フォリアの勇気
魔物の群れを全滅させた、「無属性」の龍を操る(とされている)謎の龍力者。
フォリアは、その龍力者を見たと言う。
その衝撃の事実に、バージルの思考が止まる。
「え……?」
見た?今、見たと言ったか?
別の意味で、心臓の鼓動が速くなっていく。
バージルの反応は当然だ。それを予測していたのだろう。フォリア目を反らし、唇を噛む。
「……ごめん。ずっと隠してた」
彼女は頭を下げる。
銀色の髪が重力で下に流れた。
「ちょ、え?」
どうやら、聞き間違いではないらしい。
彼女の頭を呆然と眺めながら、当時のことを思い出すバージル。
「…………」
あの時は、フォリアが一番に目覚めた。そして、その時には、魔物がすべて倒されていた。
安全が確保されたことで、自分たちを雪の下から引き上げることができたと聞いている。
「……ホントは、違うんだ。ぜんぶ、ぜんぶアイツがやったんだ」
「あいつ……?」
「うん……」
フォリアは全てを話した。
雪崩に襲われたが、水のベールの詠唱が間に合い、何とか身を守ったこと。
魔物の群れの中心から何とか脱出し、魔物を数体だが倒せたこと。
しかし、そこで力を使い果たし、剣も飛ばされ、死を覚悟したこと。
「その時だよ。そいつが現れたのは」
前髪一部だけ垂らし、あとはバックに流している男。
額には鉢巻。年齢は若いと思うが、団長より少し上くらい。
(当時の)服装は厚手のコート。(本名かは不明だが)名前は、レユーズ。
その男の騎士団を嫌悪してそうな態度や、出てきた言葉「これ以上関わらねぇ方が身のため」や「ここで見聞きしたことは忘れろ。知らない方が幸せなこともある」などが気になっていたこと。
そして、全てを忘れることを条件に、雪の中から皆を助け出してもらえたこと。
これらの事情から、フォリアは黙っていた。
「……ごめん。みんなの命の恩人だし、彼の意思を尊重したって言うか……約束もしちゃったし……いや、言い訳だよね」
「そう、だったのか……」
頭が追い付かない。ただ、力を使った瞬間は見ていない様子。
が、何にしても、フォリアは間違いなくその龍力者を見たのだ。
「速報を見て、居ても立っても居られなくて……」
「それで、会いに?」
強力な龍力者と団員が戦闘になり、重症となった。
その団員は、王都勤務の男性団員。
さすがに被害者の個人情報は伏せてあったが、フォリアの嫌な予感は的中していた。
戦闘を行ったのは、リゼルとレイラ。
敵の目的がレイラ殺しでなかったため、王を失うようなことにはならなかったが、騎士団の非力さが表立った一件だ。
レユーズとヒューズ、そして、フリアと名乗る男の関係性は、フォリアにも分からない。
だが、超強力な龍力者と言われ、真っ先に思い付く名前が、レユーズだった。
だから、約束があるとはいえ、これ以上秘密にしておくのは、国にとっても、騎士団にとっても不利だと考えた。
伝えはしたものの、公表したところで騎士団は大きく動けないだろう。だが、王都勤務の人間に共有しておく意味はあるはずだ。
「うん。でも、みんなに話す勇気はなくて……」
「いや、良いんだ。話してくれてありがとう」
魔物の凶暴化の状況下で動いた強力な龍力者。
十中八九、四聖龍だ。それも、『変わった後』の四聖龍。
以前の四聖龍の座を奪ったとされる、危険な男。
レイラの言うように、騎士団は四聖龍を特別視するべきではない時期に来ているのかもしれない。
「顔は覚えてるか?」
一応携帯していた筆記用具を出そうとするバージル。しかし、フォリアの反応はイマイチだった。
「……うん。今思えば、かなりの悪顔だったと思う。絵は、ゴメン。悪顔ってことしか……」
「そうか……」
「……うん」
当時は、助けてもらったことや、気が動転していたことも相まって、レユーズの顔をじっくり見ている暇はなかった。
だが、会話の中で時折感じるの刺々しさはあった。騎士団に嫌悪感を抱いていそうな節もあった。あの時、正直に話さなくて正解だったのかもしれない。
「……それで、みんなに言うの?」
「ッ……!」
フォリアの情報は貴重だ。が、これを大っぴらにするのはリスクが高い。
しかし、ここだけの話にするには事が大きい。
「……悪い。正直、判断がつかない」
「そう、だよね……もし、もし言うなら、あの人に感づかれないようにお願い……アタシはこれが限界みたい」
ホントは隠し事はしたくなかった、と力なく言うフォリア。
レユーズは、北の四聖龍の席を奪った可能性が高い。情報が洩れ、自分が調査されていると知れば、フォリアを消すために動く可能性が高い。
「分かってる……ありがとう」
あの時、フリアのボスである可能性が高い人物があの場にいた。
そして、騎士団員である自分たちを助けた。しかし、関わらないように釘を刺している。
もしその男がバージルが想像している相手なら、騎士団員と関わりをもちたくないのも分かる。
「少し疲れた。そろそろ戻るよ……」
コーヒーを飲み干し、フォリアは席を立つ。
空のコーヒーカップの横には、数枚のコインが置かれている。
「おい、一人で平気か?泊まる場所は?」
「平気。今は『一般人』として滞在したいんだ。一人で大丈夫」
回答は避けられた気がしたが、彼女も気力的に限界だろう。
バージルも深くは聞かない。
「あぁ、お休み。気を付けて、な」
「うん。みんなのこと、ヨロシク……」
軽い挨拶を交わし、二人は別れた。
今夜得た情報は慎重に扱わなければ。
そうでないと、フォリアは騎士団を追われるかもしれない。
まだ、レユーズに感づかれ、彼女が消されるかもしれない。
バージルは一人、調査を進めようと決心するのだった。




