第1話 不時着、マナ文明
突如警報が鳴り響いたのは、眠りに就いている最中だった。
外は昼も夜も無い星の海の真っ只中であるが、それでも銀河連邦統一時間としては夜中の事だ。
新しい任地への赴任を控え、ちゃんと夜間に寝るように生活サイクルを整えておくのは、当然の事である。
警報を耳にした少年、ユーリ・フォイルはぱちんと大きな瞳を見開く。
銀色の髪に睫の長い円らな瞳は、女の子にも見間違えられるような中性的な雰囲気だ。
瞳の色が、片方はルビーのような紅で、もう片方がアメジストのような紫だ。
生来の瞳の色はどちらも紅だが、左目の紫は人工的に置き換えられたインプラント・デバイスになっている。
ユーリのものは大容量、高性能型の上級士官候補生用モデルであり、銀河連邦の中でも将来を嘱望される者の証でもある。
わずか12歳にして、連邦士官学校を飛び級で卒業した天才。
そして出世ルートの中央司令部ではなく、閑職中の閑職である学術士官を志望した変人。
学術士官とはつまり、連邦所有の資料館や博物館を管理運営する学芸員だ。
14歳になる今は、これまで務めていた博物館から、別の星の博物館に転勤となり、その移動の最中が今だった。
「な、何……!?」
ユーリが身を起こすと、ベッドを囲っていた透明ドーム状のカプセルが自動的に開く。
内部の気温、気圧や酸素濃度を個々人に最適化して制御するための装置だ。
超長期の移動の場合は、コールドスリープを可能とする機能もある。
「ユーリ! 異常発生! 緊急事態です!」
そう言ってユーリの側にやって来るのは、ふわふわと宙に浮く小型の球体ポッドだ。
単なる球体では無く、動物の目や耳、尾などを模したデザインがされており、丸っこいマスコットと言った所だ。
可愛らしい見た目だが、これでもモチーフはマナ文明の伝説的生物、ドラゴンである。
ユーリのパーソナルAI、アークだ。
銀河連邦人にとっては、生まれた頃から一人一人に最適化されたパーソナルAIを持つのが常識だ 。
人と人との交流や折衝にも、それぞれのパーソナルAIが事前に調整してアテンドする。
ユーリを生まれた頃から見守り、そのデータの全てを記録しているのがアークである。
ユーリにとっては、家族よりも家族と言える相棒だ。
「アーク! どうしたの!?」
「艦の全航行機能及び、長距離通信機能が沈黙! 本機は制御を失いました!」
「えぇっ……!? どうしてそんな事が……!?」
「原因不明です、C243ワープゲートを使用直後、制御不能に」
「じゃあ、ゲートの不具合……!? いや、テロの可能性も……!」
「近くの惑星に不時着する針路を取りました。間もなく進入します、耐衝撃姿勢を!」
「うん、分かった!」
ユーリはアークの丸いボディを抱き締めると、身を屈めてベッドの端の取っ手を掴む。
直後に、衝撃。
今回の航海は、ユーリの転勤の引っ越しも兼ねている。
ベッドルームには私物も置いてあり――
衝撃でそれらが、ガラガラと崩れていく。
「あああああぁぁぁぁ……! 僕のコレクションが――!」
それはマナ文明下で生きていたとされる魔物の剥製や、骨格標本、それに魔法の儀式で使われるお面や置物、すっかり錆び付いてしまった剣や、勇者と魔王が対決する瞬間の絵画など、分からない者が見ればガラクタのようにしか思えない骨董品の数々だ。
「ユーリ! まだ動いてはいけません……!」
アークに制止されながら、船はガタガタと揺れ続け――
そして暫くすると、その揺れと警報が収まり静かになった。
「……着陸成功。各部船体チェックを開始します」
「うん。ゲートを出た所の惑星だね?」
「はい、現出ポイントから最短の惑星に……全航行機能及び、長距離通信機能の喪失は復旧せず。着陸の衝撃で、外部装甲十八カ所が破損。艦載フェイズキャノン使用不可――内部ラボ施設及び居住区には影響なし」
「居住区 が生きてるなら、今すぐに命の危機って訳じゃ無いけど……移動は出来ないし助けも呼べないって感じだね」
航行機能と長距離通信が使えないのだ。
「はい、ユーリの言う通りです」
「そうなると、近くの街まで自力で助けを呼びに行くしか無いなあ」
宇宙船の破棄自体はしない。
ユーリのコレクションもあるのだ。必ず取りに戻ってこなければ。
「外部環境のチェックを行います」
「うん、一応ね」
とはいえ銀河連邦内の惑星は殆どが人の居住が可能なように改造済みであり、環境はどの惑星も左程違わないはずだ。
まあ降りた所が極端な高所で空気が薄いとか、雪山の中であるとか、逆に活火山のすぐ近くであったりとか、そう言う場合は無警戒に外に出るのは危険だから、やはりチェックは必要だが。
「――大気成分の主要構成要素は、銀河連邦基準内。周辺気温は約25℃……」
と、つらつらと解析結果を述べていくアークだが、その中に気になる一節があった。
「……マナ粒子反応あり、大気中の含有濃度は――」
「! えええええぇぇぇぇっ!? マナ粒子反応ありって言った!? 言ったよね!」
マナ粒子とはつまり、マナ文明を生む根源となる粒子である。
そしてマナ文明とは、所謂剣と魔法のファンタジーの世界である。
ドラゴンがいて、魔法があって、他にも沢山の魔物がいるあれだ。
現在の銀河連邦内では失われた古代のロマンと呼ばれるのは、銀河連邦式の惑星改造のフォーマットにおいて、マナ粒子は除去されてしまうからである。
マナ粒子の偏りは、同じ人間であっても勇者と呼ばれるような圧倒的強者を生み出したり、一方何の力も無い村人もいたり、とにかく個体間の強弱の差を明確にしてしまう。
科学と法によって統治される世界において、そこまでの極端な個人差は許容できないというのが、マナ粒子を除去する理由である。
だがユーリ達研究者にしてみれば、その容赦の無い個体差こそがロマンであり、興味深い独特の個性となる。
「はい。つまりここは銀河連邦の域外であると推測されます……ゲートは我々を想定外の位置に転送してしまったようです」
「よし! よしよしよしよし……っ! 僕にも運が向いてきたああぁぁぁぁぁっ!」
アークの言葉を聞いているのか聞いていないのか、ユーリはぐぐっと拳を握っていた。
銀河連邦内には現状、マナ粒子がある惑星は存在しないのだ。
惑星改造によるフォーマットで除去されてしまうからである。
その上、今は膨張を続けてきた銀河連邦がそれ以上の拡大を止めそれまでの行いを内省する均衡の時代だ。
『銀河環境保全法』なる法制度が出来、現状以上の惑星改造は禁止されている。
つまり、惑星改造前の実地調査も出来ず、ユーリのようなマナ文明の研究者にとっては、実際のマナ文明に触れる機会も無い冬の時代なのである。
それが今、不時着した惑星はどうやらマナ粒子のあるマナ文明惑星らしいのだ。
「ユーリ、聞いていますか? 長距離通信も航行も不能な上、ここは銀河連邦域外の未開の惑星です。つまり我々は完全に遭難しました。帰還可能性は極めて低いという事に――」
「と言う事は! 僕が外に出て現地文明と接触しても、それは命を守る緊急避難! 人道的に許された行為! そうだよね?」
「も、勿論です。『銀河環境保全法』も緊急時に人命を優先する事は禁じていません」
「でしょ!? 今の時代、普通に生きてたら一生巡り会えない機会だよ! マナ文明と直接触れ合えるなんてさ!」
「…………」
沈黙するアークにユーリはニコッと笑いかける。
「遭難と帰還可能性の問題はあるけどさ、いい事もあるんだ。こういう時はそっちに目を向けようよ?」
「……ユーリが自暴自棄になっていないのは、喜ばしい事です」
「よし、さっそく剣と魔法の世界でフィールドワークだ! これは夢じゃない! 夢じゃないぞおおぉぉぉっ!」
「ユーリ! 待って下さい! 抗マナ粒子のワクチン処理を……! それにマナ文明下の危険生物への対抗装備を揃えて……! あああ! まだ外に出ないで下さいっ!」
アークの悲鳴が、居住区の中に響いた。
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