第32話 アルカ専用修正呪文コード
そして翌日――
「えっ!? こ、こんな呪文を唱えるの?」
早朝の井戸の近くの空き地で、アルカは戸惑ったような表情を浮かべる。
アークが投影式ディスプレイで空中に映し出した呪文の内容のせいだ。
「うん! もしかしたらアルカには、この呪文が合っているかも知れないんだ!」
ユーリはわくわくとしてアルカを見つめる。
これでもし成功すれば、呪文という制御コードは万能では無く個人のマナ粒子の質によっては合わない場合もあるという事が証明出来る。
ならばどういう要素が合わないのか、合わせるための法則性、対処方法は? 等々、更にその先に研究テーマが広がって行くのだ。
その大きな分岐点となる検証である。
返す返すも自分ばかりこのマナ文明で直接フィールドワークをさせて貰い、同じ銀河連邦の学術士官の同僚達には申し訳ない。
絶対に羨ましがられるだろうし、この素晴らしい体験を分けてあげたいものだ。
「う、うーん……ちょっと恥ずかしいかもだけど、せっかくユーリくん達が用意してくれたんだし、やってみるね」
アルカは意を決したように頷いて、詠唱の構えを取る。
「あ、あのくさ……天より堕ちし紅蓮の炎どん。うちのお願いやけん、お顔ば見せてほしいっちゃん……?」
詠唱しながら、アルカはちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめている。
だがそんなアルカの羞恥心とは裏腹に、マナ粒子の動きは良い。
今まで何度も見たアルカの魔法詠唱時のそれとは違う。
レティーナの理想パターンに結構近い。
「ユーリ、これは」
「うん、違うね……!」
『マナ粒子視認観測プログラム』が見せてくれる光景は、かなりの期待感を抱かせてくれるものである。
流石レティーナや他の村人達にも監修して貰って、ムラハン訛りを取り入れた呪文だ。
「ですがもう一歩。ムラハン訛りは力強さと迫力が大事だそうですから」
「うん、そうだね。アルカ、いい感じ! もう一歩だよ! 恥ずかしがらずに思いっきり勢い良く唱えてみて!」
「う、うん……!」
アルカは大きく深呼吸をし、お腹から大きな声を出す。
「天より堕ちし紅蓮の炎どん! うちのお願いやけん、お顔ば見せてほしいっちゃん!」
妙に可愛らしいが必死な詠唱だ。顔を真っ赤にして叫ぶ表情が少し面白い。
「ペンペン草も残らんくらい、派手に暴れてよかよ!」
恥ずかしそうにしているのはちょっと申し訳ないが――
しかし、アルカに合う詠唱は恐らくこれなのだ。仕方が無い。
そして、肥大化したマナ粒子がキラリと輝く臨界点を形成した。
「! 来る!」
ユーリが声を上げた瞬間――臨界点からマナ粒子が消失して行き、入れ替わりに紅蓮の炎の塊が出現した。
レティーナが放っていたそれよりも明確に一回りも二回りも大きな炎だ。
「おお……っ!?」
レティーナが驚いて目を見開く。
「ええぇぇぇぇっ!?」
それ以上に一番驚いて声を上げているのはアルカだが。
生まれた炎の塊は地面に堕ち、巨大な火柱を巻き上げる。
ズゴオオオオオオオオオオォォォッ!
そして火柱が肌を焼くような熱の余韻を残して姿を消していく。
「おおおおおおおっ!」
「す、すごい魔法じゃないか!」
「アルカ、こんな魔法が使えたんだなあ!」
見ていた村人達から、ぱちぱちと拍手が沸き起こっている。
「アルカ! やったね! バッチリだよ!」
ユーリは満面の笑みでアルカに駆け寄る。
推論通りだ。
アルカには十分な体内マナ粒子が備わっているが、それを扱う制御コードたる呪文がアルカのマナ粒子の質に合っていなかっただけだ。
だから詠唱の必要の無い魔法だけは使えた。
制御コードの方をアルカに合わせて調整すれば、この通りだ。
「あ、あはははは……わ、わたし使えたんだ、魔法……」
アルカは声を震わせながら、その場にぺたんと尻餅をつく。
吃驚して腰が抜けてしまったという様子だろうか。
「そうだよ! 呪文の方がアルカに合ってなかっただけで、アルカには凄い魔法の力があったんだよ!」
ユーリはアルカを助け起こそうと手を差し伸べる。
「ユーリくん!」
アルカの目に涙が滲む。
そしてユーリの手を取って立ち上がると、ぎゅっとユーリを抱き締めてくる。
「本当にありがとう! わたし嬉しいよ……っ!」
「うん、僕も嬉しいよ。良く頑張ったね!」
貴重な実践研究の機会を得て、それがアルカのためにもなって満足いく結果だ。
マナ文明の魔法はロマンの塊だが経験則によって成り立つ呪文はまだまだアナログで、文言と個人の体内マナ粒子との相性によってはアルカのように高いポテンシャルを活かす事無く終わってしまう。その事がよく分かった。
「やったな、アルカ! 凄い魔法だったぞ!」
そんなアルカを、レティーナも嬉しそうに抱き締める。
「姫様っ! ありがとうございます……!」
「ユーリもありがとう! やっぱりユーリのする事に間違いは無いな!」
「いえいえ、いい経験をさせて貰いました。これでアルカの魔法で飲み水を確保する事も出来ますね」
アークの浄水化機能だけが命綱になってしまうと、それは宜しくない。
ユーリとアークがずっと居続けられる保証は無いし、やはり村人達が自分達で自活出来るように生活基盤を整えていく事が重要だろう。
「うん! 氷を出す魔法があるから、それを溶かせば飲み水に出来るよ。そのまま氷として使ってもいいし! ずっとアークさんにばかりに頼ってたら悪いもんね」
「私は特に問題ありませんが、気遣いには感謝致しますアルカ様」
アークがアルカにそう応じている。
「よし、じゃあ次はそれを試してみようじゃないか」
「ええ、呪文は用意してありますしね。僕も見てみたいです!」
「あ、やっぱり他の呪文も全部あんな感じ……なの?」
「「もちろん」」
ユーリとレティーナは声を揃えて頷いた。
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