第四話 竜の王子と猫奴隷
「お気持ちはありがたいが、こちらも既に間に合っておりますゆえ…」
「おや、皆様お目が高いですね。これは参りました。ならば、とっておきのこちらを…」
反応が微妙な空気を感じ取れたのか、メダルをぽいっと鞄の外ポッケに放り込むレイレイ君。どう見ても神聖なモノの扱いじゃないよね、それ。
そしてレイレイ君、今度は、鉄製のボックスらしきモノを取り出した。あれ、もしやこれって…?
「それは…「マジックガーデニング」か?」
「おお、ご存じでしたか!言われたとおりこちらはマジング(ん?)ガーデニングです!肥料や虫除け、土壌と土の温度調節機能のある魔石も入った植物育成用のグッズですね。コレ一つ使えば、十年は何でも育つといわれる巷で大人気のセットですよ」
手慣れたセールストークとともに、レイレイ君が箱を開く。中に入っているのは確かに、ガーデニングに必要な資材と機器が一通りそろっていた。先ほどのコインのような禍々しさもない、一応代物だけを見たらまだまともと言える代物だ。しかしレイレイ君、これをこの場面に見せるのって致命的な問題があるの、わかっているかな?
「あ、それ知っています」
「おお、ならば早速こちらを差し上げ…」
「だってそれを創ったのうちの王室ですから」
「へ?」
財務翁の言葉にレイレイ君が笑顔のまま固まった。周囲の閣僚達は言葉にはしなかったものの「あ~あ、やっちゃったよこいつ…」という表情がまるわかりだ。
「言葉の通りそれ制作・販売しているのはうちの国の王室ですよ。レイレイ君は『プロジェクト・ユグドラシル』というのはご存じかな?」
「え…と…まぁ知っています?」
あぁ、やっぱり知らないで持ってきたな、これは。
「この、『プロジェクト・ユグドラシル』は、うちの王家の主要事業のひとつでしてね、庶民の生活水準の向上と新技術の開発を目的としたプロジェクトですよ。そこで開発された製品は王室直売店を通して各地で販売を行っています」
「はぁ…それで?」
「そのガーデニングキットもその開発した製品のひとつですよ」
面倒くさそうに聞いていたレイレイ君だったがだんだんと顔面蒼白になってきた。
「あとこれよく似ているけれど、微妙にロゴや文字が違っているのも気になります。タイトルですら違っていますし、それパチモンですね?」
市井でいうと偽物商品を正規の製造元に送りつけたのと一緒だ。正規品の裏側に王室の紋章だってあるだろうに気がつかなかったのか…。というか、特にこのガーデニングキット、アイデアを出して創ったのは僕ですよ。正規品のタグの裏側に僕の紹介文が書いてあるっていうのに、こいつはそれすら見なかった
のか。
しかももってきたパチモン製品、僕が作ったのに似せてはいるけど、よくよく見るとボロボロの粗悪品。再現度が悪すぎる。う~ん、怒ってもいいかなこれは。ちらりと父親の方を見ると、もう表情が死んでいた。脳内で怒るべきか笑うべきか悩んでいるのだろう。
「いやいやいやそうでしたか!それは大変申し訳ないでね…HAHAHAH
AHA」
あ、やっとやばいことに気が付いてなりふり構わなくなったか。少し追い詰めすぎたか、これは?やばいな、まさか本性を出してくるつもりかこいつ。
「で、ではもうこちらを出しましょう!!女奴隷です!」
「はぁ!?」
みんなの表情が一変する。笑いのかけらすら吹き飛んでしまった。
奴隷制度は有史より各世界で存在している。この国にもその制度が残され、国の憲兵隊を管理者として破産者や比較的罪の軽い犯罪者の中で一定期間奴隷として懲役を課す刑罰がある。
といっても更生を目的にしているので、酷い扱いをされることはなく、世間では罰金刑に毛が生えた程度の認識だ。昔の奴隷と比べたら、はるかにマシな待遇だろう。
え?使い捨ての奴隷や性奴隷?うちの国でそんなことさせる訳がないだろう。
問題なのはこの奴隷管理権を持つのは普通は国家だけ、大商会といえども私的奴隷の所持がばれたら全財産没収と奴隷法違反の重罪が待っている。うちの国に喧嘩を売るつもりなのか?
「その子は…いったいどうしたのだ?」
「あ、いえ…とある別世界の一つで大規模な動乱がありましてね。そこでコイツ…いやその子を引き取ったのですよ。特にこの国の第一王子に献上しようと思いまして?」
「えっ?」
なるほど。確かに災害や動乱で見つけた奴隷の場合は、引き取って国に速やかに献上すれば例外規定として罪にはならない。けれどなんでそこで僕の名前を出してくる?粗悪パチモンガーデニングセットの時から思っていたけれど、この悪魔国王の僕が王子だということに気がついてないみたいだ。正式な謁見ではないので、いつもの王子用の冠をかぶらず後ろで控えているのもあるだろうけれど。
閣僚達も嫌な予感を察したのか、聞いていた全員僕へと目を向けることをしなかった、そこは内心助かったよ。
「よし、その子を連れてきてくれ」
威厳と緊張の戻った国王の言葉が謁見室に重く響きわたった。
「奴隷と呼んだわけだ あのクソ悪魔め…」
連れられた奴隷を一目見るなり、警備隊長のうめくような声が聞こえてきた。悪魔にも聞こえそうなきわどいつぶやきだったが、誰も彼を咎めなかった。みんなも同じ気持ちなのだろう。
レイレイが連れてきた女奴隷は猫型獣人の女の子だった。長いストレートの青い髪で、やせ気味の身体は薄桃色の体毛に包まれている。背は腰の曲がったキト財務翁より低いくらいか。見た目は文句なしの可愛い子だったけれどそれ以上に彼女の境遇の酷さが際立っていた。
服はぼろぼろのワンピースだけ。身体の汚れは落とされていたが、髪はぼさぼさでつやの消えた毛はガビガビ、長らくブラシを使えなかったのだろう。そして彼女の首には、鉄の鎖と首輪がつけられていた。それもおもちゃや皮なんかじゃない粗悪な重い鉄。肩の毛にまで首輪が食い込んでいるから、恐らく首輪も重い鉄製だろう。そして全くの無表情。
耳の先から尻尾の先までここまで「奴隷」が刻み込まれてた子ははじめて見た。一体どこの暗黒世界の古代から連れてきたんだこの悪魔は?
(イラスト:ヒドラ作)
「一つ聞きたい…なんで首輪をしているのですか?」
「ご心配なく、彼女が危害を加えることはありませんよ」
レイレイとの会話はかみ合うことはなかった。そういえば父親の国王だけでなく、この悪魔の雰囲気もがらりと変わっている、さっきまでの献上品は悪魔にとっては前座にすぎず、この奴隷を献上するのが一番の目的なのだろう。
笑顔の消えた父から言葉が続いている。
「一応聞こう、この子の家族はどうしている…?」
「さぁ?捕まえたときにコイツだけ繋がれて居たから、いないか捨てられたのでしょう。そもそもコイツは答えられないから聞くだけ無駄です」
「…しゃべれないのか?」
「ええ、その通りです」
「…名前は?」
「ありませんよそんなもの」
とんでもない内容を淡々と会話する父と悪魔、そしてそれを聞きながら反応を見せない彼女の姿に、僕は空恐ろしさを感じていた。
こいつの目的は一体何だ?悪魔が得のない献上をすることは決してない。最悪なケースは恐らく彼女が悪魔の手先で、国に災厄が溢れることだろう。そこまで行かなくても市内や城内で悪魔がらみの怪奇事件が頻発したら目も当てられない。彼女を見る限りその可能性はなさそうだが、そうでなくても脅されているか、本人も知らない呪術がかけられていたっておかしくない。 とはいえ、彼女をこのまま追い返す選択を出来るわけがない。
周囲の閣僚達も表情は険しかった。それぞれにこの悪魔の意図を考えているのだろう。聞き耳を立てると「引き取りを拒否してお帰り願えたらどんなに良いか…?」の言葉が聞こえてくる。もっとも、実際に拒否しようと思うヒトは誰も居なかった。目の前で彼女を縛り付ける鎖を見てしまった以上、目をそらすことはできないだろう。
結論はどうする…?みんなで顔を見合わせたそのときだった、
「陛下、僭越ながらこの奴隷を私に頂けますか?」
「ミーティス師!?」
全員の視線が先生へと集中した。口にするモノは居なかったが、「彼女を引き取って大丈夫なのか」、と言いたげな表情だ。
表情を変えなかったのは先生と奴隷の彼女だけ。意外なことに、送り主のレイレイすら何故か渋るような症状が浮かんでいる。
「あの、彼女を気に入られたのは嬉しいのですが、オレ…いやワレとしては献上に王子ご指名をしたいのですが、よろしいでしょうか?
「ご心配なく、身支度を調えさせて王子に送るつもりですから。それまでは王子に色々と秘密にしたいと思っていまして。あ、嘘は言っていませんからご安心を」
確かに嘘までは行っていない。あくまでそう「思っている」だけなのだから。
しかし、逆に悪魔を騙すなんて流石先生、悪魔と交渉したことがあるのだろうか。
「よかろう。その奴隷はこの者を通し、王子所有の奴隷とする」
「それは良かった、ならば大いに結構。どんな好き物だろうと彼女なら大丈夫です」
「そうか…、この子の用途は?」
「使える物は何でもお好きにどうぞ。お望みなら性奴隷にしたってかまいやしません。どうせ使いつぶしても構いませんから!」
おい、父親の問いかけにそれは禁句だ。本当に悪魔バスターを呼びたくなってきた。
そして大体見えてきたぞ、この悪魔は僕のことを相当の好き者か何かと思っているな。そんな僕の視線には全く気づかず、悪魔は嬉しそうな表情で契約書を先生に差し出してきた。何も言わずに先生は一読してサインしているけれど大丈夫なのかな。
「さぁ、私はこれで失礼いたしますね」
サインした契約書を受け取ると、悪魔は満足そうな表情で立ち上がった。もうここには用はないとばかりに、形式だけの挨拶を終えると僕らに背を向けて入り口へ歩き出す、
「おや、引き取りの手続き後のアフターケアなどはよろしいので?」
「いりませんよ、適当にやっちゃってください」
満足げに話す悪魔に、僕らは何も言わなかった。
こっちとしたは体の良い厄介払い…いやこの場合は悪魔払いか。
もう二度と来るなよ。またあのレベルの変装でやってきたら今度こそ我慢で
きずに爆笑してしまいそうだ。
「ああ、そうそう言い忘れていました」
もうこれで終わりかと思ったそのとき、扉から退室しようとしていた悪魔が、急に振り返った。表面上は笑顔だが、口元が先ほどより歪んで見える。
「また何かお望みとあらば、いつでも赴きますよ。遠慮なくお呼び下さい。この私を…ね」
「そうか…」
肯定も否定もしない父の返答に。肩をすくめてレイレイは立ち去った。平静を装っていたけどこの言葉だけはぞくっと背筋が凍り付いているのが自分でもわかる。左右に控えているみんな表情も心なしか青い。こんな姿をしていようとも、やっぱりこいつは悪魔なんだ…。
「あれが悪魔のささやきって奴じゃろうな…」
悪魔が消えた扉を見て、財務翁はぽつりと盛らしたが、誰もそれに口を挟むことができなかった。
「プロジェクト・ユグドラシル」の元ネタはタイの王室プロジェクト(ロイヤル・プロジェクト)。タイの国王が国民に慕われている理由の一つですね。
そしてやってきました異世界名物、奴隷にゃんこ。




