謎多き、村上という男
さて、出発の支度を調えた俺たちはD-4ポイントへと足を向けたのだが、最悪の場合、俺はそこで命を落とすだろう。
この日記を書き始めたのは三日目の終わり。ということで、未だ記せていない一日目、二日目、ひいてはここに送り込まれる少し前のことまでを今のうちに、アバウトな形ではあるがまとめておきたいと思う。
幸いにもこの世界での移動手段には車が用いられており、運転は免許を持った村上や香坂さんがやってくれるので、今は時間に余裕がある。
生きてる限りはこの日記を記し続け、命を落とす瞬間まで肌身離さず持っていよう。
この日記がこれから調査に送られる者たちの糧になると信じて。
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リビングで目にした推定一億円の大金には手を出さず、部屋に戻るはずだった俺は、玄関の扉をこじ開け入ってきた十数人の大人達によって拘束され、あっという間に意識を奪われた。
曇りゆく視界の中で、かろうじて認識できた奴らの顔は全員似たようなもので、始めは残像かとも思ったのだが、俺の体を押さえつける力が一人の人間によるものとは考えられないほど強かったため、何故そうなっているのかは分からないが、奴らの顔が瓜二つなのは確実だろう。
次に目を覚ましたのはおそらく、医療ドラマなんかでよく見た手術台の上。目を開いた途端に見えた特徴的な照明のおかげで、それだけは推定できたが、首を何かしらで固定されていたため、そのときは自分の身体がこんな変貌を遂げていることに気づくことはできなかった。
その後すぐに、俺が覚醒したことに気づいた白衣の男に注射らしきものを刺され、またも意識を失ったため、そこでの記憶はこれだけだ。
そして次に目を覚ましたのはカプセルの中のような狭い空間。もちろん身体は固定され、身動きは一切取れなかったが、正面の壁がガラス張りだったため、辺りの様子を確認することはできた。
まず正面には人の背丈より二回りほど大きな楕円の何かがあったのだが、あれは俺が入れられているもの同じものだろう。人間の姿勢で言えば、横たわっているのではなく、立たされた状態で、全く同じ者が横に幅広く並べてある。
このカプセルの背面まではガラス張りではないようで、他のカプセルの中身を確認することはできなかったが、俺と同じような人間が入っていることは容易に想像できた。
そこで生活というか過ごして、感覚的に丸一日たった頃、唐突に目の前のガラスに文字が表示され、とある映像が映し出された。
そこで初めて、俺は自分の置かれている状況を確認できたわけだが、そのことについては今はどうでもいい。今、大事なのはその映像の内容である。
それはユリカゴ内部について、簡単に説明した内容だったのだが──
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「俊晃~、何書いてんだ?」
案の定、邪魔が入った。といってもD-4ポイントまでは結構距離がある。車の移動でも二、三時間はかかる予定だ。だから、急いでこれを書かなくても大体のことはまとめられるし、重要なことは伝えられるだろう。しかし、俺は俺の身に起きた全てを、詳細な部分も踏まえて、ここに記しておきたいのだ。頼むから邪魔するな。
「日記だよ。日記。後の奴らに何か残せるかもしれないだろ」
日記のような文字に起こした形で、ユリカゴに関する先人達の置き土産は結構多い。実際、俺たちがD-4ポイントへと向かう理由の一つにそれがある。
先にも述べたようにD-4ポイントではレート赤のベイビーが三体ほど確認されており、そいつに殺されたとされる人間の数は数千に昇る。
D-4ポイント、そこは多くの先人達が永久の眠りについた場所だ。
つまり、そこに先人達の遺品も多く眠っていると言うこと。事前情報が乏しい俺たちにとってその情報は、のどから手が出るほどのもので、危険を冒してでも取りに行こうとするチームは後を絶たない。
現に俺たちもこのあと、初日に出会った同じ目的を持つ他のチームと合流する予定だ。
もちろん帰還した者が伝えたことも多いが、そういった奴に限って、一ヶ月のあいだ身を潜め続けていたとかで、たいした情報を持っていないわけだ。
「これからその日記を取りに行くのに、自分でも書いてるのか? 面白い奴だな、おまえ」
「面白いのは、そのお気楽なおまえの頭の方だよ。必ずしも、情報を手に入れて抜け出せるわけでもないだろ。だから後の奴らのために残してるんだ」
「誰の頭が面白いだって、オラ。と言いたいとこだが、おまえが言ってることにも一理あるな。俺たちはここで死ぬかもしれない。でもよ、俺らには剛さんがついてるんだぜ! 初日の戦いっぷりはやばかっただろ」
後藤の脳天気ぶりには年下として呆れるばかりだが、こいつが言ってることにも一理ある。こいつが村上を頼るのも当然だ。彼は本当に強い。
内容が飛んで申し訳ないが、この機会に初日のことについて書いておこう。
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初日。チームを組まされて一日とたたず、まだ互いに対する警戒心が丸出しの俺らだったが、運悪くレート橙。レート赤の次に危険度が高いとされるベイビーに襲われてしまった。
まだぎこちない身のこなしで、そいつが率いていた傀儡ベイビーの対処はなんとかできたが、レート橙のそいつは桁違いに強かった。
主な俺たちの武器と言えば、剣や斧といった古き良きRPGを彷彿させるもの、というか今更になるが、この世界での戦闘は日本でも人気が高いRPGのものと酷似している。
もちろん攻守が交互に交代するといった生やさしいものではないが、ベイビーに攻撃を与えればその頭上にヒット数を表したようなポイントが表示され、自分も攻撃を食らえば同様にそうなる。
残念ながら、相手の残りHPを把握するような手段はないが、そのとき倒したレート橙のベイビーは計五千ポイントほどで命を落とし、まばゆい光に包まれ消滅した。
これは決して、元からこういったシステムになっているわけではない。ここに送られる前に施された手術の結果、視覚的にそういったものが見えるだけで、何の施術も受けていない一般人が俺たちの戦いを見ても、何の代わり映えのしないものに移るだろう。
レート橙ベイビー戦において、村上は驚愕のポイントをたたき出し続けた。奴の攻撃もなかなかに強力で、俺なんかがまともに食らったら三度と保たなかったはずだ。
そんな攻撃も受ける、または流すといった感じに的確に捌き続け、隙あらば身の丈ほどの刀身を持った大剣で、素早く一撃を入れる。
気づけば村上は一人でレート橙ベイビーを討伐してしまっていた。
戦闘体型はRPGさながらでも、この世界にレベルという概念はない。ただそれは、数字として明記されないだけであって、実際に俺と村上の間には天と地の差では足りないほどの実力差があることを思い知らされる結果となった。
彼のおかげで俺たちが命拾いしたのも確かな事実で、俺の中にも感謝の念がないことはない。
ただ、村上という男。過去を明かそうとせず、その人間離れした能力で次々と的を排除するその姿は俺にとって、もはや恐怖の存在となった。
『第十二回ユリカゴ調査 四日目:正午前 生存者45/1000』
次は明後日の投稿です。