第14話 逆走
七月十四日。
午前六時十二分。
「四十九キロ」
ダンジョン入口。
レオンの背負子を量った職員が、記録票へ数字を書き込んだ。
「水、十二」
「はい」
「食料、二日分」
「はい」
「ランタン油、四」
「はい」
「番号札、五十」
「はい」
「治療薬、六」
「右の腰袋です」
職員が確認する。
「よし」
レオンが背負子を持ち上げた。
肩を通す。
腰帯を締める。
立ち上がる。
「……よし」
「レオン」
後ろから声。
エドガーだった。
「重くないか?」
「大丈夫です」
「何キロだ」
「四十九です」
「じゃあ大丈夫だな」
「何キロから大丈夫じゃないんですか?」
「お前が大丈夫じゃないって言った時」
「……基準、俺なんですね」
「お前の荷だからな」
エドガーが自分の背負子を担ぐ。
「行くぞ」
「はい」
二人は。
ダンジョンへ入った。
◇
第二回東部調査。
今回。
《リレントレス・ウルフ》が調べているのは。
第十階層東部で発見された新規資源。
通称。
魔晶樹。
その規模だった。
何本あるのか。
どの程度の範囲に生育しているのか。
若木はあるのか。
枯死個体は。
生育密度は。
そして。
継続して採取できる資源なのか。
ミア達、採取担当が。
一本ずつ調べていく。
その間。
レオン達、運搬担当は。
地上と。
第十階層を。
何度も往復した。
地上から。
水を運ぶ。
食料を運ぶ。
ランタン油を運ぶ。
調査器具を運ぶ。
治療薬を運ぶ。
地下から。
採取された魔晶樹を運ぶ。
地上へ。
そして。
また。
地下へ。
調査が続く限り。
荷は。
止まらない。
◇
午後一時三十六分。
第十階層東部。
「来た!」
レオンの姿を見つけ。
ミアが手を上げた。
「遅い!」
「十階まであるんだから仕方ないだろ!」
「番号札は?」
「あるよ」
「何枚?」
「五十」
「足りないかも」
「……また?」
レオンが周囲を見る。
樹。
その幹に。
小さな番号札が付けられている。
三十七。
三十八。
三十九。
その奥にも。
札。
「昨日より増えてない?」
「増えてるよ」
「何本?」
「今、六十二」
「六十二?」
「確認できた範囲だけでね」
レオンが。
さらに奥を見る。
黒褐色の樹。
その向こうにも。
また。
同じ樹。
「……結構あるな」
「だから調べてるの」
ミアが手を出す。
「番号札」
「はいはい」
レオンが荷を下ろす。
「あと水」
「三番」
「油」
「二番」
「採取袋」
「一番」
ミアが止まった。
「……詳しくなったね」
「毎日運んでるからな」
「最初、何がどこに入ってるか分かんなかったのに」
「今は分かる」
「成長したね」
「俺、前衛志望なんだけど」
「知ってる」
「運搬ばっか上手くなってる気がする」
「いいじゃん」
「よくない」
「なんで?」
レオンが答えようとする。
「レオン!」
別の採取担当が呼んだ。
「これ、地上へ頼む!」
「はい!」
布に包まれた。
切り出した魔晶樹。
レオンが持ち上げる。
「十二キロ」
「四本ある」
「四十八か」
「いける?」
「いけます」
一本。
二本。
三本。
四本。
背負子へ固定する。
紐を締める。
エドガーが横から確認した。
「上、緩いぞ」
「え?」
「ここ」
紐を引く。
「歩いてるうちに一本落ちる」
「あ……」
「木なら拾えば済む」
エドガーが締め直す。
「治療薬なら?」
「……困ります」
「困るで済めばいいけどな」
「はい」
「覚えとけ」
エドガーが背負子を叩いた。
「運ぶってのは」
一度。
「着けばいいんじゃない」
もう一度。
「全部、着かせるんだ」
「……はい」
「行くぞ」
レオンが立ち上がる。
四十八キロ。
今度は。
水でも。
食料でもない。
《リレントレス・ウルフ》が。
三年間。
探していたものだった。
◇
七月十五日。
地上。
「三十九・八キロ」
重量が記録される。
レオンが背負子を下ろした。
魔晶樹が。
一本ずつ運ばれていく。
査定。
乾燥。
加工試験。
そして。
帳簿。
地下から運び出された資源が。
地上へ着いた瞬間から。
数字へ変わっていく。
「レオン」
エドガーが呼ぶ。
「休憩、三十分」
「その後は?」
「下りる」
「また?」
「嫌なら地上に残るか?」
「行きます」
「じゃあ食え」
「はい」
レオンが。
パンを取った。
腕を上げる。
肩が。
少し痛む。
「……いて」
エドガーが見る。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
「なら食え」
「はい」
三十分後。
また。
地下へ向かった。
◇
七月十六日。
午後零時五十八分。
第十階層東部。
「ここまでだ」
パウエルが言った。
第二回東部調査。
最終日。
地図には。
魔晶樹の位置を示す印が並んでいる。
最初に持ち帰った。
一本の枝。
そこから始まった調査は。
少なくとも。
一つの事実を確認していた。
数本ではない。
一定の範囲に。
まとまって生育している。
「全部で何本ですか?」
レオンが聞いた。
「確認できた分だけで九十七」
ミアが答えた。
「九十七……」
「まだ先にもある」
「じゃあ百本以上?」
「多分。でも」
ミアが地図を見る。
「見てないものは数えられないから」
「そっか」
レオンも。
地図を見る。
九十七。
エマが。
十本。
百本。
千本。
そんな話をしていた。
百本に。
届きそうなところまで来ている。
「今日はここまで」
パウエルが地図を閉じる。
「撤収する」
「その先は?」
レオンが聞いた。
「次だ」
「ちょっと見るだけでも?」
「帰る分の物資で調査はしない」
「あ……」
レオンは。
すぐに頷いた。
「はい」
以前なら。
もう少しくらい。
そう思ったかもしれない。
今は。
分かる。
水も。
食料も。
油も。
治療薬も。
地上から。
誰かが運んできたものだ。
そして。
帰るために残しているものだった。
◇
「ミア」
「はい」
「そっちは終わったか?」
「あと一か所です」
ミアは。
調査範囲の端へ向かった。
少し離れた場所に。
若い魔晶樹がある。
その周囲。
土。
他の植物。
幹。
記録票へ書き込む。
「……よし」
立ち上がった。
その時。
ランタンが。
揺れた。
「ん?」
光が弱くなる。
ミアが油量を見る。
「……残ってない」
補給された予備油は。
すでに撤収荷へまとめられている。
最後の一か所。
今ある分で足りると思っていた。
「最後なのに……」
火が。
小さくなる。
そして。
消えた。
「……」
撤収荷を取りに戻ろうとする。
その足が。
止まった。
「……あれ?」
見える。
自分の手。
地面。
樹。
暗くなった。
でも。
真っ暗ではない。
うっすら。
明るい。
「……?」
ミアが。
顔を上げた。
光。
どこかから。
来ている。
調査地点ではない。
奥。
もっと。
奥。
「……え?」
暗闇の向こうに。
光があった。
小さな点ではない。
遠い。
それでも。
はっきり見える。
「……何、あれ」
◇
「パウエルさん!」
声に。
撤収準備をしていた者達が振り返った。
「どうした?」
「来てください!」
パウエル。
セリア。
レオン。
数人がミアのところへ向かう。
「ランタンが消えて」
「油切れか?」
「はい。でも」
ミアが。
奥を指す。
「あそこ」
「……」
パウエルが見る。
セリアも。
レオンも。
「……光ってる」
レオンが呟いた。
暗闇の奥。
確かに。
光がある。
「魔晶樹?」
「分からない」
セリアが答える。
「魔力石とか?」
「それも分からない」
セリアが。
測定器具を取り出す。
光へ向ける。
「……」
反応しない。
「駄目です」
「届かないか?」
「この距離では」
パウエルが。
光を見つめた。
「この距離で」
一度。
「これだけ明るいのか……」
誰も。
答えない。
レオンも。
奥を見る。
行けば。
分かる。
そんな気がした。
「パウエルさん」
「帰るぞ」
「え?」
「今日は最終日だ」
即答だった。
「でも、あれ――」
「だからだ」
パウエルが。
レオンを見る。
「何か分からない」
「……はい」
「魔晶樹なのか」
「魔力石なのか」
「それ以外なのか」
もう一度。
光を見る。
「手持ちの道具じゃ調べられない」
そして。
地図を開いた。
「位置だけ記録する」
「地上で対策を考えるぞ」
「はい」
「撤収!」
◇
午後三時四十一分。
第十階層。
レオンの背中には。
魔晶樹があった。
三十九キロ。
今回。
最後に地上へ運ぶ分だった。
「軽くなったな」
前を歩くエドガーが言った。
「三十九ありますよ」
「初日は四十九だろ」
「十キロしか違わないじゃないですか」
「十キロ違えば十分だ」
「じゃあ持ちます?」
「嫌だ」
「なんでですか」
「俺も持ってる」
エドガーが。
自分の背負子を叩く。
「運搬はな」
「はい」
「人の荷が軽く見える仕事なんだよ」
「……何ですか、それ」
「そのうち分かる」
レオンが笑った。
その時。
パウエルの手が。
上がった。
隊列が止まった。
レオンも。
すぐに止まる。
「……」
前方。
ゴブリン。
三体。
レオンの手が。
腰へ近づく。
だが。
触れない。
前衛が出る。
短い戦闘。
三体が倒れる。
「進むぞ」
隊列が動く。
数分後。
また。
止まった。
「五」
ヴェラが言った。
前方。
五体。
「……多いな」
誰かが呟いた。
その時。
後方。
音。
「後ろ!」
振り返る。
ゴブリン。
一体。
二体。
さらに。
「右にもいる!」
「左!」
声が重なる。
パウエルの表情が変わった。
「数えろ!」
「前、九!」
「右、六!」
「左、七!」
「後ろ――まだ来る!」
レオンが。
息を呑んだ。
暗闇から。
次々と。
小さな影が出てくる。
「三十近い!」
「パウエル!」
「戦うな!」
パウエルが叫んだ。
「突破する!」
前衛が。
武器を抜く。
「地上へ向かえ!!」
◇
「走れ!」
ハンスの盾が。
ゴブリンを弾き飛ばす。
「右!」
ヴェラが斬る。
「前を開けろ!」
セリアの魔術が。
暗闇を照らす。
レオンは。
走った。
背中で。
魔晶樹が揺れる。
剣は。
抜かない。
「止まるな!」
「はい!」
右から。
ゴブリン。
飛び込んでくる。
パウエルが。
間へ入った。
一閃。
ゴブリンが倒れる。
「レオン! 走れ!」
「はい!」
レオンが。
前へ。
「ぐあっ!」
後ろ。
声。
「負傷者!」
「脚!」
「深いぞ!」
一人の隊員が。
倒れている。
立てない。
血が。
地面へ広がっていく。
「レオン!」
パウエルが叫んだ。
「はい!」
「荷を捨てろ!」
レオンが。
一瞬。
止まった。
「でも、これ――」
「木より人だ!」
「……はい!」
背負子を下ろす。
何日も。
地上と地下を往復して。
運び続けた。
魔晶樹。
それを。
その場へ置いた。
「背負え!」
「はい!」
負傷者の前へ。
しゃがむ。
「乗ってください!」
「すま……」
「いいから!」
腕を肩へ回す。
立ち上がる。
「っ……!」
重い。
四十九キロより。
重い。
重量だけではない。
動く。
呼吸する。
身体が揺れる。
そして。
背中へ。
温かいものが流れてくる。
血。
「レオンを通せ!」
パウエルの声。
「道を開けろ!」
ハンスが。
盾で押し込む。
「行け!」
ヴェラが。
横から来た一体を斬る。
「走れ!」
セリアの魔術が。
前を照らす。
レオンは。
走った。
何度も。
この道を歩いた。
水を運んだ。
食料を運んだ。
油を運んだ。
魔晶樹を運んだ。
でも。
今。
背負っているものだけは。
落とせない。
「ラバ!」
声。
前方。
先行していた洞ラバ。
「負傷者だ!」
「こっちへ!」
レオンが。
走る。
息が。
続かない。
脚が。
重い。
肩が。
焼けるように痛む。
「あと少し!」
「はい!」
洞ラバへ。
辿り着く。
「下ろすぞ!」
数人が。
手を伸ばす。
レオンがしゃがむ。
負傷者を下ろす。
「止血確認!」
「固定する!」
「脚、動かすな!」
洞ラバの背へ。
乗せる。
紐を回す。
固定。
「よし!」
「行かせろ!」
レオンが。
洞ラバの尻を。
思い切り叩いた。
「行けー!!」
洞ラバが。
走った。
地上へ。
一人の人間を乗せて。
遠ざかっていく。
「……はっ」
レオンが。
息を吐いた。
膝へ。
手をつく。
「レオン!」
声。
「お前も行け!」
「はい!」
顔を上げる。
走ろうとする。
その前に。
一度だけ。
振り返った。
「……」
仲間達が。
撤退してくる。
パウエル。
ハンス。
ヴェラ。
セリア。
エドガー。
その後ろ。
ゴブリン。
そして。
「……ミア?」
レオンの目が。
止まった。
遠い。
隊列から。
離れている。
ミア。
周囲には。
ゴブリン。
一体。
二体。
三体。
さらに。
横から。
一体。
ミアが。
採取用の鉈を握っている。
下がる。
また。
下がる。
後ろは。
壁。
「ミア!」
届かない。
「レオン!」
パウエルの声。
「地上へ行け!」
「……」
レオンは。
動かなかった。
「レオン!」
ミアを見る。
腰。
剣。
手をかける。
「行け!!」
剣を。
抜いた。
「レオン!」
走る。
「行くな!!」
聞こえた。
分かっている。
自分は。
運搬担当だ。
前衛ではない。
撤退命令も出ている。
それでも。
ミアがいる。
皆が。
地上へ向かって走る中。
レオンだけが。
逆へ。
走った。
「レオン!!」
パウエルの怒鳴り声。
それでも。
レオンは。
一度も。
振り返らなかった。
「……あの馬鹿」
エドガーが。
足を止めた。
レオンを見る。
ミアを見る。
そして。
自分の背負子を見る。
「二番!」
近くのポーターが振り返る。
「はい!」
「これ頼む!」
「え!?」
エドガーが。
背負子を外す。
「地上まで持ってけ!」
「でも――」
「記録票が入ってる!」
押しつける。
「サンプルもだ!」
「はい!」
「絶対に落とすな!」
ポーターが。
背負子を受け取る。
「行け!」
「はい!」
走り出す。
エドガーは。
レオンを見る。
まだ。
剣には触れない。
「エドガー!」
パウエルが叫ぶ。
エドガーが。
走り出した。
「アイツを連れ戻してきます!」
皆が。
地上へ向かう中。
レオンが。
逆へ走る。
そして。
その新人を追って。
直属の上司も。
逆へ走った。




