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転生して…… そして末永く幸せに暮らしましたとさ。

これにて完結です。


「娘が怯えておりますので、今日は屋敷へ戻らせて頂きます。」


 確固たる口調のダリに、周囲は誰も否やを言えなかった様だ。私は終始、ダリに頭を押さえられていて、周囲の様子を見ることが叶わなかった。

 もしかしたら、私の顔を隠していてくれたのかもしれない。


 馬車に乗り込み、二人だけになるも、ダリはずっと私を抱き上げたままだった。なぜ?と思ったけれど、相変わらず優しく頭を抱えられていて、私はダリの肩口に顔を押さえつけている事しかできない。

 それに、疑問に思ったけれども声が出る気がしなかった。


 お屋敷につくと、みなさんが息をのむ気配を感じた。

 ダリはどんな顔で帰ってきたというのだろう。

 黙って屋敷へと歩を進め、そろりと手が緩められたので、私はゆっくりと顔をダリから離し、周りを見た。

 ランプの明かり1つ点っていない暗い部屋だけど、月明かりだけですぐにどこかわかった。居間である。


 ダリはソファーに座り、私を膝にのせる形で抱き上げている。

 見上げた顔は無表情のままで、きれいな瞳が少しだけ揺れていた。


「ダリ…」

「……」


 名前を呼ぶも、声は返らない。

 それもそのはずで、よく見れば、ダリは唇を噛み締めているではないか。


「ダリ、強く噛んだら血が出てしまうわ。」


 手を伸ばすと、その手にダリが優しく触れてくる。


「怖い思いを、させた。」


 ダリの頬が、私の手に寄せられる。すり寄る猫のような動作に、胸の中にじんわりとなにかが広がる。

 ダリの手はひんやりと冷たくなっていて、心配させたのだと、とたん理解した。


「私も、心配かけて…」

「タータのせいじゃない。」


 左頬に、ひんやりとした感触がし、髪をすきながら柔らかく撫でられた。それは酷く甘い物で、私は一瞬動揺した。けれど、それでも、ダリの手はどこまでもどこまでも優しいもので、胸に温かさと安堵が込み上げた。


「ありがとう。来てくれて、嬉し…」


 最後まで言葉を紡げないまま、私はボロボロと涙をこぼす。大粒の涙は後から後から溢れて止まらない。

 ダリはそれを無理に止めようとはせず、私が泣くのをじっと見守ってくれた。

 怖かった。とても、怖かった。

 途切れ途切れにそう呟く私の声に、優しい声が何度も何度も相づちを打ってくれる。

 その度に、またこの人が、私を助けてくれたのだと、その事が強く心に響く。


 しばらく泣き続けた後、涙が止まると、ダリは自分の胸ポケットからハンカチを出したが、なぜかそれを一度ソファーへ置き、首元のブローチを外し、スカーフで柔らかく涙をぬぐってくれた。

 私は黙ってそれを見ていた。

 そして、またダリは私の頬を大きな手で覆った。


「君が、無事で良かった。本当に、良かった。」


 優しい冷えた手。

 その温度が、彼の恐怖を私に伝える。

 あぁ、私…


「私も……助かって良かった。私、もしそういう事をするのなら、ダリが良い。」

「は?」


 先程までの顔はどこへやら、ダリは目を見開いて私を見下ろす。

 それがおかしくて、笑った後、私の頬を包んでいるダリの手に自分の手を重ねて、頬をすり寄せる。


「今回の事で良くわかったの。私、ずっとダリが好きなの。」


 まっすぐ見上げたダリは、とてもうろたえて、視線をあちこちに泳がせるが、優しい手は離れることなく私を包み込んでくれている。


「俺、もう31だよ。」

「4年ってあっという間ね。」

「君から見ればずいぶんおじさんだよ。」

「15才くらい、良いと思うわ。」

「えーっと」

「ダリ?もっと重大な言葉が今は必要だと思うのだけれど?」

「うぐ…」

「あのね、ダリが嫌なら、この話はおしまいなのよ。だから、ちゃんと言って。こんな子供じゃ嫌ならそう言って。15才も年下じゃガキだって。さっきデビューしたばかりの16歳で、12歳から知ってるのだから、ただの娘にしか見えないって。」

「よくもまあ、そこまで出る。」

「だってそうではないの?私からしたら、ダリは出会った時から大人だったわ。」

「俺が出会った子は、確かに小さな少女だったけど、どこまでも大人だったよ。必死に兄弟を守ろうとあの家の中で立ち回っていた。誰よりも大人の顔をしていた。」


 困ったように笑いながら、ダリはまっすぐに私の目を見てくれる。


「人前で泣くことのできない君が、俺の前で泣いてくれたのが、俺は嬉しかったんだ。ずっと、君を大事にしていこうって思った。」


 私はぱちぱちと瞬く。ダリの前で泣いたのは、ずいぶんと前の事だった。


「君はあの時、怖かったと話してくれたね。今も、俺だけに涙を見せてくれる。15才も年下の子だ。それこそ、君に気持ち悪いと言われても仕方ないのにな。」

「ダリ…」

「わかってる。ちゃんと、白状する。俺は、タータが好きだよ。誰にも触れられたくないし、見せたくない。ずっと閉じ込めて大事にして俺だけの女性でいて欲しいんだ。」


 思っていた以上に熱烈で過激な言葉が飛び出る唇を、私は信じられない気持ちで見つめた。


「私、デビューしたし、成人したわ。」

「そうだね。」

「だからね、外に出るなって言われても出るわ。」

「清々しいほどにバッサリ切るな。」

「事業も興すし、孤児院にも行くわ。」

「引き留めても振り払っていきそうだな。」

「でもね、毎朝毎晩一緒にご飯を食べる相手は貴方がいいわ。涙をぬぐってもらうのも、頭を撫でてもらうのも、こうして…優しく触れてもらうのも。」


 ぎゅっと手を握りしめて微笑み、見上げると、 ほんと、君には参るよ。 と、複雑な顔で私を見下ろす。


「15才も年下に、俺はずいぶんと振り回されているよ。」


 ゆっくりと顔が近づき、こつりと額がくっつく。


「そうなの?」


 互いの前髪がサラサラと擦れ、額をくすぐる感触が心地よい。


「そうだよ。」


 額から、声の振動が伝わって、胸がくすぐられる様だ。


「ダリでもドキドキするの?」


 ちょっとした好奇心で口にしただけで答えは期待してなかったのだけど。


「当たり前だろう。」


 ぶっきらぼうさがかわいくて、私は笑った。


 ダリに助けられて、私は幸せだ。

 一緒に暮らして、平和な日々では大きな事は何もなかったけど、その中でずっと私たちは小さな恋を育てていたみたい。


「ダリ、私をお嫁さんにしてください。」

「だから、君は…そういうことは…俺が、言うものだから。」

「いいじゃない。ダリを待ってたら、先にダリが死んでしまうわ。」

「そんなことは…無い。」

「あるわ。」

「ない。」

「あーるー」

「タータ、もう黙れ。」

「へ?」


 急な言葉に、私は反応が遅れた。

 すぐそばにあった顔は、あっという間に隙間を埋めて、ぴったりと寄り添う。

 初めての感触を思い出す前に、私の様子を数秒伺ったダリがもう一度、優しく触れて、今度こそ離れた。

 心臓が一気に鼓動を早めて、顔がかっと熱くなる。

 両頬にあった手もいつの間にか離れていて、ぎゅっと、私の両肩を抱き締め、その胸に抱き込まれる。


 温かさと鼓動が伝わる。

 酷い雨の日、私を救ってくれた力強い腕。

 私はその背に、自分の腕を回した。





 その後の二人はと言えば――


 二人の結婚報告に、一番喜んだのは何と言っても、ダリの親戚一同であった。

 若くして家を継ぎ、両親はもうなく、結婚もせず、このままどうする気なのかと、ずっとやきもきしていたのだと、おば様方が何度も何度もタータに話してくれた。

 まさか、養女が嫁になるとは一門の誰も予想しなかったことだったが、転生者であることは知られており、新しい事業の窓口に是非なりたいと思っていたので万々歳であったらしい。



 一方、兄弟としての籍は抜けても未だに仲の良いタータの兄と弟はといえば…とても複雑な心境だった。

 タータを助けてくれたのは感謝しているし、養女になったのは王家の意向で否やはなかった。

 だというのに、養父だったはずの相手と結婚である。

 タータの兄は、第一報の手紙を読んで膝から崩れ落ちた。それを見ていた後見人と弟は、手紙の内容を見、肩を叩いた。


「私が不甲斐ないばかりに…」

「兄上、これもまた廻り合いですよ。」

「半分は、陛下の罠でしょう。」

「候…何か…ご存じで?」


 恐る恐る顔をあげる兄に、後見人は少し目をそらしながらも語った。


「救われた転生者の方と、直接救出に関わった者が結婚する比率は、比較的高いのです。」

「陛下の…罠…」

「コーウェル様は…陛下の信厚きご仁ですが、色の話を聞かない方でいらっしゃいましたので…」


 タータの兄は、またがっくりと地面に項垂れた。


「まぁまぁ、仕組まれた運命でも、姉上が幸せになられて良かったじゃないですか。」


 タータの弟だけが満面の笑みでその手紙を手に持った。


「姉上が泣くことがあれば、きちんと思い知らせれば良いだけの事ですよ。兄上」


 手紙は、まるで仇か何かのようにくしゃりっと握りつぶされた。



 そして、王家の方々はといえば。

 タータとダリが揃って王城へ向かうとひっそりと陛下からのお呼び出しがすぐにかかった。

 向かった部屋は、正式な謁見の間ではないのだとダリはタータに語った。

 ダリはタータに一切語ることはないが、国の裏側の仕事を行う部署の中間管理職であるため、陛下と会うのはいつも秘密の場所なのである。

 部屋にはいれば、陛下はニヤニヤとダリに笑いながら


「結婚、決めたらしいな?」


 と、言ってきた。ダリは心底嫌そうに顔をしかめつつ


「えぇ、まあ。」


 と、なんとも酷い返答である。

 タータは少し驚いたが、さても、陛下にはご報告しなくてはいけないのだからと、ダリの事は一旦置いておくことにし、きれいにスカートをつまみ上げ、微笑んだ。


「陛下のお陰でこうして私共は縁を結ぶことができました。心より、感謝申し上げます。」


 深々と頭を下げ、笑うタータをしげしげと眺めてから陛下は破顔した。


「私としても、タータ嬢には感謝しているのだ。この男は仕事はできてもちっとも家庭を持つ気が無く難儀していた。それに、そなたの作品は素晴らしいからな。間近でその活躍を見守り続けられるのは、王家としても喜ばしい。」

「おそれ多いことでございます。」

「今までは家になるべく居られるようしていたが、本来であれば外出の多い部署だ。寂しいおもいもさせるだろうが、この男の帰る場所になってやって欲しい。」

「陛下…」

「ご命令、慎んでおうけいたしますわ。」


 陛下とタータは冗談めかして笑いあい、謁見はお開きとなった。


「また妃にも会いに来てやってくれ。あれは君の作品に大分熱をあげていてな。」

「はい。必ず参ります。」



 元家庭教師であり、刺繍等の生徒となったご婦人方は、タータとダリの年の差カップルを、熱烈に応援してくれた。

 その内の一人は、貴族の子女の間で流行っている恋物語が大好きで、 是非二人の事を物語に書きおこさせたいわ。 と、夢見るようにタータへ申し出た。

 けれど、国の機密に関する話を外に漏らすわけにも行かないと、タータは悩んだ末、ダリを通して王家にお伺いをたててみた。

 すると、そのご婦人とも仲の良い王妃様が熱烈に二人の恋物語に食いつき、あれよあれよという間に、二人の恋物語は巷へと売り出されてしまうこととなった。


 その際、何ともたくましい事に、パッチワークで作った小さなしおりをセット売りさせ、タータは自分の作品も一緒に若い子女へと売り込んだ。


 二人の恋物語は、家に閉じ込められていた転生者の少女と、たまたまその家に訪れていた青年が恋に落ち、不遇の少女を救い出す所から始まる運命のラブストーリーとして仕上がっていた。

 苦境にあっても上を向く健気な少女と、彼女の保護者として苦悩する青年の甘く切ない年の差を越え実る恋は、広い層に広がり、なぜか、タータが奉仕活動として訪れている孤児院でも流行っていた。

 誰かがここに寄付したのだと、興奮気味の院長先生が教えてくれたときには、タータはただただ苦笑するしかなかった。

 けれど、そのお陰で少女達は熱心に針仕事を習ってくれた。

 道具一式を十分に持ってきたつもりだったが、どうやら足りなくなりそうだと、タータは追加で布と糸を贈ってあげた。


 二人の恋物語は、巡り巡ってタータの事業に大きく貢献してくれた。

 パッチワークで使う布は別に大きな一枚の布でなくともよくて、タータは、端切れを定期的に買わせてくれる相手を探していた。

 何人ものご婦人に、懇意にしているお針子を紹介してもらったが、対応してくれた支配人の殆どが、小説を読んで感動したと語り、タータにとても好意的に接してくれたのだ。


 そしてお店をよくよく吟味して、ドレス以外にも色々なものを手掛けており、お針子も多く抱えているお店と提携することにした。

 その際、パッチワークのノウハウをお店に提供しても良いという話も持ちかけた。

 例の恋物語と併せて扱えば、今なら売れると踏んでの事だ。それに、タータ一人では作れない大作を、たくさんのお針子のいるその店でなら作れるかもしれない。

 例えば、絨毯やシーツ等の大きくて丈夫で厚手なものが。


「私、夢なんですの。私一人ではそれらを作るのは難しいですが、人や進んだ技術を持つ皆様なら、できると思うのです。」

「絨毯やシーツ…なるほど。そうなりますと、確かに個人ではとてもとても」

「デザインや案をお出しすることはできますが、このお店のオリジナルのものを作られても良いかと。」


 タータがそう言うと、支配人はとても真剣な顔でタータを見た。


「…タータ様。」

「なんでしょう?」

「ぜひ、技術をお教えいただきたく。そしてもうひとつ…ぜひ、タータ様をモデルとされた恋物語のシーンを作らせていただきたく。」


 支配人のお願いに、タータは面食らった。

 まさか、そこまで支配人が恋物語にのめり込んでるとは思っていなかった。

 良家の奥さま方と話を合わせるために必要があって読んだだけだと思っていたのだ。実際、そうした男性は何人もいた。

 特に、妃殿下が熱心なため、王城の男性は一度は目を通しているのだと、ダリの口からも聞いていた。

 何とも大変な話である。


 救い…というべきか悩むところだが、恋物語の焦点は、主人公の少女で、ダリの部分はずいぶんぼやかされ印象が薄くなるよう書かれている。

 お陰ですべての矢面にたつのはタータだけ。


 数秒悩むも、タータは、こうなれば一緒に飛び込むまで。と、了承の意を伝えた。

 ただし、最初に作ったものは必ず陛下と妃殿下にお通しし、許可を得るようにと契約に盛り込ませた。



 そんな忙しい日々の中、結婚の準備も何とか進め、1年半後、二人は結婚した。


 たくさんの祝福と幸せの中、誓いのキスを…と促され、花嫁から花婿へとキスをしたその結婚式の様子は、恋物語のおまけの物語としてまた市場を賑わせたという。





「こうして、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。」


 読み聞かせていた本は擦りきれ、最後のページには、夜空を模した布で作られたしおりがはさまれ、閉じられた。





誤字報告ありがとうございます。

最後までお読みいただき、これほどうれしい事はありません。

お付き合いくださりありがとうございました。


感想や評価なども、とてもとてもありがたく受け取っております。

デイリー等もランクインしたのも皆様のおかげです。

言葉で言い表せない位、たくさんの喜びをありがとうございました。


また他の作品でも、楽しんでいただけたなら何よりでございます。

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