レイラ
翌日。
豪華な朝食バイキングを堪能した後、レイズとバージルは騎士団本部に向かった。
朝から人は多く、想像以上に時間がかかってしまい、時刻ギリギリの到着だ。
騎士団本部に近付くにつれ、志願者であろう、戦闘に覚えのありそうな者の数が明らかに多くなっていた。
この中のほどんどが、龍力者。そう考えると、レイズは気分が悪くなってきた。
(雑魚は、俺だけか……?)
全員が全員リゼルのような持っていないとは思いたいが、自分が一番弱い気がしてならない。
そんな彼の変化を感じてか、バージルは背中を叩く。
「心配すんな。見込みがねぇなら、アーロンさんも何も言わなかったはずだ」
「……あぁ。だな」
レイズにとって、騎士団試験の合否などどうでもよかったはず。だが、彼は通りたいと思うようになっていた。思い出すのは、先日の猪戦。
(逃げるのが正解だったのか?いや、でも……)
結果論。自分たちが加勢したために、選ばなかった未来を見ることはできない。
だが、一人では危険だと本気で思った。ルールを知った後でも、あの場に一人にするのはあまりにも人の心がないと思う。
自分のせいで罰せられてしまう騎士団の彼に報いるためにも、合格し、規則を見直させてやる。
さて、今から手続だ、と顔と名前を確認された瞬間だ。
「君はこっちだ」
「!?」
レイズとバージルは分断された。
バージルは試験会場に案内されたが、レイズは別の団員に連れていかれてしまう。
「……!?」
バージルと言葉を交わす暇もなく、騎士団の馬車に乗せられてしまうレイズ。
(何で!?どこに行くんだよ……!?)
同席した団員は、何も教えてくれない。
服装から見ても、地位のある者のようだが。
程なくして、馬車は動き出す。
……不安に駆られるレイズを乗せて。
馬車の移動先は、レイグランズ城だった。
同席していた団員に連れられ、魚のフンのように付いて回るレイズ。
城の内装も、超豪華だ。爪痕は外壁と屋上だけらしく、低フロアは王族の世界であった。
「……こちらでお待ちください」
「!……はい」
案内されたのは、王と謁見をするっぽい場所。
自分がなぜここに来たのか?試験はどうなるのか?一切を教えてもらえず、ただただ困惑している。
レイグランズ城の謁見室(多分)。
天井が高く、大きな窓からは日の光が降り注ぐ。赤と黄金のカーテンが垂れており、豪華さを一層引き立てる。
奥には数段上がったところに。豪華なイスが一脚置かれていた。多分、王が座るイスだ。
そんな空間に、自分一人。
拘束具こそないが、ミナーリンの時よりも居心地が悪い。
緊張感が段違いである。
(どうなるんだ……俺……)
心の中で何度も繰り返した。
身体は自由にされているということは、大丈夫なのか?とか、雑魚だから、逆に自由にしても脅威とはならないだけ?とか、変に考えが巡ってしまう。
時間は数分しか経過していないが、体感数十分にも感じる間。
立っているのもしんどくなってきたぞ、としゃがもうか考えていた時だ。
奥の扉が開き、純白のドレスを着た女性(レイズと年は近い)が入ってきた。
「!」
美しいストレートの金髪、肩の下くらいまで伸びている。
大きな目に、ブルーの瞳。綺麗な肌。長いまつげ。
全てがハイクオリティだ。
グリージと言う田舎には存在しない、美しい女性がいた。
(……まじか)
言われなくても分かる。この場所と、彼女の雰囲気。
彼女が、レイラ。この国の女王だ。
(どういう状況だよ……!?)
どうしていいか分からず、女性をチラ見しながらもじもじしていると、後から入ってきたメイドにイスを二脚用意された。
最初から用意しとけと思いながらも、レイズはそこに着く。
レイズが座ったことを確認して、レイラも座る。それも、今用意された、自分のすぐ前にあるイスに。なぜ二脚用意したのかが分からなかったが、まさか彼女用だとは。
(ちっけ……)
それなりの距離で、階段を挟むようにして会話すると思っていたため、それにも驚いた。
一方がが手を伸ばせば触れられる距離だ。
何もする気がないが、これがテロリストだったらどうるのだろうか。
「…………」
もう目を背けれる距離でもない。変に思われない程度に、レイズは彼女を視界に入れる。
近くで見ると、美しさがよく分かる。同じ人間なのか?と思うレベル。
非常に恥ずかしく、長時間目を合わせることができない。
「初めまして。レイラです」
「あっ……レイズだ、です。その……あんたが……女王サマですか?」
慣れない敬語。
村で丁寧な言葉を使うことがなく、非常に喋りにくい。
「そうです。形式上ですが」
イエスと言いつつも、悲しげに答える。
というか、声も綺麗かよ。
「形式上?」
「……国民の皆さんは、私を王とは認めていません」
「……そういうことか。いや、そういうことですか」
あの日以来、グランズは行方不明だ。
形式上、王と言う位置にいるが、それは認められたからではなく、上のイスが空いたから。
胸を張って「この国の責任者です」とは言えないのが現状だ。
「で、俺は騎士団の試験に来たんですけど……何でですか?」
「普段の口調で大丈夫ですよ?」
「~~~~~!!」
クス、と笑われ、レイズは顔が真っ赤になる。
笑顔も可愛い。違う、そうじゃない。
「え、でもあんた……あなたは……」
「私は染み付いていますから……」
「そ、そうで、か……?にしても、やりにくいです……いや、やりにくいな……」
タメ口オーケーと言われても、このオーラに気圧される。
本人がオーケーでも、裏に控えていそうな騎士団員がどう思うかは別の話なのだが。
「……じゃあ、なるべく、で。その、騎士団の試験は……」
「えぇ。話は聞いています。直接話がしたくて、無理にお願いしました」
「……話?まぁ、いいです、いいけど……」
あの日のことだろうか。それならば、穏やかに話せる自信はない。
かと言って、怒鳴り散らす気もないが。
「なぜ、騎士団を目指すのですか?」
そうきたか。まさか、女王サマが面接官とは。
面接はまだだと高を括っていたため、回答が用意できていない。
目をそらし、うつむき、必死に頭を回すが、綺麗な言葉が出てこない。
「まぁ、……その、きっかけがあって、です……」
「その……失礼ですが、あの日の被害者、ですよね」
「!」
レイズは顔を上げる。
彼女の表情は、申し訳なさそうではあるものの、どこか勇気を振り絞ったかのようにも見えた。
「そうです。俺はあの日、炎の龍に入り込まれた」
「ッ!!」
「親しい人、育てた作物をを無意識に、無差別に攻撃した。その後、隔離もされた。村にいられなくなると思った。実際、村にはいられなかったわけだけど」
周りの目が、そうさせた。とレイズは話を結ぶ。
実際の村人の心境は分からない。だが、自分を怖がっている人が多かったのは肌で感じていた。
段々と口調が激しくなっていったが、止められなかった。
「大変……申し訳ございません……」
拳を強く握り、震える声で謝罪するレイラ。
「……あ、いや、俺は……」
キツくしゃべりすぎたか、と焦ったが、それ以上何も言えなかった。
「あなた方は、王家を恨んでいるはず……なぜ、騎士団へ入ろうと?」
涙を浮かべ、強く、疑問符を浮かべるレイラ。
聞いていた話では、各地で騎士団入団者を募り、受け入れているはずだが。
「今はいないけど、バージルが、な。騎士団にいれば真実が分かるかもってさ」
「真……実……?」
「黒幕がいるとか、いないとか?」
「良かった……伝わっている人がいて……」
そこでレイラは大きく息をつき、安堵したように言う。
「そのような報道はしました。ですが、信じていない人しかいませんでした。これだけの大混乱です。保身のための情報だと思われても仕方ありません」
「えっと……?」
「募集は常にしています。一定数の応募があるのはありがたいと思います。しかし、以前ほどの志願者はいらっしゃいません。それに加え、あの日の被害者の方は……」
「なるほど……」
つまり、大量に募集はしていても、来る人がいない、と言うわけだ。
それなりに会場には人がいたように思うが、それでも足りていないらしい。
あのような事態を引き起こしたとされる王家。一定数の応募はあるらしいが、復興のことを考えると、もっと人は欲しいのだろう。
(俺は雑魚だ。けど、エラーっつうレアケース、か……)
エラー龍力者の自発的応募は珍しい、というわけか。
実際、村のエラー龍力者は龍力が引き出せず、一般人と変わらなかった。
龍魂が宿っているからと言って、自在に龍力が使えることにはならない。
正規の手順を踏んでいないため、教育も不十分だ。
「国としても、全員支援したい気持ちはあります。しかし、現実的ではありません。ですので、龍力が扱える肩を優先して話をしているのですが……」
「そう、だよな。人も時間もいるし……」
バージルと一対一でも、まだまだ先は長いと考えている。
国中のエラー龍力者を支援するのは、現実的ではない。優先順位が設けられてしまうのは、レイズにも理解できる。
「……はい。この説得の上で騎士団に来られる方は、稀にいらっしゃいます。ただ、それでもイヤイヤと言いますか……あなたが初めての自発的な希望者だったので……直接話を聞きたかったのです」
「そう、か。でも、直接って……しかも一対一は危なくないのか?」
「推薦状もありました。アーロンから話も聞いています。騎士団の規定の件についても。それらを加味し、危害を加えられる危険性は少ないと判断しました」
「……そりゃどーも」
騎士団の在り方についても、変わることが期待できそうだ。
彼女は勘違いしていたが、自分が言った「きっかけ」は、こっちだ。
『グランズの崩壊』の件に関しては、騎士団とは無関係だったのだが。
まぁ、話が上手く進んだみたいだし、黙っておくか。
「合格のハンコは私が押しておきます。では、後日」
「ども」
一礼して、レイラは謁見室を後にした。
レイズも軽く頭を下げる。
「……あれ?後日?また会うのか?」
一人残されたレイズは、純粋な疑問を口にする。
しかし、部屋には自分一人しかいない。終わった感じだが、勝手に帰っていいのか。
ソワソワしていると、イスを運んできたメイドが入ってきて、戻り方を教えてくれた。
そうして、レイズは帰路につくのだった。