ダフニー
*誘拐事件の数か月前から始まります。
ダフニー・ロベールはラファイエット公爵家でココとミアの専属侍女として働いている。
(ココ様とミア様はこの世の奇跡!)
と双子に情熱を注ぐダフニーはその幸せを噛みしめる日々を送っていた。
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そんなある日、ダフニーはエステル達に仕える他の侍女たちと一緒にフレデリックの執務室に呼び出された。
完全に感情を失くしたような無表情のフレデリックだが、エステル達と一緒に居る時との温度差が凄いというのは使用人たちの間では常識になっている。
表情とは違い温かい人柄であるのは全員分かっているので問題はない。
フレデリックは冷静な声で簡潔に用件を伝えた。
「君たちは、エステルやココ、ミア付きの侍女ということで狙われる可能性がある。見知らぬ人間が近づいてきたらすぐに僕に知らせてくれ」
ダフニーは正直『そんなことあるのかしら?』と半信半疑だったが、休みの日に外出すると本当に怪しげな男に声をかけられた。
その男はそれなりに端整に見える顔立ちなのに不思議と印象に残らず、後でフレデリックに報告した時に「どんな男だった?」と尋ねられても答えるのが難しいほどだった。
情報が欲しいフレデリックのためにダフニーは男との接触を続けることを決めた。
それがエステルたちの安全にも繋がると考えたからだ。
「エステル様やココ様、ミア様のためなら何でもします!」
と決意を述べるダフニーにフレデリックは
「いや、危ないことをする必要はない。それに・・・君の家族はどこに住んでいるんだ?」
と尋ねる。
「えっと・・・王都の西方ですが・・・」
何の話だろうと戸惑ったが、なんとフレデリックはダフニーの家族を一時的に公爵領の城に避難させてくれたのだ。
敵が家族を人質に取るようなことを防ぐためだというが、ダフニーの家族は豪華な城で贅沢な生活をさせてもらった上に多額の補償金まで貰って大満足だったらしい。
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ダフニーに接触した男はラファイエット公爵邸内部の様子、特にココとミアの住む部屋を知りたがった。
その男は決して粗野という訳ではない。
身なりが良く、教育を受けている印象も受けるので貴族の屋敷に仕える使用人かもしれないとフレデリックには伝えた。
また、その男が使っているペンには王冠を被った獅子の絵が描かれていて、そのことも伝えると、美麗な顔に鋭い笑みが浮かんだ。
「ダフニー、でかした。それは家紋だ。そうか。奴らはココとミアの部屋を知りたがっているのか・・・」
とフレデリックは呟いた。
当然、双子の部屋や屋敷の様子をバカ正直に男に伝えるはずがない。
既にフレデリックとも打ち合わせ済みだ。
「ココ様とミア様は公爵邸の森の中にある小さなコテージに住んでいます。そこはラファイエット騎士団が常に厳重に警備しているので侵入は不可能だと思いますよ」
大切なお二人が森の中のコテージなんかで生活するはずもないのに、と思いながら、ダフニーは大真面目な顔でウソをついた。
「なるほどね、でも、騎士団が出払うような事態が起こったら、警備の人数も少なくなるということだろう?」
「まあ、そうですけど、そんな事態なんてあり得ます?」
「まぁいい。俺を双子の部屋に手引きしてもらえないか?双子が留守にしている時で構わない。証拠写真が欲しいんだ」
『無理です。お二人が留守の時でもどれだけ警備が厳しいか知らないでしょう?』
と言いたかったが、男を信用させるために敢えて邸内に入れて、偽装したココとミアの部屋を見せるというのがフレデリックの指示だ。
いずれわざと隙を作って誘き寄せ、言い逃れできないようにしっかり侵入したところで捕縛する計画だと説明された。
頭の良い方は面倒くさいことを考えるもんだなぁとダフニーは感心する。
ダフニーは勿体ぶって男に向かって言った。
「今度エステル様の同窓会が邸内で開催されます。警備は正面に集中しますから、その間に出入りの業者だと偽って、裏の通用門からご案内します」
男は満足そうに頷いた。
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ラファイエット公爵邸内の森の中に小さなコテージがあるのは本当だが、そんなところに双子が暮らしているはずがない。
しかし、フレデリックは男を信用させるためにコテージの内部を模様替えし、いかにも双子が暮らしているように偽装した。
双子がエステルと一緒に同窓会に参加している間に、ダフニーは男をコッソリと裏口から内部に入れ、森の中のコテージに案内する。
可愛らしい内装やぬいぐるみなどが適度に散らばり、さすが凝り性のフレデリックの偽装工作は完璧だ。
男は満足そうにコテージの位置を確認し、魔道具で何枚も写真を撮っている。
また、通用門からの距離も測っているようだ。
ダフニーは警備の騎士には適当に言い訳をしつつ、男をさっさと邸内から追い出した。
勿論、騎士達にも事情は通達済みである。
その後、ダフニーは同窓会の会場に双子を迎えに行き、何食わぬ顔で本物の彼女らの部屋に戻ったのだった。
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その後、伯爵令嬢の誘拐という想定外の大事件が起こったが、フレデリックはこれを機にラファイエット公爵邸に侵入しようとしている賊を一斉に捕まえるつもりだ。
男から連絡があり、まさに身代金の受け渡しの夜に通用門を開けて欲しいと依頼された。
これまでに約束した報酬の額を三倍にしようという気前の良いオファーである。
ダフニーは金に目がくらんだふりをして、その依頼を受けた。
その日の夜、ラファイエット騎士団が屋敷から出払うことを知っている男が誘拐犯の一味なのは間違いないし、一連の黒幕がリオンヌ公爵であるのも分かり切っている。
茶番だとは思うがフレデリックとダフニーは何度も話し合って、当日間違いがないように準備を重ねた。
しかし、エステルには何も知らせていないと聞いてダフニーは驚いた。
「エステル様にはお伝えした方が宜しいんじゃないですか?」
「いや・・・うん。ただ、エステルが僕のやり方を気に入ってくれるか分からないんだ。誘き寄せて騙し討ちにするのは・・・その、卑怯なやり方だと思うかもしれない・・・。策士って女性に嫌われるんだろう?正々堂々としていないというか・・・」
「エステル様が嫌いに・・・?」
つい口をついて出てしまった言葉にフレデリックが絞り出すように
「言わないでくれ!彼女に嫌われたら!・・・僕はもう生きていけない。・・・怖い」
と一人で苦悩している。
「・・・さようでございますか」
「彼女に嫌われるのだけは嫌だ。耐えられない。だから、彼女には言わないで欲しい」
これまでの冷静な表情とは対極の、駄々をこねているような顔をする主君を見て、ダフニーは思わず噴き出した。
「では、私どもの心の内だけに秘めておきましょう」
と言うとフレデリックは安堵したように頷いて、子供のように無邪気に微笑んだ。
こんな主君の姿が拝めるのもエステルのおかげだと感謝したくなる。
(あの方はこの屋敷に笑顔と温かさを運んできてくれた)
ダフニーはそっと心の中で呟いて
(今後もあの方々が心安らかにここで生活できるようにするためにも・・・どうか、今夜、全てが上手くいきますように)
と祈った。




