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第十二話 <nightmare traveller>

そこは炎が周囲一杯に広がり、ずっと高いところまで吹き上げていた。煙が

なく、炎が禍々しい赤黒い色をしているのはスティルの印象からだろう。上空

へ飛びあがったら熱風に炎の大蛇に巻きつかれて、あっという間に火だるまだ

ろう。吹き上げる炎の下には石と木片だらけの瓦礫の山、もとは何かの街だったのだ

ろうか。殆どは焼け落ち、まだ残されていた廃墟の建物も、柱と壁の一部を残

すだけだった。


挿絵(By みてみん)

 

「ひどいな…」


僕はぽつりとつぶやくと、アイビーの杖をぎゅっと握りしめた。白い空間の変異を感じて

から数秒後、一帯全てが変異して出来たのが今の光景だ。これがスティルの心

に刻み込まれた夢の世界なのだろう。

 瓦礫の荒野を踏みしめながら、周囲を見渡してみる。『夢の深層心理』の本

によると、ここまでハッキリした悪夢が見えるのは精神本体の周囲のみ。つま

り、恐らく近くにスティルの精神が居る筈だ。

 より遠くへと目を向けると…いた。右手の瓦礫の盛り上がりを2つ超えた先

―その辺りだけは何故か炎が途切れていたのだが―、そこで廃墟の壁にもたれ

かかるようにして座り込んでいる天使の姿が見えた。


「スティルーーーーーー!!!!」


大声で呼びかけたが、彼女の反応はない。僕は近くの瓦礫を踏み越えると、ス

ティルの元へと走り出した。時折地面からも炎が吹き出すが、夢のためか熱さ

は感じることはない。ただ、色は周囲の炎同様禍々しく、すぐ近くにいると妙

な立ちくらみと悪寒を感じ取れた。痛みはなくても不快な感覚は残されている

らしい。でもそれはこの悪夢を見ているスティルも同じ事だ。


 スティルの近くにたどり着くと、彼女の身体は予想以上に酷かった。元の純

白らしい服はぼろぼろに千切れ、羽根は不自然に抜け落ち、露出した毛も至る

所で焼け焦げていた。うつむいた顔には時折涙が伝っていたが、表情には感情

のかけらすら感じられない。何より目を引いたのは、その首と白い翼に巻き付

けられた真っ白な鎖だ。遠目には一切見えなかったのに近づいたら急に浮かび

上がった、どうやらタダの鎖じゃないみたいだな。


 白い鎖の先を目で追うと、その先端は廃墟奥に浮かんでいた黒いもやの様な

所に繋がったところで見えなくなっていた。恐らくこの鎖だけはスティルの夢

じゃない。スティルをここの夢に縛り付けている何かだろう。

 スティルにこんな悪夢を見せた奴は随分とゆがみまくった性格に違いない。よくもここまでやりやがったな、いつか僕の前に引きずり出して、曲がった根性をへし折ってやる。


「スティル!助けに来たぞーー!!」


元は神殿らしい建物なのだろうか、翼の模様入りの瓦礫を乗り越えると、僕は

スティルに向かって声を張り上げる。やはりうつむいて座り込んだまま動かな

い。構わずに駆け寄り彼女へ手を差し出そうとしたが…。


「うわっ!なんだこれは!?」


スティルがいる目の前の瓦礫を乗り越えようとした瞬間突然、僕の身体が押し

戻されるような感覚に襲ってくる。踏み出しかけた足がもつれ、僕の身体はそ

の場に崩れ落ちた。とっさに手をついたが、間に合わなかったら瓦礫から飛び

出た針金が肩に突き刺さっていたところだ、危なかった。

 ほっとして起き上がってけれど押し戻される感覚は変わらない。身体の自由

は動かせるのに前にだけ進めないのだ。無理に進もうとしても足が積もった瓦

礫を崩すだけ。翼を広げて羽ばたいても結果は同じだった。まるで、同じ極で

反発し合う強力な磁石に押されているみたいだ。


 理由に心当たりはあった。僕の術「ドリームシェア」は夢で呼びかけるだけ

で、夢に直接干渉することは出来ないのだ。夢の主役であるスティルからなら

僕に歩み寄る事は出来るだろうが、彼女は僕を全く認識できていないらしい。

ほんの数メートルの隔たりしかないというのに…。


 ここで立ち往生をしていられない。足場の瓦礫が崩れてスティルの近

くまで散らばっているのを確認すると、自分の翼から羽根を何枚か抜き取り空

中で放り投げる。宮殿ならば下品な行為とお説教されるだろうが、夢の中なら

礼儀作法なんて関係ないだろう。

 舞い飛んだ羽根の一枚が、スティルの手元に滑り込んだ時、スティルの目が

大きく見開かれた。よし、僕の手から離れたモノならば、周囲の光景同様に扱

われてスティルにも認識出来るようになるみたいだ。洞察力を鍛えてくれた先

生に感謝したい。


「こんばんわ、スティル。勝手に夢に入り込んできてごめん」


 僕の羽根を通して「僕が居る」と悟れたのだろう。声をかけると、スティル

の視線が僕へと向けられた。言葉は無いけれど手にした羽根をぎゅっと握りし

めて、食い入るように見つめている。表情が死んでいる時とは様子が違うな。

その目は涙で潤んでいるし。


「大丈夫、夢だけれど僕はちゃんとした本物だよ。僕の言葉が分かるかな?」


僕の言葉に彼女が少しだけ頷いた。どうやら僕に出会ったことで少しだけ感情

が生まれかけたらしい。辛うじて意図を伝えるのがやっとだけれど、逆を言え

ば今がチャンスだ。疑いや詮索の概念が欠落しているから、言葉をそのまま心

に伝えられる。



「よし、説明する時間も惜しい。とにかく君を迎えに…いや、助けに来たよ。悪夢から出たいなら…この手を取ってくれ。君を悪夢の外に連れだすからね」


そう言うと、僕は翼を広げてスティルに手を差し出した。「折角のシーンで助

けに来た王子の台詞がたったそれだけ!?やりとりも0点だしもっとマシな名

台詞を作りなさいよ!」と叫ぶナナの姿が思い浮かぶ。けれども今のスティル

には余計な比喩や装飾を付けない言葉がベストだ。

 予想した通りスティルは羽根を大事そうに胸に抱き留めると、片手を伸

ばして泣き顔のまま僕へと這い寄ってきた。このまま、差し伸べた手を取るつもりだろう。良かった、これならもう大丈夫だな。ホッとして、僕も彼女に手をさしのべたその時だった、


―キィィィィィィ!!!!!!!―


「何だ!?」


突然、床を張っていた鎖が蛇のようにのたうち回り、スティルの顔が絶望に染

まっていく。何だ、一帯何が起こったんだ?

 スティルの背後に目を向けた僕はぎょっとなった。鎖の繋がっている先にあ

ったもやのようなものが中心が紫色に渦巻いている謎のゲートに変わってい

る。ただ、その装飾は骸骨姿の天使像が連なりまるで魔界の入り口のような雰

囲気を醸し出している。


「ゃ………!!!!!」


スティルが言葉にならない声で叫び、這うように僕に向けて近づこうとする。

と思う間もなく、たわんでいた鎖がピンと張られスティルの身体をどこかへ引

きずり込むかのように動き出した。僕へと伸びた手がむなしく空をきり後方へ

と引っ張られる。引きずられないように地面の割れ目に必死に手をかけるけれ

ど、力の差にはなすすべもなかった。


「嫌ぁ!もう彼処に行きたくない!」


スティルの泣き叫ぶ声にこっちも胸が張り裂けそうだ。必死に抵抗を破ろうと

手足を地面に突き立てるが一行に進まない。スティルの居る場所からゲートま

での距離は元いた場所から半分を切っている。


「スティル!」

「助けて助けて!!お願い、助けて!!イグウィル!!イグウィル…さまぁ

っ!!!!!!」


僕の名前を呼ぶと同時に、抵抗が消えて急に身体が動いた。安堵する間もなくスティルに駆け寄ろうとしたが、鎖に引きずられる彼女との差が詰められない。

 まずい。彼女を引きずる鎖の速度が上がっている。けれどこのまま相手の思

うつぼのままで居られるか、夢にまで来た王子をなめるな!

 走りながらアイビーの杖にありったけの魔力を込めると、杖が緑白色に光り

出す。杖の限界以上に魔力が込められた証拠だ。ピリピリとした暴走気味の魔

力の感触を無視して、僕は杖を渦の中心に向かっておもいきりぶん投げる。も

ちろん、杖や魔力にモノを壊すような力は無い。けれど相手はスティルとは違

う異物の夢のようなもの。これにありったけの魔力をこめた夢に干渉する杖を

ぶつけたら…。


「耳ふさいで!スティル!」


―ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ―


巨大な滝から生み出されたような音が辺り一帯に響き渡った。放り投げた杖が

くるくると回転して渦の中心に触れると同時に、杖に押し込められた魔力が爆

発、魔力で渦を吹き飛ばしたのだ。渦はすぐさま再生し、鎖の動きが止まった

のはほんの一瞬だけ。それでもその一瞬で僕は彼女に追いつくと、そのまま身

体を彼女へと滑り込ませた。


「い…イグウィル様…!!」

「大丈夫、もう僕が居る…!大丈夫だから!」


安心させるようにぎゅっとスティルの身体を抱きしめる。ぐしゃぐしゃの顔で

僕にしがみつくスティル。もうこのまま離してたまるものか。

 けれども、状況は実はさほど好転したわけじゃない。鎖で彼女の身体が入り

口引っ張られる感覚が更に強まっている。この鎖が切れれば、そう思ったとこ

ろで鎖が僕の手をすりぬけて居ることに気がついた。せめて引き戻そうと踏ん

張り足に力を入れ…、だめだ、びくともしない。まるで軍船に繋げられた鎖に

引きずられているみたいだ。

 なんとしても彼女を助け出そうと抱えて逃れようとするが、効果は無くずる

ずると引っ張られてしまった。もう魔界のような入り口は目の前に迫ってい

る。恐怖心が強くなっているのかしがみつく力が強くなってくる。まずいぞ!


「無理に逆らわないで!彼女の身体がばらばらにされますよ!」


焦りが出て彼女を強く抱きしめたそのとき、不意に先生の声がすぐ近くで響い

た。ハッとして後ろを見ると、瓦礫の山をかき分けて駆け寄ってくるのが見え

た。


「先生!どうしてここに!?」

「説明はあと!逆らわずにそのまま彼女を離さないで飛び込んで!!向こうで

待ってます!」

「え、先生どういうこと!?」


俺の言葉が終わらないうちに先生は穴に駆け出すと、そのまま門の渦へとその

姿が吸い込まれていった。顔に真剣さをにじませているのは初めてだ。

一瞬躊躇したが、スティルを見るとすがるような目で僕を見ているのを見て、

僕も腹を決めた。先生を飲み込んだ渦の中心をきっとにらみつける。


「スティル…先生を信じて僕らも飛び込もう…!大丈夫だ、僕もついてる!」


本当は僕だって怖い。けれど、このまま後悔するのだけは絶対に嫌だ。


「いくぞスティル!このままこの中へ…つかまれ!」


かけ声と同時に、スティルと僕は渦へと飛び込んだ。紫色の渦は消え光の束に

変わり、僕らの身体も白く溶け込んでいく。スティルの羽根が僅かに青く輝い

ていたが、それもすぐに見えなくなった。

 その姿が完全に見えなくなるまでのほんの数秒、それがどれだけ長く感じら

れたか…。僕もスティルも、互いの身体をしっかり掴んだまま離さなかった。


「イグウィル君達なら大丈夫でしょう。それにしてもここは…どうやらのんびりしていられないみたいですね…」

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