第45話 必須タスクが増えました
「ははは、初めてだとそういう風に見えるんですね」
どうも宇宙船が内部に乗り込むものでは無く、上の屋根部分に乗るもののように見えたらしい。確かに宇宙船の形状は全体的にやや平たく、そのように見えなくもないだろう。
さすがマナ文明に暮らす人々、そう来たかという感じで新鮮だ。
「ん? 何か違うのか、ユーリ?」
「いえ、大丈夫ですよ。上に乗る事も出来なくはありませんから。アーク、上部甲板へのタラップと落下防止柵、出せる?」
「一部は破損していますが、出す分には問題ありません。オーダー実行します」
大気圏内での遊覧飛行用の機能だ。
実用と言うよりは完全に趣味用のオプションである。
いつかマナ文明の世界をこの目で見て遊覧飛行してみたいという気持ちから付けていたのだが、そのものズバリの状況が今目の目にあるのかも知れない。
そう思うとユーリとしてもワクワクしてきた。
「おぉ、階段が。凄いな、昇りやすくなったぞ」
「こんなこともあろうかと、用意しておいたんです。さぁ乗って下さい!」
少々興奮したユーリは、レティーナの手を引いて遊覧用の上部甲板へと昇っていく。
皆を乗せた宇宙船が再び空に浮かび始めると、皆から感嘆の声が上がる。
「「「おおお~! いい眺めっスねえ!」」」
「「「海が綺麗だ……! それにあの木、でっかいなぁ!」」」
回りを青く澄んだ海に囲まれた緑の島。
そこにそびえ立つ巨大な樹木――封印樹は格別の存在感を放っている。
絶景だ。とても美しい光景で、バールデルの言う宝石竜という恐ろしい脅威が潜んでいるようには見えなかった。
「いい景色だな……! アルカにも見せてやりたかったぞ」
レティーナも眼下の光景に目を輝かせている様子だった。
「ええ、そうですね。アルカにはまた今度見て貰いましょう。それよりこの手はいつまで……?」
先程ユーリはレティーナの手を引いて上部甲板に昇ったのだが、その手をレティーナが強く握ったまま離してくれないのだ。
「ん? いいじゃないか、こうしたほうがより景色が綺麗に見えるんだ」
「はあ……? そうですか?」
そんなユーリの近くで、バールデルは膝を突いて甲板の素材に手を触れ、軽く叩いたりして具合を確かめている様子だった。
「ふむ……凄まじい強度を持っているようだ」
「この船は内部に入る事も出来ます。そうすればこの装甲がそのまま壁になってくれますよ」
「なるほど。それならば、宝石竜から村人達を守りつつ逃げる事も出来るやも――」
「バールデルさん。もし宝石竜が復活したら、この船が緊急避難を担当します。どうか皆さんのこの島への定住を――」
バシッ!
最後まで言い終える前に、強く背中を叩かれた。
「皆まで言うな、ユーリよ! こいつは凄い、まるで魔王様のような凄まじい魔法技術……! これを操るお前ならば、自分だけ逃げる事も出来ように……村人のために残ると言うならばその心意気、無碍には出来まいよ」
バールデルは満足そうに頷いていた。
「ありがとうございます、バールデルさん!」
ユーリもにっこりと微笑んで応じる。
「ユーリ! 本当にありがとう、私達のために……!」
「「「ありがとう!」」」
「はははは、いいんですよ」
レティーナや村人にもみくちゃにされながら、ユーリは思う。
バールデルに納得して貰うには宇宙船が実際に飛ぶ姿を見せ、安全な避難方法として提案する必要があった。
これはユーリ自身の緊急避難の域を超える情報漏洩と過干渉に当たるのだろうが――
それでも。これで良かったのだ。
いずれ銀河連邦に帰る日が来るとしても、まだまだMS-1自体の全天座標位置が不明だったり、帰還可能性は低い。
それが実現するまでの間に、この島と宝石竜の問題に恒久的な解決策を得る。
タスクが一つ増えただけだ。
今はこれから村人と竜人達が共生するこのガルドラス島で何を見せて貰えるのか、それを楽しみにしていよう。
◆◇◆
更にその数日後――
「はい皆さんで一緒に~!」
「「「「きょ・ん・に・ぢ・は!」」」」
ユーリの合図に合わせ、集まった竜人一斉に声を揃える。
レティーナ達の村の広場に、切り株の椅子を並べて作られた青空教室だ。
そこでユーリによる竜人達への人語講座が行われているのだった。 竜人達が森の中の泉から水を汲むのを妨害する事は無くなり、村の水事情は一気に改善の方向に向かった。
そうなれば、アークの浄水化機能による水の配給ばかりに手を取られる事は無くなる。
そこでこれ、相互理解を促進するための語学教室である。
今日は竜人向けの人語講座、昨日は既に村人向けの魔物語講座も行っていた。
ユーリとしては異文化交流をど真ん中で見られる事が研究者冥利に尽き、とても楽しい。
「これが人語でのご挨拶ですね。とりあえずこれを言っておけば、相手を必要以上に警戒させてしまう事は無くなると思います」
にこにこと笑顔を浮かべながら、ユーリは居並ぶ竜人の生徒達に伝える。
「しかし少々言い辛いな……中々難しい。『きょ、きょ・ん・に・ぢぃ……は』? うーむ、上手く行かん」
バールデルは口をもごもごさせている。
このガルドラス島で共存すると決めてしまえば、バールデルは知的好奇心も持ち合わせている冷静な族長であり、ユーリの行動にも理解を示して人語教室にも顔を出してくれる。
「まあ骨格の作りが違いますからね。言葉が体の造りに合わせて最適化されていくのは当然の事なのだと思います」
「ふーむ、なるほどな。そういう考え方をした事は無かったが、確かにその通りだ。年端もいかぬ少年だが見識が深いな、ユーリは」
バールデルが感心して頷いている。
「これでも研究者ですから」
銀河連邦の中では、学術士官として就職していた身だ。一人前の社会人である。
「無理をせず、少しずつ覚えていきましょう。終わったらレティーナさんが休憩の準備をしてくれていますからね」
ユーリは青空教室のすぐ後方に視線を向ける。
レティーナや動ける程度には回復したアルカが杯や酒樽を用意して、もてなしの準備を整えているところだった。
竜人達にも好評だった葡萄酒だ。
「『が・にゅ・びゃっ・て』」
レティーナが笑顔で、頑張って、と片言の魔物語を口にする。
「おー俺達の言葉ッス!」
「練習してくれたんッスねえ」
竜人達がおおっ、と驚いている。
昨日から先に魔物語講座を開始しているのだが、そうして欲しいと言ったのはレティーナだった。
この島の新参が先輩に敬意を示すためにも、たった一日でも自分達のほうが先に学ぶ姿勢を示すべき、との事だった。
そのあたりのレティーナの考え方は律儀で、一本筋が通ったものだ。
抱きついて離してくれなかったり時々変な行動もあるが、凜とした立派な女性だと思う。
「こちらも負けていられんな、やるぞお前達!」
「「「はいッス!」」」
「では『きょ、こ……こ……』」
バールデルが何度か口籠もっていると――
「キュキュ! キュオッ!」
門番のウィルを引っ張るようにして、ヤールンがユーリの元に走って来る。
「ヤールン? どうしたの?」
ナイトヤムヤムに進化したヤールンは、ただ牧場で暮らすだけでは無く村の護り手として大活躍中だ。
水を汲みに村人が森に入っていく事も多くなり、その際にもヤールンが護衛兼運搬役として働いてくれるのでとても助かっているそうだ。
「近くを見回りしてたんだけど……ユーリの声が聞こえたら行っちゃってさ。よっぽどお前の事が好きらしいや」
ウィルがやれやれと嘆息するうちにも、ヤールンはユーリの頬をペロペロと舐めている。
「ははは、僕に会いに来てくれたんだね」
「キュ!」
「か、可愛い……」
戯れているユーリとヤールンの様子を見て、アルカがそう呟いていた。
「アルカ、それはユーリを見て言っているな?」
「姫様!? ち、違います!」
「?」
何だか遠くの方が楽しそうだ。
一通り満足したらしいヤールンは、今度は背中にユーリを乗せたがり、足元に首を寄せて来る。
「乗せてくれるの? ありがとう」
ヤールンの背に乗ると目線が上がり、森の木の頭の上に、遠くに鎮座する封印樹の姿が目に入る。
「……」
封印樹と宝石竜の問題解決。必ず果たすべきタスクだ。遊びではない真剣な話だ。
「近いうちに封印樹の内部にも案内しよう。お前の見識を貸してくれ、ユーリ」
「はい、喜んで!」
それでも笑顔がこぼれてしまうのは、やはり未知なるものに接するのが大好きだからだ。
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