<第21話> 意識の中でたゆたう死者のかけら
真夜中、パレス川の上流に三人の男がいた。
龍の山脈から大陸中央部へ流れ落ちる河川のうちで、モストレア連邦と武装共和国をわけるのが、
パレス川だった。
ガタイの良い男たちはまるで毎夜のように繰り返す作業のように、一つの布袋を川へ投げ入れる。
周囲は、闇の洞窟に近いためか、ほとんど人はおらず、また稀少性の高い魔物もいないために
冒険者も少ない。
その妙に肉感のある布袋は、大きな飛沫をあげて川底へと一度沈んでいく。
布袋が浮き上がらずに、ゆっくりと、または急激に、濁流に飲み込まれていき、
川をくだっていった。
その様子をひとしきり確認してから、三人の男たちはその場を去った。
★
冥界・冥王府、常世の間。
先の大戦で冥王が消滅した今、冥界の住人は限られていた。
「ギル」
女性の声が、その名を呼ぶ。
姿を見れば、その頭部と首までは女性でありながら胴体から下はコブラであった。
「此処に」
闇の中からギルタブリルが恭しく現れる。
下半身がサソリの老人だ。
冥界が誇る魔術師でもある。
「遂に動いたわね」
「はい」
「どちらかしら」
冥界の女神・メルセゲルは問う。
神界の調停者が戦いを収めるために加担するのはどちらか、ということを。
「分かりませぬ。ただ、エルジェイド様の敗北に傾いているのでは……」
「継承戦ね。あの次男坊に負けるのではないかしら」
「そうなる確率は高いでしょうな……。あの鎧がいなければ、あの巨人に勝つのは難しいかと」
「ふふ……」
メルセゲルはギルタブリルを流し目で見る。
目を細めて、おのが部下の表情を楽しんでいた。
「どうしたい? ギル」
「調停者が我らが勝利を望むならば阻むべきではないでしょう……」
「ふぅん……」
「しかしその確証はございません。わたしくはエルジェイド様の尽力したく思います」
「そう」
言って、メルセゲルは話を終わったとばかりに玉座に腰かける。
勝手にしろとばかりに天井を見上げている。
「ありがたき幸せ」
ギルタブリルは冥界の門を開け放つ。
おのが役目である番人という役目を放棄して。
★
「――ケホッ、ガハッケホッゲホッ。ァァ、どこだここ。水……?」
初めは爆発に巻き込まれたと思った。
意識が吹き飛んで、俺はいつの間にか水の中にいた。
サンドリラス城の地下室にいたはずなのに、次の瞬間には水の中。
もといここは川だった。
喉から水が浸入して、少し気道に入ってしまった。
せき込んでようやく平静を取り戻す。
ずいぶん体温が下がっているせいか、がくがくと震えがとまらない。
――ん?
「おいおい……」
俺は肩を抱いていた手を広げて、じぶんの手のひらを見る。
そこにはしっかりとある。
人間の手だ。
しっくりくる。
それでもこれがおかしいということがわかる。
「人間……か」
俺は今まで見ていたのはすべて夢だったのだろうか。
鎧の魔物になって、魔王の娘の護衛になるっていう夢だ。
それで今は夢から覚めて、ここにいる。
きっと裏山で寝ていたら、転がってしまって、それでも気づかずに川に落ちたのだ。
でも、あの野原の近くにこんな川あっただろうか。
それに周りの景色が違う気がする。
生えている植物、小さな虫たち、川を泳ぐ魚。
すべてが似ているようで、異なっている。
風景からもここが川の上流だとわかる。
「とりあえず上がるか」
川幅は5メートルくらいだが、水流が速い。
気を付けていなければ、足を滑らせて流されてしまうだろう。
俺は久しぶりに前髪をかき上げて、川岸を見た。
そこに、人がいた。
今までの鎧の体ならばその存在に気づいていただろう。
しかし鎧では、その出会い方は違っていた。
「そなた大丈夫か? 手を貸そうか?」
その溢れでる聖のオーラに、俺は目を細める。
金髪の女だった。
その肩には神聖帝国の紋章が刻まれている。
俺はその手を取った。
そう、俺は人間になったのだ。




