旅人
フォリアと会った夜から数日経過した夕刻。
騎士団内の図書室に、目を回しているバージルの姿があった。
「し、しぬ……」
フォリアの話では、レユーズは団内のことをよく知っている感じだった。
だから、元団員ではないか。それも、重要なポジションの。と予測し、割と簡単に見ることができる、紙の住所録を捲っていたのだ。
当然、龍力を応用して作られた通信珠を使えばすぐに結果が分かる。しかし、紙に比べると面倒で、通信している関係で、誰がどの名前を検索したか、記録が残る。これは、非常に都合が悪い。
そもそも、騎士団新人のバージルが騎士団名簿を見るのですら、ハードルが高い。だから、基本紙ベースの名簿と日々格闘していた。
(住所録と、テキトーに選んだ本……流石にワンパターンだな……)
毎日住所録だけを広げるのは、流石に怪しい。よって、ダミーで普通の本も周囲に積んでいた。
が、あまりにも長いし過ぎている。カモフラージュも限界だ。図書室の管理人の視線が気になってきた。
(クッソ……しばらくヤメとくか……?)
時間がかかっているのには、いくつか理由がある。
この住所録、何となく「あいうえお」順にはなっているが、何となくなのだ。
彼のように、やましい理由が無ければ、普通にリンクスフィアを使う。
最新技術アレルギーがある団員しか、紙の住所録を開かない。で、全員が全員、あった場所に戻してくれる訳もなく、前後・ワープしているのはザラだ。
しかも、退団しても数年は残したままにしているらしく、在籍している団員よりもかなり多い。よって、余計に分厚いのだ。が、今回に限っては都合がいい。元団員も拾うことができるから。
当然、「レユーズ」で登録している団員はいない。
また、「フリア」「ヒューズ」も同様である。
その前後でも名簿を捲ってみるが、それっぽいのは載っていない。
こうしてみると、レユーズもヒューズも似ている名前なのが気になる。
そして、フリアの名前も、妙に耳に残る。ここ数日、調べに調べまくっているために、夢にまで出てくる始末。その影響が出ているのかもしれない。
(……フリア、ヒューズは確実に部外者だな)
調べてみて分かったが、少なくともフリアとヒューズは、確実に団員ではない。
レイラやリゼルが意識していなかったからではなく、正真正銘。
名簿から消された後かもと思ったが、名簿の経年劣化から見ても、それはない。
もっと高齢の団員が残っているくらいだ。年齢から見て、あり得ない話だ。
一番怪しいのは、レユーズだが、これも分からない。
直接会ったわけではないが、話の流れから見て、フリアとヒューズは本名である可能性が高い。
しかし、レユーズは99.9%偽名だ。
まぁ、フリアとヒューズが(元含め)団員でないことが分かったし、一定の成果とするか……?
もっと調べようにも、当てずっぽうレベルが桁違いとなる。
(もう切り上げるか?でも……)
調査を始めて数日。そろそろ、レイズたちに嘘をつくのも厳しくなってきた。
最近寝る時間も十分に取れていない。
任務中もミスすることが増えてきた。肉体的にも精神的にも、これ以上は無理だ。
(いや、実際やべぇ。ここまで、か……)
管理人の、刺すような視線が痛い。
誰にも頼れないため、交代もできない。だから、顔と名前を覚えられてしまった。
バージルは逃げるように退散する。
翌日、特に用事もなかったバージルは、あの公園に来ていた。
昼間で、天気は晴れ。過ごしやすい気温で、眠ってしまいそうな心地よさだ。
数日前までは規制線が張られていたが、もう解除されている。しかし、先日の戦闘が影響しているのか、遊びに来ている人は少なかった。
買ってきた飲み物を片手に、少しその辺を歩く。
何の気なしに来てみただけだが、ふと気になる人を見つけた。
(あれは……?)
グレーの上着、黒色のパンツ姿の金髪の男。マスクで顔はよく分からない。ただ、男の自分が見ても、男前だと分かる顔立ちだった。マスクを外せば、分からないが。
長髪ではないが、目が見隠れする程度の長めの髪だ。武器は持っているようには見えない。
普段なら気にも留めないが、雰囲気が変だった。言葉ではうまく言えないが、勘だ。
その男は、戦闘が起きたであろう場所を呆然と見つめている。
「…………」
バージルは、黙って近づいてみる。
なるべく、普通に。近くのベンチに座る感じで。と、男が自分に気付く。
心臓の鼓動が早くなる。
しかし、なるべく平然を装いながら、ベンチに座る。
その男は、明らかに自分を意識している。視線こそ男と合わせていなかったが、見られているのが分かる。
「数日前、ここでちょっと戦いがあったんだ」
別に喋るつもりはなかった。が、口が勝手に動いていた。
調査に行き詰っていたこと、そこからの疲労、その矢先の、戦場に興味をもつ男の登場。
気の緩みか、藁にも縋る思いか。
「……そうなのか。それで、ここだけ新しいのか」
「新しい?あ……」
戦闘で破損があったのか、ベンチが交換されていた。
龍力で抉れたであろう地面も、修復が終わっている。よく見れば、土の色が少し違う。
全く気がつかなかった。
(完ッ全に動揺してんな)
バージルは持ってきた飲み物を開け、一口飲んだ。落ち着け。男から、嫌な気配は感じない。
なんでこの場にいて、興味を示しているのか聞いていいものだろうか。
男の疑問を解消した後も、その男は立ち去らなかった。二度とない機会だと思い、バージルは続ける。
「あんた、は……?」
「ただの旅人だ。戦いがあったと聞いて、な……」
「旅の人……?」
それにしては、荷物も何もない。宿に置いているのだろうか。
探ってみても良いが、初対面で聞きづらい。
「なぁ、旅の途中でさ、北の方で何か……聞かなかった?すっげぇ強い龍力者がいるらしいんだけど……」
男の眉毛が少し上がる。
「君、は?」
「き……バージルだ。騎士団を目指してる」
騎士団員だと言えば、何かと警戒されるかもしれないと思い、咄嗟に嘘をついた。私服で来ていて正解だった。
「騎士団志望……か」
男は視線を移した。この場所からは見えないが、視線の先には騎士団本部がある。
旅の人間が、なぜ離れた本部の方向が分かるのか。ちょっとのことでも聞いてみたくなるが、言いがかりっぽくなる。
「なぜ、その男を?」
バージルは目を見開く。自分は、「強い龍力者」と言っただけで、性別は言っていない。
だが、落ち着け。ここで冷静を失えば、怪しまれる。
(レユーズかは分かんねぇ。けど、男なんだな。そんで、レユーズも、男……)
都合のいい解釈かも知れない。が、かなり有力情報である。
これで、女性団員を見る必要がなくなった。
「……ソイツに知り合いが助けられて、さ。名前が分からなくて。お礼が言いたいんだ。」
「そうか。だが、俺には分からないな」
半分はウソで、半分はホント。嘘をつくときは、本当のことを交えながら言うのがバレにくい。
男は上着のポケットに手を突っ込んだ。今にも去ってしまいそうだ。
「そっか……だったら…「静かに」
何か言おうとしたバーバルを遮り、男はポケットから小さな紙を取り出した。
そして、何かを書いた後、バーバルに渡してきた。
「騎士団、頑張ってくれ」
目が隠れるほどの長い前髪の隙間から、青い瞳が見える。綺麗な目をしている。
顔も美形で、非常に持てそうなご尊顔だ。
このメモは、入団試験のアドバイスだろうか。
本当は自分には必要ないのだが、一応礼を言っておく。
「あ……うん。ありがとう……」
バージルはその紙に目を落とす。メモ用紙が折られている。
目を上げると、男の姿は影も形もなくなっていた。
(消えた……?)
足音もなく?ただの旅人ではなさそう。
不思議な時間だったな。
「ふーーーー……」
大きく息をつき、もたれかかるバージル。呼吸を整え、貰ったメモ用紙に視線を落とした。
一応、誰にも見られぬよう手で死角を作りながら、ゆっくり紙を広げてみる。そこには、こう記されていた。
『レイ=シャルトゥ』




