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朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師  作者: 桜咲かな


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第38話 三匹の悪魔と三人の聖女

 その頃、ジョルノ国の援軍の騎兵隊は神殿を目指して走っていた。神殿が目視できるほどに近付いた時に驚くべきものを目にする。


「あれは邪竜? 伝説の悪魔が復活したのか!?」 

「それにしては神々しい……邪竜ではなく神竜だったのか?」


 遠くを見つめる騎兵たちの目に映るのは、神殿よりも巨大な黒い竜。その体は半透明で、二対の翼を折り畳み、神殿を守るように包んで身を丸めている。

 兵士たちは黒竜の姿に目を見張るのではなく目を奪われた。漆黒の体に纏う魔力には禍々しさを感じない。誰もが雄々しく美しい姿に魅了されてしまう。


 ランナが瞼を開くと、そこはまだ暗黒の世界。闇に包まれてはいるがフワフワとした優しい空気を肌に感じる。

 闇はやがてグレーへと薄まり透明度を増して、なんとか周囲の様子を認識できるほどに視界が晴れてきた。

 辺りを見回すと、崩れ落ちた神殿の天井や柱の瓦礫に囲まれている。周囲に放たれた火は鎮火していて煙も立っていない。


「ポーラ姉さん! モニカ様! どこ!?」


 ランナの呼びかけに応えるように、ランナの右手をモニカ、左手をポーラが握る。三人の王妃が手を繋いで横に並ぶ形になった。

 三人は息を合わせるようにして同時に空を仰ぐ。天井が崩れ落ちた神殿の中で見上げれば青空が見えるはずだが、全ての景色には漆黒の色が混ざり合っている。


「温かいですわ。アサ様に包まれているみたい」

「この感じ、ヒルくんの温もりに似てる」

「不思議。ヨル様の息遣いと体温を感じるわ」


 三人の王妃それぞれが三人格の魔力の温もりを感じ取る。そして今、三人は復活した悪魔の体に包まれて守られているのだと気付く。

 封印から解き放たれた悪魔に魂は宿っていない。赤い眼を持つ黒竜は『三匹の悪魔』の思念が宿った仮の姿だった。

 全身に感じる黒竜の魔力の温もりから、三匹の悪魔たちの記憶と感情が伝わってくる。三人の王妃たちは、ようやく物語の真実を知った。


(三匹の悪魔はエリス様を愛していた。だからエリス様は……)


 遠い昔の聖女・エリスが三匹の悪魔の魂を体内に封印した理由。そして神殿に悪魔の体を封印した理由。その真実は物語とは違う。


(三匹の悪魔は巨大な邪竜ではなかった。魔力を持った三人の人間だったんだ)


 アサルト、ヒルマ、ヨルデオ。ジョルノ国の三人の悪魔は、隣国レッドリアの聖女・エリスを取り合って争っていた。

 聖なる国・レッドリアにとって悪魔は相容れぬ存在。レッドリア国王は、最強の聖女であるエリスを奪おうとする悪魔の三人を抹殺する命令を下す。


(エリス様は聖女として三人を殺すふりをして『死』から救いたかった。そして未来に繋げたのね)


 三人の悪魔を救いたいと願ったエリスは体内に三人の魂を封印して、神殿に三人の体を封印した。

 ジョルノの神殿とは、三人の悪魔の体を埋葬した『墓地』であり、祭壇は『墓標』だった。

 エリスは神殿に邪竜を封印したと偽り、他人の手で封印が解かれないように守っていた。いつの日か、子孫の聖女たちが三人を救う事を願って。


「今こそ、私たちが三人を救う!!」


 ランナ、ポーラ、モニカ。エリスの血と能力を受け継ぐ三人の聖女たちの声が重なる。

 その声に同調するかのように、神殿を包んで空まで覆い尽くしていた黒竜の巨体が収縮していく。

 ランナたちの前に降り立った小さな黒竜は翼を閉じると身を丸めて、黒い魔力の球体へと姿を変える。

 その球体がさらに三つの球体に分かれて、それぞれが人の形を形成していく。そこに肌や髪、服などの色彩が浮かび上がる。


 神殿の床には、アサ、ヒル、ヨルの三人が仰向けに並んで倒れていた。


 ランナは信じられない思いで三人の姿を見下ろすと、左から順に確認するようにして視線を右に流していく。


「う、そ……アサ様、ヒルくん、ヨル様……?」


 三人が別々の人間として目の前に存在している。三人は目を閉じて眠っているように見えるが、生気が全く感じられない。まるで血が通っていない人形のように。

 古の封印から解放されたのは三人の『体』のみ。魂が宿っていない抜け殻の状態だから当然だった。

 最初に動いたモニカは迷わずに一番左で眠るアサの横に両膝をついて座る。


「アサ様、お目覚めくださいませ」


 続いてランナも動くと、真ん中で眠るヒルの顔の横に座る。


「ヒルくん、起きて。もう起きる時間だよ」


 最後にポーラも一番右で眠るヨルの横で静かに腰を下ろす。


「ヨル様、もう目を開けても大丈夫。私が側にいるから」


 今、三人の悪魔の魂は、三人の聖女の体内にある。レッドリアの聖女たちは、ジョルノの悪魔たちに口付けて魂を体へと返すための儀式を行う。

 繋がった唇から送り込まれた悪魔の魂は本来の体へと宿る。抜け殻だった体の全身に熱い血が通い、肌に血色が戻り、心臓の鼓動が始まる。

 静かに呼吸を始めたアサは、愛に包まれた心臓の熱さで目を覚ました。瞼を開くと、愛妻の潤んだ碧眼が目に映る。


「モニカさん……」

「アサ様っ!!」


 モニカの瞳から落ちた涙の粒がアサの頬に落ちる。アサが上半身を起こすと、押し倒しそうな勢いでモニカが全身で抱きつく。

 言葉がなくてもアサには分かった。今、やっと自分は自分の体に魂を宿したのだと。以前よりも熱い魂は、モニカの愛を纏って朝日のように明るく輝いている。


「おはようございます。不思議ですね、目に映る全てが清々しくて美しい。この世界もモニカさんも」

「アサ様ったら、もう夕方ですわよ……それに世界も私も変わっていません。変わったのはアサ様の瞳の色ですわ」


 今のアサの瞳の色は悪魔の赤ではなく、モニカと同じ碧眼。朝の青空のような清々しいスカイブルーの瞳に生まれ変わっていた。

 そんな銀髪碧眼の夫婦の隣ではヒルが目覚める。呑気にあくびをした後、ゆっくりと起き上がる。


「ふわぁ……あぁ、ランナ。もう昼飯の時間か?」

「ヒルくん……ヒルくんっ!!」


 ランナの歓喜の声と同時に乾いた音が夕焼けの空にまで弾け飛ぶ。さらにヒルの顔も横に弾けた。

 なぜか放たれたランナのビンタは以前よりも強力だった。その痛みすらも確かにヒルが生きている証となる。


「おぉい! だから、なんで笑顔で叩くんだよ!? オレ寝起きだぞ!? 生き返ったんだぞ!?」

「誰のおかげよ、バカぁ……」


 ランナがポロポロと大粒の涙を零し始めたので、ヒルは両腕を伸ばして抱きしめる。二人の鼓動の音と金色の瞳が重なる。


「ヒルくんの瞳の色……金色になってる!」

「え? あ、マジか!? はは! これでランナとお揃いだな!」


 悪魔の魂が聖女の体内で浄化されたのだろうか。今のヒルの瞳の色は悪魔の赤ではなく、真昼に輝く太陽のような眩しい金色に生まれ変わっていた。

 そんな金髪金眼の夫婦の隣ではヨルが目覚める。静かに起き上がると、眩しい金色の瞳がヨルの瞳に反射する。


「ポーラか……。オレは……」

「ヨル様、もう大丈夫……もう悪魔にならなくても大丈夫だから」


 ポーラの金の瞳から涙が溢れて頬を伝う。ヨルの孤独を包むようにポーラは彼の体を抱きしめた。

 ヨルはもう悪魔ではない。今のヨルの瞳の色は悪魔の赤ではなく、闇夜を照らす満月のような金色に生まれ変わっていた。

 ヨルは片手を伸ばすとポーラの頬を包んで撫でる。指先で優しく涙を拭き取りながらポーラの瞳を見つめる。


「不思議だ……心が軽い。そうか、オレは前世からポーラを愛していたのだな……」

「……私は前世も今世も来世でもヨル様を愛するわ。だから安心して……」

「ありがとう」


 ヨルは満月の瞳を細めると、初めて優しく微笑んだ。もう悪魔になる必要はない。誰にも愛されなかったヨルは、ポーラという永遠の愛を手に入れたのだから。

 黒髪金眼の夫婦。そして三者三様の王と王妃が抱き合う場所から少し離れた後方には、主の姿を見守る軍人・カレンの姿があった。


(アサ様、ヒル様、ヨル様。これがヴァクト陛下の本当のお姿なのですね)


 僅かに微笑んだカレンが視線を落として床を見ると、そこにはヨルの体を貫いた矢だけが落ちている。

 三つの魂と三人格を宿していた体は血痕すら残さずに消えていた。

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