女王
その後もエステルの正体はバレることなく、平穏に王宮での時が過ぎていった。
平穏といっても、様々な角度から未来の国王と王妃に相応しいかどうか観察されてはいるらしい。常に誰かの視線がついて回る。
そして、最終面接とも言うべき女王と王太后とのお茶会が行われたが、エステルは終始穏やかな気持ちで臨むことができた。
(私が王妃になるはずないもんね~!)
エステルは落ち着いた物腰で上品にカップを持ち上げて、お茶を口に含んだ。
「エマ?フレデリックはどんな国王になると思いますか?」
女王の質問にエステルは微笑みながらおっとりと答える。
「私はそのようなことを考える立場にございません。すべてフレデリック様の御心のままに」
女王と王太后の二人が顔を見合わせて頷いた。
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翌朝、女王は重要な発表があると議会を招集した。
荘厳な雰囲気の議場は、突然の招集に戸惑う議員たちのざわめきで溢れている。
重厚な扉が開き、そこから正装の女王が登場した。
彼女は緊張した面持ちで中心にある議長席に向かう。
演台でコホンと咳払いすると女王の演説が始まった。
「みなのもの!本日は緊急の招集に応じてくれて、心より感謝する。王太子のことで迷惑をかけ、国の上に立つ者として大変申し訳なく思っている」
女王は堂々と語り、潔く頭を下げた。
周囲から自然と大きな拍手が巻き起こる。
女王は毅然として頭を上げ、その場にいる全員を見回した。
エステルとフレデリックは寄り添いながら、冷静にその様子を眺めている。
エステルはフレデリックが王太子として選ばれることはないと信じているので余裕を持って臨んでいるが、すぐ近くにいるリオンヌ公爵家のパスカルとその妻は緊張の色が隠せない。
パスカルは自分こそがこの国を継ぐべきだと考えている。
リオンヌ公爵夫妻も自分たちの長男が候補の中で一番相応しいと確信している。
エステルがチラッと視線を向けると、リオンヌ公爵が彼女をバカにするように鼻で嗤った。
弟のダニエルは婚約者の隣で落ち着いて女王の言葉を待っている。
厳かな女王の演説が終わりに近づいた。
「・・・・私たちはこの国の隆盛に力を尽くせる人材をあらゆる角度から慎重に検討した。この国の将来を委ねるのに相応しい人物は・・・」
その場の全員の視線が女王に集まる。
ピン一つ落としても聞こえるのではないかと思うくらい議場が静けさに包まれた。
「エマ・ガルニエである!」
(((((((は・・・・・・・!?)))))))
その場にいた全員の心の声が一致した。
誰もが女王の言葉の意味が分からずポカーンとしている。
シンと静まり返った議場に女王の苛立たしそうな咳払いが響いた。
「良いか!エマ・ガルニエが王太女だ。将来、彼女が私の後を継ぎ女王となり、フレデリック・ラファイエット公爵が彼女を支える王配となる!」
議場に大きなどよめきが沸き起こった。平民出身の議員席からはパチパチと拍手が起こるが、多くの貴族は戸惑いを隠しきれない。
あまりの衝撃にエステルは心臓が止まるかと思った。
(・・・幻聴?いや、現実?!)
自分の腰を抱いているフレデリックの手も緊張で強張っている。
(・・・どうして!?なんでこうなった!?)
しかし、その時リオンヌ公爵の怒声が議場に響き渡った。
「どういうことだ!?!?!冗談じゃない!!!納得いかない!!!よりにもよって平民の小娘が!?パスカルの方がずっと王太子としてふさわしい!こんな平民がよりにもよって女王だと!?」
その怒鳴り声を聞いて、議場にいた人間は女王の顔色を伺った。
ざわざわヒソヒソと囁き声が人々の間に広がる。
女王はにんまりと笑った。
「お前の目は節穴だな」
それほど大きな声を出していないのに、その言葉は全員の耳に明確に聞こえた。
「ど・・・どういうことですか!?私の目が節穴とは・・・?」
女王はエステルを指さして
「自分の娘も分からないような父親の目は節穴であろう!」
と言い放った。
(あぁぁぁ、やっぱりバレていたのか・・・!?)
エステルは絶望した。
リオンヌ公爵夫妻だけではなく、パスカルも愕然としてエステルに目を向けた。
「エステル。カツラを取りなさい。お前を見た瞬間に分かっていましたよ」
女王の静かな口調にエステルは観念した。
フレデリックも『仕方ない』というように肩を竦めたので、エステルは黙ってカツラを外した。
鮮やかに煌めく真っ赤な髪がサラリと肩にこぼれた。ついでに化粧で隠していた泣きぼくろも擦って露わにする。
それだけでガラリと印象が変わった。
光に透けると金褐色に輝く髪から覗く若葉色の瞳が真っ直ぐに女王を見つめ、正式な礼をとるために膝を折った。彼女の優雅な物腰に議場の人々からほぉっと溜息が漏れる。
「陛下。素性を隠しておりましたことを謝罪申し上げます」
「よい。気にするな。皆のもの!彼女は元リオンヌ公爵令嬢のエステルだ。皆も知っての通り、王太子ロランの婚約者として長年厳しい妃教育に耐えてきた娘だ。彼女は無実の罪で愚か者のロランに断罪され、不当にも公爵家から放逐された」
女王はリオンヌ公爵の顔を睨みつけた。
「彼女はリオンヌ公爵家から勘当された故、現在の身分は平民であるが、私は彼女を養女に迎えるつもりである。彼女も王家と近しい公爵家の血筋だ。正式に王女となるのに問題はなかろう。エステルに無礼を働く者は王族に不敬を行うことと同じだと心得よ!」
それを聞いてその場にいた貴族たちが息をのむ。
王宮に滞在中、彼女を平民だと軽く見て失礼な態度を取った人間もいる。そういった人間は密かに顔を青くした。
女王は演説を続ける。
「エステルはただの王女ではない。王太女だ。彼女が選んだ男が未来の王配となる!フレデリック。お前はラファイエットの名前と公爵領を捨てたくないと言っていたな。王配ならばそれも可能だ。皆のもの!良いか!?エステルが王太女になる!以上だ!」
(え・・・・ちょっと待って・・・そんな責任を負わされても)
女王は、泣きそうなエステルを一瞥すると『文句は言わせない』とばかりに
「異議は認めない!」
と宣言して、その場を退出した。
顔面蒼白で怒りにワナワナと身を震わせていたリオンヌ公爵とパスカルは、エステルとフレデリックを憎々しげに睨みつけると、プイと背中を向けて議場から出て行った。
出て行く前に
「リオンヌ公爵家は絶対にお前を認めない!!!!」
という捨て台詞も忘れない。
貴族だけでなく議会に参加している平民出身の議員たちまでがザワザワと言葉を交わし、議場は一気に騒然とした空気に包まれた。
そして、周囲から大きな注目を浴びていることを感じ、エステルの足は凍りついたように竦んでしまう。
「エステル。うちに帰ろう。取りあえず王宮から出た方がいい」
フレデリックは耳元で囁くとエステルの手を引っ張って議場を後にした。




