22.溝
王宮を出て、さて買い物でもして帰ろうかしら、と考えていると、「フィアナ」と名前を呼ばれた。
振り返れば、門の前にキュイが立っていた。まさか待っていたなんて思いもせず、私はびっくりしてキュイの顔を見る。
「キュイ、待っててくれたのね。私を置いて帰ってしまっても良かったのに」
「そんなことしないよ」
キュイは駆け寄る私に向かってにこりと微笑む。
転生者である皇太子とは闇魔法の事以外でも話が弾み、1時間くらい話し込んでしまった。その間ずっとここで待っていたのだろうか。
私がその申し訳なさに肩を萎めると、キュイは片眉を跳ねさせた。
「僕が待ってたら、嫌だった?」
そんなことない、と言おうとして、息を呑んだ。
普段のキュイとは何か違う。不安と、焦りと、苛立ち。様々な負の感情が混じり合った顔。
「皇太子と何話してたの?あいつ、フィアナを特別な存在とか言ってたよね」
キュイの瞳が揺れる。
その『特別』はただ同じ転生者だから特別なだけで、全く深い意味はない。しかもあの皇太子、爽やかな顔をして頭の中が8割研究の事だということも判明した。恋とか愛とか、そんな事に興味があるようには正直思えない。
でも、転生者ということを、話してもいいだろうか。
転生者であるという事実は、今までずっと隠していた事だ。話すかどうか、すぐには決められない。
言い淀んでいると、キュイは更に距離を詰めた。
「言えない?僕には」
「えっと……」
目を逸らして俯くと、顎を掬われた。美しい顔が眼前に迫る。
じっと見つめるその瞳は、一層不安げに揺れている。緋色の瞳に靄がかかり、一瞬だが紫色になる。
その瞳の色の変化にはっと息を呑むと同時に、キュイは顔を離した。
「そう……そっか。言えない、か」
キュイは視線を地面に落とす。
「本当に、ごめんなさい。でも、私がキュイの事好きなのは絶対だし、変わらないから」
「……うん、ありがとう。ここで立ち話もなんだし、帰ろうか」
顔を上げたキュイは綺麗な笑みを浮かべ、すたすたと歩き出す。
いつも繋いでくれる手が、今はない。伸ばした手が空を切る。そろそろと腕を下ろした。
ずきりと、胸が痛かった。
後悔しても時間が戻るわけもなく、私は視線を落としたまま所在なさげにキュイの後ろをついていく。
前を歩くキュイの顔がどんなものかを、知る由はなかった。




