第二話 竜の王子と国王達
「先生、僕は構いませんがいいのですか?いくら僕の友人といえども、何かあったらタダじゃ済まされませんよ?」
「ちょっとイグウィル、それって私たちが何かするような言い方じゃない、そんなんじゃ友達無くすわよ?」
「僕の目の前で窃盗現行犯すると同時に否認している子が何言ってる?あと今ポケットに『偶然』滑り込んだ水晶は元に戻してくれ、それ宝石の価値ないから売っても二束三文だぞ」
「わ、わかったよもう。…これって王子の私物だからって罪状で特別扱いされることはないわよね?罰として王子に胸揉まれちゃうとか?」
「僕をセクハラ犯にしないでくれナナ!」
誰がそんなことするか。胸を揉まれても構わないから私物持ち出すつもりだろうそれ?
「それも面白そうですね。けれどもナナさん、今回のケースの窃盗だと、友人愛人だろうと遠慮なく罰金刑が科せられてしまいます。おそらく盗品の相場の3倍程度ですから、持ち出そうとしたこの本一つでナナさんの全財産が吹き飛びますね」
「これ返す!ちょっと借りようとしただけなんだからねっ!」
先生の言葉と同時にナナがさっとポケットに隠していた小物を僕の手に乗せてきた。よくよく見ると他国のコインに銀のスプーン、一体どこで拾ったんだ?
「ごめんなさいね、イグ様。今回はちゃんと私が面倒を見ます。だから私たちを信用して頂けますか?そういうわけでナナ、貴方はちゃんと私の言葉を守ること、良いわね?」
「うう、分かったわよ…。」
ナナが渋々と頷く。これで持ち出しすることはとりあえずないだろう。たとえお金が絡んでも、姉に対してはナナは言うことを素直に聞いている、彼女には頭が上がらないらしい。
「決まりですね。そもそもここは王子の私室。結界と保護の術がかけられていますから。この部屋に居る方が安全かもしれません。それに王子の私室用にそれにファーザス君が生き返る(?)前に戻れると思いますよ。特別謁見は本日は1つだけですし」
「先生がそう言うなら…、それじゃあみんな、僕は行くけれど絶対に変なことしないでくれよ?」
「大丈夫大丈夫!ここでのんびりグータラごろごろしているからさ。ちゃんと散らかさないようにするからさ?」
イシマちゃんが絨毯を手でばしばしと払いながら得意そうに答えた。こらこ
ら、それだと余計にちらかるだろう?早くも安心が傾いてきたじゃないか。先生はどうして彼らを僕の部屋に入れたのだろう…。
「ねぇねぇイグウィル…!!貴重品はだめでもこの子供のアルバムなら特別許可で持ち帰っても…」
「ダメーーーっ!!」
「うおおおお、そこでカードスティール発動はないよ!!」
「だめです、これで形勢逆転!あっ待ったはなしですよ♪」
「おせんべいがなくなった、おかわり-!」
……………………
スミマセン先生、本当に大丈夫なのでしょうかこれ。
僕の暮らしているカポック宮殿は王都セーバの中心部に所在している。僕の先祖にあたる初代国王がここの都市開発と同時に建築され、都市が発展した今でも大規模な改修を伴いつつ利用されていた。
謁見室はイーストブランチと呼ばれるこの宮殿東棟の1階に作られていた。ここは絵本などで国王が常時ここに座っているイメージに一番近い部屋だろう。広さは、ちょっとした屋敷がひとつ入るくらい。上空はクリスタルガラスで採光して、壁際に設置されたユグドラシルのレリーフを白く輝かせるちょっとした仕掛けが施されている。もちろん、より小規模な謁見室も用意されているが、大がかりな会談や閣僚もそろうシルバーランク以上の特別謁見はここで行われることになっていた。
本来は僕の出番はなかったのだが、謁見する予定の者が厄介な商業関係の紹介なので、経済について学んでいる僕や相談役のミーティス先生にも急遽お呼びがかかったらしい。大商会の会長が産業振興の相談に来たのだろうか。
謁見時に到着したときは、控えるメンバーがほぼ勢ぞろいしていた。その中心で王座で伸びをしているのが父ことデルフィ国王だ。名前の由来となったデルフィニウム(青い花を咲かせる品種が多い園芸植物)の通り体は青色の毛並みで包まれ、薄青色の翼を時折動かしていた。王冠に隠れている短髪も藍色という徹底ぶりだ。
「おお、良く来たなグイ。急な呼び出しですまなかったが、謁見時に力が借りた方がいいと思ってな、急遽ミーティス師ともども呼ばせて貰ったよ」
「父さんこそ会議お疲れ様。けれども謁見の直前に愛称で呼ぶのはいいので
す?しかも読み方が逆さ読みだし」
「あはは、堅いことは言いっこなしだ。お前だって私のことを父上じゃなくて父さんと呼んでいるだろ?何なら昔の通りパパって呼んでもいいんだぞ?」
「言えるわけないでしょう!?そんなこと言ってると母さんにまた『アオアオ王』なんて呼ばれますよ」
「それは勘弁してくれ、冗談だよな?」
冗談じゃありません父さん、それをやるのが母さんですから。脇のみんなが頷いていますよ?
「あだ名を付けるいつになく真剣だからな…陛下って。それにイグウィル殿下はまだいいですよ。私なんか陛下に『ドクニンジン』なんて呼ばれていますし」
「なんですかその毒物扱い?なんでまたそんなあだ名に…?」
「宴席で酔っ払って陛下と口論になったとき、顔真っ赤にして毒舌のオンパレードをやってしまったからなぁ、諦めろ」
「そりゃまた…災難な。うちの父がご迷惑をかけます」
「なんじゃそれくらい!?ワシの『アオアオ』よりマシじゃろうが?」
「すみません、こんなのがうちの国のトップで」
「おい、お前らワシの権威と威厳をなんだと思っている!?」
国王の情けない声に周囲からどっと笑いがわき上がった。王族とその臣下の関係としては随分砕けているように聞こえるけれど、別に公衆や儀式の場でなければこれが普通だ。あの肩が凝る会話を四六時中やっていたら僕らだって頭がおかしくなりそうだ。
「まぁ、冗談を言う余裕があるのは悪いことじゃないや。この様子だと今日の謁見の相手ってそんな緊張することもないヒトがやってくるのかな?」
「いや、確かに国のメンツがかかるような相手ではないけれど…、正直めんどうくさい。……ジャボ商会からの紹介状持ってきていやがったよ」
「え……?あ、あの悪徳商会のことか?」
「こらこらこら、仮にも販売契約を結ぶ商人にそんなこと言っちゃいかんって…!せめて今は悪徳予備軍とでもしておきなさい」
どさくさに紛れて一同から悪徳商会認定されているけれど、シャボ商会なら仕方ない。もともとは王国内有数の大商会だったのだが、3ヶ月前に違法取引と不正商談が暴露されて評判を失った商会だ。まだ法的なペナルティが科されている訳ではないのだが近日正式に王室との取引で除名処分が下されるはずだ。
「まさか除名されることをかぎつけて、撤回してもらおうと交渉しようって魂胆じゃないだろうな?この手のヒトってしつこそうで嫌なのだが」
「いいや、少なくてもそれはないでしょう?シルバーランクのカードに書かれた謁見申請者は一人だけですよ」
「何!?あそこのバカ会長とアホ副会長も来ないのか?」
「それどころか商会幹部自体が誰一人きていませんよ。末端使用人数名が付き添っていますが、こちらは紹介状に含まれないので謁見の席に同席できないですね」
「おいおい、なんだそれは?」
謁見は一人だけ、これなら安心と思ったら大間違いだ。
シルバーランクは、王と大臣の定例会議の後に謁見できる紹介状だ。会議は月に1度にしか開催されないが、定例会に参加した国王と大臣が軒並み集まり謁見できるので、このカードは主要な取引のある商人といえどもそうそう発行されることはない。
但し、このカードで申請すれば、関係者30人まで同席を許されているので、大抵上限ギリギリの人数で申請されていた。
それが商会幹部もいない第三者が一人だけにぽんと譲って申請ってどういうことだ?変なこと考えてないだろうな…。
「念のため武装兵は増員しておきました。今日のは特に優秀な連中ですから化け物だろうと戦えますよ」
「心強いな。本当に危険ならば適当に理由つけて追い返せばいいか」
だから心配することはない、すぐに片が付くだろう。そう思って僕たちは謁見に望んだのだったが…。
「「「「「「ぶ!!」」」」」
やって来た商人(?)を一目みるなり、控えていた国王一同は噴き出した。
商人と言うだけあって、刺繍入りの上衣とベスト、ネッカチーフをまとっており、体毛が黒いもののかろうじて見た目は獣人の姿を保っている。だが、背中には禍々しさの漂う漆黒の羽根が堂々と広がっていた。
どこをどう見ても悪魔だこいつ、どうしよう。
部下にあだ名を付けまくる国王…。
日本でも、明治天皇が皇后や女官にあだ名を付けて呼んでいたようです。
永久封印のドタバタネタ
「ちなみに嫁のあだ名は『傾国のコンコン女神』で…」
「「「(…王妃に通報されてしまえこのヒト。これはひどい)」」」