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30.本音


聖女様が居なくなった途端、空間がぐにゃりと歪む。頭が割れるように痛くて、思わず目を閉じた。この感じ、キュイが聖女様に闇魔法を使った時に似ていた。


どれほど経っただろうか。瞼にほんの僅かな光を感じて、そろそろと目を開ける。


「……っ!」


薄暗い部屋。小さな窓から差し込む光が、部屋の全体像をぼんやりと照らし出す。忘れもしない、幼少の頃のキュイの部屋にそっくりだった。


「フィアナ?」


名前を呼ばれ、ハッと顔を上げる。そこには子供ではない、今の大人の姿のキュイが、鎖に繋がれていた。


「こんなところに来て、どうしたの」


こてんと首を傾げるキュイの瞳は、どろりとした紫色に染まっていて。いつもとは違う唯ならぬ雰囲気に、ごくりと唾を飲み込む。


「キュイを助けに来たのよ」

「へえ、僕を?なんで?」


声に少しの刺々しさがある。普段とは違う。否、ここは深層意識だ。これこそが、キュイの本当の姿なのかもしれない。

今こそ私の本音を伝えなければ。


「キュイが心配で。それに、愛しているから」

「嘘だ」

「嘘じゃないわ。本当に、キュイの事を――」

「嘘、つかないでよ」


キュイの顔が、苦しげに歪む。動くたびにジャラリと無機質な鎖が音を立てた。


「いや、違う。嘘を言ってないって分かってる。だけど、信じられないんだ。今は愛してるって言ってくれるけど、それがいつまで続くか分からないから」

「……キュイ」

「フィアナ、君に闇魔法を使ってしまった方がいっそ楽なのかな。そうすれば、これから先、ずっと僕と一緒だろう?分からない、分からないよ」


キュイは紫色の瞳を不安げに揺らす。

私は驚いていた。キュイの悩みは、私とずっといれるか分からない不安だったなんて。

そんなそぶりを一切見せないから、余裕ある恋人だと思っていたけれど。


――なんだ。お互い嫌われたくなくて必死なのね。


「キュイ」

「……何、フィアナ」

「私には、前世の記憶があるの」


そこから、時間をかけて。

私はキュイに全てを話した。ここが前世プレイしていた乙女ゲームの世界であること。黒幕となってしまうキュイを助けたかったこと。それ以外にも、事細かに、全て。

私はぱっと頭を下げた。


「ごめんなさい、ずっと黙っていて」

「何か隠しているのは知っていたけど……なんだ。良かった。でもさ、なんで言ってくれなかったの?」

「それは、キュイの事が好きだからよ。妄想だと思われて、嫌われたくなかったの。ごめんなさい……意気地無しよね」


私の告白にキュイは一瞬驚いたように目を丸め、少しだけ微笑む。


「愛する人の言う事を信じない人はいないよ」

「信じてくれるの?」

「当たり前だよ」

「良かったわ。……あの、それでね」


私は一呼吸置く。

お互いの視線が交わって。未だ紫色の瞳である事に少し緊張しながらも、私は口を開いた。


「前世では、結婚する時に指輪をはめるの」

「指輪?」

「そう。ずっと一緒にいますっていう、証よ。……それをね、二人で買いたくて」


キュイの瞳が大きく見開かれる。

実質の結婚宣言。恥ずかしい、けど。


「我ながら、凄く気が早いんだけど……ずっと前から、街のアクセサリー売ってる店に行って、指輪を見たりもしていたのよ。最近は外出を控えていたんだけど、どうしてもって時はエデンに付き添ってもらったりして」

「……え、もしかしてあれが?」

「あれ?」

「いや、その光景を見かけたような気がして」

「そうだったのね」


その光景を見られていた事が恥ずかしくて、思わず俯いた。多分今の私の顔は真っ赤だ。

キュイは「ああ、なんだ……」と呟き、安心したように微笑む。それは、いつも私に見せてくれる笑顔と同類のものだ。紫色だっあ瞳が段々といつもの緋色に戻っていく。


「嫉妬してた。エデンに」

「キュイが?」

「勿論するよ」

「わ、私も……」

「え、フィアナも?」


驚くキュイに、こくこくと頷く。

キュイも、嫉妬するんだ。その事実が、ちょっと嬉しくて。キュイも同じ事を思っているのか、戸惑いながらもその頰は少し赤らんでいた。


お互いがお互いに嫌われたくなくて本当の感情を出せない。それで不安になる。案外似たもの同士だ。


――縋りついて、甘えなさいよ。


聖女様の言葉が蘇る。私は思い切って、キュイに抱きついた。


「戻ってきて、キュイ。目が覚めなくて、私、凄く不安だったのよ」

「……ごめん、フィアナ」


キュイは一瞬驚いていたけれど、そのまま私の背に腕を回して抱きしめ返してくれる。


「指輪か、そっか。……永遠に一緒にいるっていう、証。フィアナが元いた所は、素敵な文化があるんだね」


穏やかに笑うキュイ。薄暗かった空間が、段々と明るくなっていって。


「買いに行こう、指輪。すぐにね」


一際眩しい光が差し込み、思わず目を閉じた。



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