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朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師  作者: 桜咲かな


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第35話 ジョルノの神殿

 三人の王妃を乗せた馬車はレッドリア国を目指して走る。ジョルノの国境に近付くと民家はなくなり山々の風景へと変わる。

 窓から風景の移り変わりを眺めていたランナは、ふと不思議な感覚を覚える。


(この景色、前にも見た事がある……結婚式の時だ)


 という事は、ヒルと結婚式を挙げた神殿の近くを通っている。ランナはあの日の事を思い出す。

 ヒルは悪魔なのに、なぜ結婚式場に神殿を選んだのか。今思えば、ヒルが神殿に引き寄せられていたとも考えられる。


(あの物語の聖女エリス様は……もし私だったら、どこに悪魔を封印する?)


 ランナは古の物語の聖女を自分に置き換えて考えてみる。

 最強の悪魔の体を封印したという神殿は本当にレッドリア国にあるのか。物語が全て真実を伝えているとは限らない。

 ランナは前方の窓を開けると、蹄の音に負けないように声を張り上げて御者に伝える。


「馬車を止めて! 行き先を変えてほしいの!」

「え? ランナ、どうしたのよ?」


 隣に座っていたポーラは驚いてランナを見るが、ランナを挟んで反対側に座るモニカは何かを察している様子で黙っている。

 御者は王妃の命令に従って馬車を止めた。先方を走っている騎兵隊は止まる事なく国境へと向かって走り続けていく。

 その中で副隊長のカレンだけは馬車に合わせて自分の乗っている馬の足を止めさせた。




 レッドリアでの戦いは軍に任せて、ヨルは単身で馬に乗りジョルノ国へと引き返していた。

 そして今、すでにヨルは国境近くの山の麓に建つ神殿の中へと入っている。石造りの巨大な柱を通り抜けて階段を登ると祭壇へと辿り着く。

 その神聖な台を見下ろすと、この祭壇の上にランナを押し倒した事を思い出して自嘲気味に笑う。


(この祭壇を壊せば封印は解ける)


 祭壇の破壊には武器など使わない。ヨルは台の上に右手の手の平を乗せると魔力を集中させていく。

 そこでヨルは自身の異変に気付いた。思うように右手に魔力が集まらない。それどころか右手が自由に動かせない。


「ぐ、なんだ、これは……!」


 祭壇の上に置いた右手の手の平が、腕ごと小刻みに震え始める。まるで誰かに腕を掴まれて拘束されているように自由が利かない。

 さらに頭の中では自分ではない『誰か』の声が聞こえてくる。声質は自分自身のものだが、全くの別人がヨルに語りかけてくる。


『ヨル、冷静になるのです。本物の悪魔になる気ですか』


 その口調は紛れもなくアサ。殺したはずのアサの人格の声にヨルが戸惑うと、続いて別の口調が語りかけてくる。


『ヨル、お前の好きにはさせないぞ!! 悪魔なんかにさせるか!!』


 今度はヒルの口調がヨルの意識を乱す。人格が消えても魂は死なない。アサとヒルの魂は今もヨルと同じ体の中に存在している。

 ヨルは体という器を支配しただけであって、ヴァクトという人間を支配した訳ではなかった。


「くそ……うるさい、黙れ!!」


 それでもヨルは魔力の放出を止めない。物理的な力と魔力を受けた祭壇はガタガタと音を立てて不安定に振動し始める。

 やがてヨルの手の平から根付くようにして台の上に亀裂が生えていく。祭壇が破壊されるのも時間の問題だった。

 祭壇と別人格の声に気を取られていたヨルは、壇下に近付いてきた人の気配に気付かなかった。


「ヨル様!!」


 ランナの凛とした声が神殿に響き渡る。階段の下ではランナを真ん中にして、モニカ、ポーラの三人の王妃が並んで立っている。

 その後方には、王妃たちの背中を守るようにして軍服のカレンが控えている。その腰には二本の長剣を帯びている。


「貴様ら……何しに来た……」


 未だに腕を動かせないヨルは顔だけを壇下に向けて王妃たちを睨みつける。その歪んだ表情が示すのは怒りではなく苦悶。

 ヨルの赤い悪魔の瞳がモニカの姿を捉えると苦悶の表情が和らいでいく。同時にヨルの黒髪が薄れて銀色へと変色し始める。

 その銀髪を目に映したモニカが一歩前に足を踏み出す。


「アサ様……!」


 ランナは片手を優しく添えてモニカの背中を押す。愛する人の元へと送り出すために。


「モニカ様、行ってください」


 モニカは振り返らずに歩き出す。白いドレスのスカートの裾を両手で持ち上げると、祭壇へと続く階段を一歩一歩、強く踏みしめながら上っていく。

 その視線は真っ直ぐに壇上のヨル……いや、アサだけを見据えている。

 モニカの手が届くほどに近付いた時には、祭壇の前のヨルだった男は完全にアサの姿に変わっていた。


「アサ様……」


 モニカが碧眼に涙を溢れさせながら両手を伸ばしてアサの頬を包む。アサは愛しそうにモニカの手に触れながら微笑む。


「モニカさん。最後にお別れを言えて良かったです」


 アサの人格が完全に蘇った訳ではない。僅かに残ったアサの人格の残留思念であり、これが最後の時であった。

 モニカの瞳から次々と零れ落ちる涙の雫を、アサの指先が優しく拭っていく。


「モニカさん、愛しています。あなたは僕の誇りです。最強の聖女で最愛の妃です」

「……私は……アサ様のおかげで、愛のおかげで……弱かった私は、ここまで……」


 モニカの声は涙で掠れて言葉にならない。モニカの愛も最初から変わっていない。その証に、呪いが解けた今でも白銀の指輪が薬指で輝いている。


「泣かないでください。モニカさんは強いはずです。もう一人でも大丈夫ですよね?」


 モニカは唇を噛み締めて首を横に振る。飛び散った涙がアサの頬に触れるほどに二人の距離は近付いていく。

 唇が触れ合う直前、アサは最後に最大の愛を言葉で伝える。


「幸せでした。永遠に愛しています、モニカ」


 初めてアサがモニカの名を呼び捨てで呼んだ時、最大の愛を受け取ったモニカの中で最大の聖力が生まれ弾ける。

 レッドリア最弱の聖女であったモニカは、今この瞬間に最強の聖女としての能力を得た。


(アサ様が目覚めさせてくださった私の能力……これは、アサ様をお救いするための力)


 アサと結婚してから得た治癒の能力。そして今、愛によって目覚めた新たな能力は、古来より『最強の聖女』のみに宿る伝説の力。

 聖女の能力は殺し合いに使うものではない。救うためにあるのだと、モニカは自分の中に生まれた力を胸に抱きしめる。

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