はともあれ、エデンが楽しそうで良かった。エデンはさ、歳の割に達観してる所があったから。見ていて不安だったけど、あれなら大丈夫そうだ」
「エデンの事、凄く心配していたのね」
「……まあ、ね」
エデンの消えて行った方を見るキュイは、温かい目をしていて。
友達を思いやるキュイが微笑ましくて、私は思わず笑顔になる。今までで一番幸せな心地がした。
次、本編最終話です。




