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第十一話 竜の王子と共有夢(ドリームシェア)

宮殿の下層にあるスティルに与えられた私室。決して広い部屋ではないもの

の、テーブルやソファが揃っており、ちょっとしたホテルの一室の雰囲気を醸

し出している。その部屋の中央に置かれたベッドにはスティル顔が眠り、彼女

を囲むようにして僕と先生が王室専属の医者ジャックの診断結果に耳を傾けていた。


「一通りの診察は終わりました。やはり外部からの刺激で目を覚ます気配はあ

りませんね。けれども脈も呼吸も正常。症状はナルコレプシー(睡眠障害の一

種 悪夢を伴う事が多い)によく似ていますが、治療薬を投与しても効果が見

られないのが気になります。天使特有の病気でこのような例はありません」


ジャック医師の言葉に、僕はスティルをじっと見つめた。確かにうつぶせ気味

で枕に顔を押しつけるようにして目を閉じている彼女は、一見どこも悪いよう

には見えない。


「そうなのですか…、魔法や呪いの類いはありませんか?」

「その点も考慮しましたが、それが行われた痕跡はありませんね。救いがある

とすれば、見られた症状はそれだけで特に他に悪いところはないでしょうか。

このままなら眠りの症状も時間が経てば普通に目を覚ますでしょう」


ジャック医は静かな声でそういうと、スティルのカルテに書き込みを行った。


「目覚めるまでどれくらいですか?」

「それはばらつきがあるので断定は厳しいですが…、早くて2日、遅くても1週間以内ってところでしょう」


ジャック医師の診断にホッとなった。良かった、スティルがずっと眠ったままでいることはないみたいだ。


「やっぱり心配だったのですね?何なら思い切った方法もありますけれどやってみます?王子の協力が不可欠ですが…」

「やります、協力しますからその方法を教えて下さい!」


僕の言葉にジャック医師がにやりと笑うと、小声でささやいてきた。


「はい、それでは殿下は彼女にゆっくりと近づき、顔を近づけてください。ちゃんと正面を向いてね」

「…?それから?」

「ええ、あとはそのままくっついて王子による目覚めのキスを…」


…………………。


「…真剣に耳を傾けた僕がバカでしたよ!なんでいきなりそんなこと言いだすのですか!」

「いや、だって思いついてしまったからここは言わねばと。あ、個人的には王子からのキスというのもありふれちゃっていますからね。やはり物語的には女の子から逆に目覚めのキスをしてくる方が…」

「さっさと自分の医務室にお戻り下さい!ああもう、王子権限使ってでも部屋から叩き出しますよ!」


とんでもないことをいってくるよこのヒト。ぐいぐいと背中押して…、あっ、僕に背中預けて踏ん張るなんてずるい!

 余程やりとりが面白かったのだろう、背後で先生がクックックッと笑っていた。


「そうそう、あと一つだけ」

「なんです!?スティルとキスならするつもりありませんよ!」

「目覚めたら今のように肩の力を抜いておくようにね。あの子がその方が安心するって君も分かっているはずですよ」

「あっ…」


医師の指摘に僕はその後の言葉を出せなかった。進展しない病状に、明後日に

迫ったスティルの処遇の決定、そして目覚めないスティル。これらの不安感が

僕に潜んでいたことが先生にはお見通しだったらしい。

また後で往診に来ることを約束し、ジャック医師は部屋を出ていった。

そんな彼の背中に頭を下げることを僕は忘れなかった。



「いい医者ですね。異界の言葉「医は仁術」であることを実践したいのでしょう、彼って」

「でしょうね。父さんが拝み倒して彼を街でスカウトした訳がわかりましたよ…」


医師が帰った後、僕はスティルのベッド脇のイスに座り直すと、毛布越しにスティルの背中に手を当てトントン…と軽く叩いた。


「それにしても、一体どうしでこんな事に。偶然にしてはタイミングが良すぎ

ますが、城内でこんな事をするヒトはいないですし…?」

「ええ、少なくても城内にいる誰かが何かしたことはないでしょう。そもそも

彼女を知るヒトはまだ少ないですし、知っていても彼女には政治的なしがらみ

はありません。第一彼女の部屋と彼女自身に私の結界を常時張ってありまし

た。害することはできなかったはずです」


だろうな。もし何かしていたとしても、ジャック医師の腕ならその痕跡をすぐ

見つけて証拠を押さえていただろうし。


「でも、実際にスティルが寝たままなのですよ。これについてはどう説明する

のです、先生?」

「結界と言っても万能じゃありません」


幾分言葉に詰まりながらも先生が答える。


「予め時限式の魔術をオートセットしているか、スティル自身が魔術を使った

ら結界の効果がないのですよ。商会で強力な用心棒を雇っても、雇う前から商

会に被害があるか、商会のトップが凶悪犯なら意味がないのと一緒ですね。今

回使われたのは眠り魔法、魔法の痕跡が残されていないので恐らく前者。高等

技術なので悪魔に使えまいと油断したのが失敗でしたよ」


すまなそうに言うと、先生は部屋の結界を張り直す。心なしか前回かけたもの

よりより強化されているような気がする。あの悪魔に対して警戒をしているの

かもしれない。


「先生、時限式の魔術って、眠らせる魔術でおしまいってことはないです…

ね?」

「あり得ませんね。高等魔術を嫌がらせのために使うことはないでしょう。目的はわかりませんがこれは何かの下準備。この後に追い打ちで何かを仕掛けるつもりでしょう。その前にこちらで先手を打たねばなりません。正直、イグウィル君の魔術を聞いたときはほっとしましたよ。優秀な教え子が居ると、私も助かります」


「対処法に僕の魔術…?先生、まさか僕に先ほど話した魔術を、ぶっつけ本番

で僕がスティルちゃんに使うのですか!?」

「大丈夫!イグウィル君なら出来ると確信していますよ」


自信たっぷりに先生が胸を張る。


「この夢に入る術を成功させる主な条件は2つあります。一つは夢をみる仕組

みをちゃんと理解していること。書庫で話したとおり、この条件をイグウィル

君は十分クリアしています。独学でよくここまで覚えましたよ」

「まぁ、確かにこれはそれなりに勉強したつもりですが…」

「それから、もう一つは相手が心から術者に対して信頼していること。これも

クリアできるのは、この世界でイグウィル君ただ一人でしょう?」

「え、ちょっと待ってください?僕に心を開いたって、まだそこまで進展した

ように見えないのですが?」

「何言うのですか。感情を見せなかった彼女を泣かせたのは君だけなのをお忘

れですか?」


先生、その言い方だと僕が暴力王子のように聞こえますって。


「それにイグウィル君、前にプレゼントは覚えています?花いっぱいにしたけ

れど反応がなくて凹んだときですね」

「覚えていますが思い出されないでください。今だって凹みますよ」

「トラウマになることはありませんよ、行ったことは立派なのですし。それ

に、君の知らないところで気持ちはちゃんと伝わっていますよ」


先生が机に入っていた道具箱らしい箱を取り出すと、そっと開く。中に入って

いるモノを見た瞬間、僕は息をのんだ。

 中に入っていたのは、カサカサに乾ききった花。僕が前に魔術で作った花畑

のものだ。そういえば、イシマちゃんの乱入で、彼女の様子を見られなかった

けれど、あの時地面にしゃがみ込んでうつむいていたっけ。

よく見ると僕がプレゼントしたもの全てが、きちんと整頓されて納められてい

た。この箱は彼女の宝箱のようなものなのだろう。


「世界に無駄なことなんてありませんよ、結果は私たちの見えないところで表

れていることが多いのですから」

そう言うと、先生は真ん中におかれ得ていたケース箱を取り外す。そこには、

拾い集めていたらしい僕の羽根が家宝のように納められていた




スティルの寝顔近くに椅子をずらすと、音を立てずに静かに座る。

手には魔術処理が施されたアイビーの枝。普段は肩たすきのように巻かれる服

の装飾の一部だが、僕が魔術を使うときはピンと伸ばして杖として愛用してい

る。この杖には魔術の負担を減らす効果が付いているので、初めて使う魔術に

はこれが欠かせない。スティルを挟んだ向かいには、先生が穏やかな顔で僕と

スティルの姿を見比べていた。


「位置はこれでいいでしょう。それではイグウィル君、もう一度最後の確認に

移りますよ?」


確認する内容は理解していた。簡単に言えば、夢を感じ取れる精神的な神経も

どきを魔術で作り、それを彼女へ繋げるというものらしい。もっとも、スティ

ルにこれが可能なのは僕だけなので、侍女や近衛兵に協力して貰えなかった。そもそも何か急な招集があり、動けるヒトが居なかったのだけれど。


「大丈夫、私が夢に入るまでのサポートが出来ますから。その後もイグウィル君なら大丈夫ですよ」

「わかっています…それじゃあ、いきますよ!」


先生が頷くのを見ると、僕は目を閉じた。

 思い浮かべるのは医学書に書かれていた神経の束。形状はもちろん、細かい仕組みを細部まで思い浮かべる。

 以前先生からの言葉で『イメージが大事とよく言われますが。要は、関わる

現象についての仕組みを知ることが大事ですよ 魔術にその仕組みを再現して

貰っているようなものですから』と言っていたのを覚えていた。仕組みがきっちり分かっていたら、器械や機械に関わる術だって構築することが出来るから、地味な割には魔術って奥が深い。


「イグウィル君OKです、イメージ通りのモノが出来ていますね。あとは頭を

ゆっくりスティルに近づけて下さい、そっとですよ」


先生の声が聞こえたところで、若干集中を解く。そのまま頭を全身させるけれ

ど、感覚に変化はないし、目の前は真っ暗のままだ。失敗したかな?と諦め始

めたその時、突然視界が白黒に点滅し、次の瞬間、僕は視界が真っ白な空間に

包み込まれた。


「…!!」


急な変化に思わず目を開けてしまった。見えるのは目を閉じる前と同じ眠った

ままのスティルと僕を見守っている先生の顔だ。


「視界が一転して驚いたかな?大丈夫、今のは君の仮想神経がスティルちゃん

の脳の外周部に繋がっただけです。魔術が順調に発動している証拠ですよ」

「良かった…。あ、でも失敗したかな?目を開けてしまったら術はまた最初か

らやり直し?」

「大丈夫、まだ術は発動してスティルの脳と繋がっています。目を閉じてご覧

なさい?白い空間が見えたら、落ち着いて自分の身体が見えるかどうか確認し

てみるのですよ、どうです?」


先生の言うとおり目を閉じると、程なくして白い空間が浮かび上がった。

良かった、いきなり白い空間に放り出されて驚いたけれど大丈夫みたいだ。下を向くと、見慣れた僕の服と靴が見える。ふわふわとしているが感覚はあるし、手足は勿論羽根までちゃんと思い通りに動いている。


「どうです、ちゃんと動けますか?」

「はい!違和感はあるけれど別に動きを妨げては居ないようですね。

服も起きているときそのままの服装だし、道具とか流石に無理でも…あっ、ち

ゃんとアイビーの杖がある!」

「あくまで夢ですからね。魔力量にもあるでしょうが、イメージが強いモノは

イグウィル君の一部として認識されるみたいですね」

「なるほど。それにしても、なんだか変な感じだなぁ」


目を閉じると白い空間ハッキリと見えているが、目を開けたらスティルの部

屋。どちらにしても先生の声と気配ははっきりしているし、ベッドの脇で座っ

ている感触も僅かに残っている。まるで一つの身体が二つの世界に居る感覚だ

った。目を開けたら消えてしまう浅い夢みたいなものだろうか


「それにしてもどっちを向いても白い空間だけですね、まるで平面の砂漠か氷

原を歩いているみたいですよ。この白い空間から、どこに向かえばいいので

す?」

「イグウィル君の勘で歩いてみて下さい。おそらく、そこから夢に繋がる道し

るべがあるはずです」


先生の言葉に再度周囲を見回してみる。よく見ると真っ白な空間も、霧が流れ

るように揺らいでいるように見えた。ちょっとだけ流されると揺らぎがおさま

り、また少しすると再び揺らされる…。まるでゆっくりとした波のようだ。こ

れって、脳を流れる電気信号みたいなモノだろうか。

 波がながされる方向に歩き出す。景色が全く代わり映えがしないので忍耐の

戦いになると思ったが、心は平穏のままだ。


「先生、スティルの夢の入り口までどれくらい歩くことになるのです?」

「それって『目を閉じてから眠るまでどれくらいかかりますか』という質問と

同じことですね。まあ、今の段階からならすぐにたどり着くと思いますよ。

あ、それから意識はしっかり保つように。イグウィル君まで完全に寝てしまっ

たら意味がありませんからね」

「分かっていますよ。あれ、先生、急に違和感が出てきましたよ」


歩きだして数分後、白いもやのようなものの濃さが増した、薄い革袋を押して

いるような波はすべてここに吸い寄せられているように見える。結界に入り込

んだ時の感触が、ずっと続いているような感じに近い。


「それです、そこが夢をつかさどる脳の境界でしょう!」


先生の声が僅かに聞き取りにくくなっていた。スティルの夢に深入りしたせい

だろうか。


「ここからが本番ですよ。完全に夢の中に入り込んだら、イグウィル君もレム

睡眠に入るから私の声が聞こえなくなります。夢の世界そのものを思い通りに変えることはできませんからね。恐らくスティルちゃんの姿があるはずです。

 何かあっても起きようと思えば簡単に起きられますから安心して……」


先生の言葉は小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。同時に、揺らいでい

た世界が、徐々に形を作っていく。


いよいよだなスティル、待っていろよ…。

夢に関しては現実世界でもまだまだ未解明な分野が多いですね。

そんな状況をすっとばしているイグウィル君、無自覚にチート先生の影響を受けてしまっています。

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