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第二十話 竜の王子と怨霊襲来

「そういえば商談をしているときに思ったのですが…、イミティアだけの世界

に、ここまで僕らが作った製品や農産物を流通させて問題なかったのかな?今

更とも言えるけれど?」


「心配には及びませんよ。もともとここのイミティアの原料は亜世界のマナか

ら生み出しているのですから。イミティアの中で不要となったものは再びマナ

に還元されて世界の中にとどまるようです。それについては細かい制御が不要

なように設定されているようですね、異界の言葉で言うと、世界の理に常時自

動で『上書き修正』と『あっぷでーと』を行っているって所でしょうか」

「よくこれまでばれなかったなぁ…」

「よほど街の様子が変わらない限り、あの悪魔君に細かい変化なんて分かりま

せんよ。王立図書館の司書が、蔵書の中の文を書き換えられてもそこまで覚え

ていないでしょう?それと同じ事です」


自信たっぷりに先生が言うが、ひょっとしたらこのチート先生なら覚えている

んじゃないだろうか。


「そのレイレイ君こと悪魔は今は?」

「相変わらず干し肉をかじりながらスティルちゃんを模した樽にぶつぶつとつ

ぶやいていますよ。樽悪魔とでも名付けたい位ですね」

「良かった、あの悪魔がバカをやっている間に、早いところスティルを連れて

この世界を抜け出したいところです」


僕の言葉に、先生の声のトーンが少しだけ下がった。


「すみませんね、現状スティルの記憶はもちろん、肝心のこの世界から抜け出

せるゲートの手がかりは未だにつかめていません。空間全域を探索しましたけ

れどどういうわけか怪しいところはありませんでした」

「そんな、まさか出口がなくて閉じ込められたとか…?」

「それはありませんよ。そもそも亜世界を含めて世界そのものを缶詰のように

完全に閉じ込めることは、世界の法則上出来ないのですよ。一昔前に使われた

顔をすっぽりと覆う兜だって、常時眼の隙間をあけないといけませんね、それ

と同じ事です。現に亜世界を含めて食料庫にあった食べ物なら見ているでしょ

う?空気や水も恒常的に取り入れているみたいですし」

「でも、その手がかりがないのじゃなあ…」

「それなりの物資が運ばれているみたいですから、以外と単純なところにある

はずですけれどね。あの悪魔君の性格上、何度も使うモノをそんなめんどうく

さい所に置きたがらないでしょうし」

「あの悪魔を締め上げて、脱出方法を聞いた方が早かったのかな?」

「やめた方が良いでしょう。イミティアを作った創造主なら、イレギュラーが

起こったときには、ゲートを破壊してレイレイ君ごとこの世界に封印するよう

に仕向けていると思いますよ。本人も知らないでしょうけれどね 」


聞いていて寒気がした。あの悪魔の扱いってトカゲの尻尾よりも酷いよそれ。


「そういえば、僕らの世界だと実際どれくらい時間が経過しているのでしょ

う?この世界に来ておよそ半年は経過していますよね?」

「そうですね。こちらに来てからおおざっぱな推測で30分くらいでしょう。

私たちがあと30分もすれば誰かがやってくるでしょうが、異変を察知するの

はもっと後でしょうね」

「30分か…それなら王子が行方不明で大騒ぎ…の心配はないな」

「ええ、私が責任取らされることもないでしょう」


先生はそう言うと 笑っていた、もしかして少しだけ気にしていましたか。

窓の外を見ると黄昏の光も消え、藍色がかぶせられた闇に包まれていた。この

世界にはケミカルライトがないので、表通りは点在するマジックランプで淡く

照らされている。


「まさかここまで取り残されるとは思わなかったなぁ。レイヴンの食料がなか

ったら、そうでなくても先生がマジックガーデニングを持ち込んでいなかった

ら今頃餓死していましたよ」


そこまで話したところで、ひとつ疑問が浮かび上がる。


「そういえばこの世界、僕らのように迷い込んだヒトはいないのかな?」

「どうでしょう?ここはいわばスティル専用の亜世界ですから特定の手順を踏

まなければ、ここに迷い込むことはないと思いますけれどね」


それに…、と先生は言葉を続ける。


「もし事故か偶然で、そんな居たとしたらそれこそ食べるものがなくて餓死し

ているでしょうね。町の外にある畑はどれも栽培の痕跡がなかったでしょう?

どこか民家の片隅に骨が転がっているかもしれませんね。いくらよく出来た水

晶製の住民でも、埋葬まではしないでほうっておくでしょうし」

「ちょっと、先生怖いこと言わないで下さいよ」

「大丈夫でしょ、ただの骨が骸骨になって襲いかかってくるわけじゃないです

し。これで怨霊でも出てきたらまた話しは別ですけれどね」

「冗談じゃありませんよ、先生!悪魔だけでも手一杯なのにそこに怨念とかで

たら」


僕がそこまで言いかけたとき、不意にカサッ…という枯れ葉のこすれるような

音が僕の耳に届く。音の大きさと方角から見て、僕の借家の敷地あたり…。

よく耳を澄ますと、いくぶんおぼつかないが、カサカサと板きれがこすれる

音が聞こえてきた。誰かが家の外壁を伝って玄関へ向かっているみたいだ


「おや、これってもしかして噂をすればの怨霊…?」

「ここまでテンプレすぎるタイミングで出たがる怨霊がいますか。教え子を変

な怪談ワールドへ引っ張りこまないで下さい!」

「それは残念、イグウィル君の驚くところを見てみたかったのですけれどね。

どれ、先にこちらからお出迎えしましょうか」


幾分トーンダウンした口調で先生は立ち上がって玄関へ歩き出した。残念そう

に聞こえるけれど、王族をやっていると怨霊より生きたヒトの方がよっぽど怖

い。それ先生も分かっていますよね。


「それでどうするのです先生?亜世界で強盗まで再現しているとは思えないけ

れど、この時間の物音は気味が悪いですよ」

「なに、誰であろうととりあえずお話を聞きましょう。交渉なら私にお任せく

ださい」

自信たっぷりにそういうと、先生は扉に向かって話しかける。


「こんばんわ、イグウィル亭にようこそいらっしゃいました。夜分につきご用

件はこちらでお伺いいたします。どちら様でいらっしゃいますか?」

「………」


扉の向こうに気配はするけれど、相手からの返答はない。幾分不気味さはある

けれど、少なくてもレイヴンじゃないだろう。彼ならがに股でドスドス足をふ

みならしている筈だし。


あれ…ちょっとまてよ…?


先ほど聞こえたのは外壁に何故かこすれる音だけ…。足音は…、思い出せない

というよりも全くしていなかったな。

え、ちょっと、これって凄く嫌な予感が…!?


(どかんどかんどかんどかんどかん!)


返答の代わりに聞こえたのは、おもいっきり扉をどかどか叩く打撃音だけだっ

た。いや戸を叩くなんてものじゃない。巨大なクマンバチの化け物が、扉に体

当たりしているような衝撃が耳に響いてくる。



「メシ…メシガイルイルアルアル…メシダアアアアアア!」


訂正、打撃音だけならまだ良かった。扉の向こうから怨霊も逃げ出す恐怖の声

が漏れだしているよ。おいおいなんだこれ!?


「先生…まだ悪魔の方が良かったのじゃ!?交渉するなら全部任せますよ、僕

は遠くから見守っていますから!」

「いやいやいや、これは私でも予想外、というかもう問題外ですから!それに

してもここまで鬼気迫る声は初めてです!相当飢えているのじゃないですかこ

れ!」


どかんどかん扉が音を叩くので、大声でないと聞き取れない。衝突音とひっか

く音に混ざって飢えた声が響き渡る戸でまで聞こえてくる、


「こういう飢えきった怨霊って伝承だとご飯を差し出すのと拒否して逃げるの

じゃどっちが助かります!?」

「戸を開けて食物が差し出したら助かるが5割、拒否して朝まで扉を開けず助

かるが4割ってところでしょうか。正直大差ありませんね」

「一応聞きますが残り1割は?」

「決まっているじゃないですか!どちらを選んでも怨霊にとり殺されしまい助

からなかったって。ただ…」

「ただ…何です?」

「この手の被害が1割で済むはずがないのですよ。何しろ1割というのは奇跡

的に目撃者がいた氷山の一角…全員助からなかったら大抵口伝にすら残らない

ですからね。その補正を入れれば、10中89は…」


「尻尾を巻いてでも逃げましょう先生!脱出しますからそこの窓開けて!」

先生の言葉を遮ると、背中を押すようにして僕らは2階へと駆け上がった。こ

の家に発着場はなかったけれど、2階の部屋の一番奥の窓から、人一人なら余

裕で抜け出せる大きさだ、そこからなら翼を広げれば何とか脱出は出来る筈

だ。


「よこせ…よこせよこせ…メシイイイイイイイ!!!」


背後の扉はまだ無事だけれど、今見たら扉の隙間から赤い火の粉が吹き出して

いた。おいおい、鬼火かヒトダマの類いかこの怨霊って!?


「こうしていると革命を起こされて逃亡する王様の気持ちがよく分かります

ね。それにしてもここまで執着してくるとはね、王族って恨まれやすい身分ラ

ンキングで上位に入っていましたっけ?」

「知りませんよ!というか僕に来んならこの世界でストーカーやってるあの樽

悪魔のとこ行って欲しいですって、あっちのが絶対恨み辛みのてんこ盛りフル

セットでしょ!」


焦りで言葉が乱れていたけれど、怨霊相手のサバイバルとなったら、そりゃも

う叫びたくなる。2階の奥からそっと窓を開けたとけれども、外は真っ暗で辺

りをうかがうことは出来ない。じっと目を凝らしてみるが、特に何かがうごめ

いているわけではなさそうだ。

 大丈夫かな、ほんの少し身を乗り出したところで、玄関から聞こえていた打

ち付ける音がフッと聞こえなくなった、後ろを向いたけれど扉はしめられたま

ま。諦めたのかな…いや、そんなはずはない。まさか…!?


「そのご飯よこせええええええええ」


「うわあっ!!でたああああああ!!!」


挿絵(By みてみん)


突然玄関で聞こえた声が、窓のすぐ側から聞こえてくる。と、次の瞬間、謎の

毛玉が僕らの所へと高速でつっこんできた。


「先生!間に合いません!」


窓を閉める間もなく毛玉が脇をかいくぐると、そのままほぼ垂直に曲がって空

中に浮いた皿へと突っ込んで…。

あれ、僕たちじゃなくて台所に向かって…る…?


「飯だあああああ!!やったとうとう本物のメシをゲットだあああああ…うま

うまうまうまうま」


恐怖(?)の未確認飛行物体は動かない僕を尻目に、作り置きのポトフ鍋に突

撃。そのままの勢いで頭から鍋の中へ突っ込むと、テーブルマナーをぶち破る

咀嚼音が聞こえてくる。余程お腹が空いていたのか、音が途切れる度に、鍋か

ら生える羽根のような尻尾が、左右にピコピコと揺られている。

 おや?これもしかして怨霊違くない?この尻尾もどこかでみたような…?


「あれっ!?イシマちゃんじゃないか!?」


鍋をのぞき込んだ瞬間、僕はそう叫ぶしかなかった。目に付いた彼女の薄桃色

の体毛と羽根上の尻尾、これに聞き慣れた甲高い声がセットになればもう見間

違う筈がない。そもそも悪魔も逃げ出す形相で食事を詰め込む姿のニセモノが

いてたまるか。

 怨霊かと思ったら、正体は顔見知りのピンクの毛玉、でも彼女は本来ここに

居ないはずでまるで幽霊のようで…なんだこりゃ?

キャラクター紹介


挿絵(By みてみん)


イシマ


イグウィルの友人一行のマスコット(?)の女の子。

体型が獣人とは全く違うが、精霊なのか獣人の幼体なのかは不明。

兎にも角にも食欲魔神。普段は大人しいけれど食べ物が絡むとヒト(?)が変わる。食べ物の怨みは恐ろしいという言葉を地で行っているキャラだろう。

 左手の手袋に宝玉が付けられていて、これで不思議な炎を出すことが出来る。本編でイグウィル達が扉越しに見えた炎はまさにコレ。


挿絵(By みてみん)

本編でイグウィルが語っている通り、攻撃可能な魔術はこの世界ではかなりレア。ただし彼女はもっぱら食い逃げの目くらましに使っていたらしい…(笑)


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