【8/4 小説版3巻発売記念SS】エステルの特別
*ルイーズ誘拐事件後、しばらく経ってからの話になります。フレデリック視点です。
*【お知らせ】8月4日に『悪役令嬢はシングルマザーになりました3』が発売になります!
それを記念してSSを書きました。発売日にまたSSを投稿する予定です。詳細は活動報告に書きましたので読んでいただけたら嬉しいです(#^^#)
「……フレデリック、おい! フレデリック、聞いているのか?」
わずかに苛立ちを含んだ声に、僕ははっと我に返った。
昨夜あまり眠れなかったせいで、ついぼんやりしていたらしい。
「ああ、聞こえているよ。それで、なんだって?」
「ほら! やっぱり話を聞いてないじゃないか!」
王太子のロランが鬼の首でも取ったような顔で腕を組む。
とはいえ、本気で怒っているわけではなさそうだ。
「ああ、悪い。最近忙しくて疲れているんだ」
「大丈夫なのか?」
「問題ない。昨夜ちょっと眠れなかっただけだ」
ロランの瞳が心配そうに揺れる。
時々鬱陶しく感じることもあるが、根は悪い奴ではない。
「それで、僕とラファイエット騎士団に『呪いの森』へ行ってほしい、という話だったな?」
「あ、ああ。例のルイーズ・ド・コリニー伯爵令嬢誘拐事件の最後の後始末だ」
ロランは咳払いをひとつして続けた。
「前リオンヌ公爵が破壊した『呪いの森』は、できる限り元通りに修復するよう母上……いや、女王陛下が命じられた。結界の魔道具も再設置してからしばらく経つし、不具合の報告もない」
そこで彼は少し言い淀む。
「ただ……俺は少し疑い深くなったんだ。人間不信というか。セシルのせいってわけじゃないが、ちょっと無条件に人を信じれらなくなったというか……」
「お前の内面的な問題はどうでもいい」
王太子に復帰した今でもロランに対しては容赦がない。
「……こほん。とにかく、『異常なし』と言われても本当に信用していいのか疑ってしまうんだ。だからフレデリックとラファイエット騎士団に視察してほしい。第三者としての意見が聞きたい」
「仕方ないな。分かったよ」
僕は肩をすくめながら了承した。ロランの言うことにも一理ある。
王宮には権謀術数に長けた人間が少なくない。再び『呪いの森』を悪用しようとする者が現れないとも限らないのだから。
「それで……エステルと何かあったのか?」
僕はピクリと眉を上げた。ロランの表情に他意はなさそうだ。おそらく純粋に心配しているのだろう。
「別に……何もない」
「昨夜眠れなかったというのも、そのせいなんだろう?」
「何でもない」
「おい! フレデリック! 俺とお前の仲じゃないか! 隠しごとはやめろ!」
ロランは力強い手で僕の両肩を握り、ぶんぶんと振り回す。
(こいつはいつからこんなに熱血になったんだ?)
内心ボヤキながらも僕は渋々と口を開いた。
「エステルは優しい」
「ん? まぁ、そうだな」
ロランが困惑しながらも頷く。
(そりゃそうだ。エステルが優しいなんて全世界が知っている)
「だけど、万人万物全てに対して優しいんだ。僕だけじゃない。友人にも使用人にも見知らぬ他人にも優しい。お前にすら優しいんだ。彼女にとって特別なのはココとミアだけ。それは確かなんだが……」
「えーっと、それで?」
「それだけだ」
「まさかと思うけど、お前はココとミアに嫉妬しているのか⁉」
「ち、ちがう! ココとミアが特別なのは当たり前だろう。ただ、僕はココとミアの次くらいには特別になりたい、とか……まぁ、そんな感じだ」
あまりに子供っぽすぎて恥ずかしくなった僕は頭をがりがり搔きながら視線を逸らす。
ロランは真っ赤な顔をして必死に笑いをこらえているようだ。口元がひくひくしているのが憎らしい。
「言わなきゃ良かった!」
大きくため息をつくと、ロランは「まぁまぁ」と僕の背中をバンバン叩いた。
「俺の目にはエステルはお前も特別に扱っているように見えるぞ。少なくとも俺に対してよりは優しい」
「ロランと比べられてもなぁ」
「なんだそれは!」
他愛のない会話かもしれないが、僕にとっては切実な問題だったりする。
エステルは優しい。博愛精神に満ちていると言ってもいい。だから、本当はそれほど僕と結婚したくなかったのに婚約に応じてくれた可能性だってある。
他に好きな人もいないし、双子も僕に懐いているから、という消極的な理由だったらやっぱり悲しい。
(僕はこんなにエステルに恋焦がれているのに……)
エステルが(ココとミア以外の)誰に対しても平等に優しいのは彼女の高潔な人柄を表している。だけど、たまには僕だけ特別扱いしてほしい、という気持ちになってしまうのだ。
(昔は一緒にいられるだけでいい、と思っていたくせにな。どんどんぜいたくになるものだ)
自嘲しながらラファイエット邸に戻ると双子が「「おかえり~!」」と駆け寄ってきてくれる。そのすぐ後にエステルが眩しいくらいの笑顔で登場した。
僕が最も幸せを感じる瞬間である。
「おかえりなさい、フレデリック。お疲れさまでした」
「ありがとう。屋敷に変わりはないかい?」
「ええ、何事もなく平和ですわ」
「そうか。良かった」
「ロランに呼び出されたって聞きましたけど、何かあったの?」
「明日『呪いの森』に視察に行くよう頼まれたんだ。ラファイエット騎士団のクロード団長と数名の騎士を連れていく予定だ」
「まぁ」
エステルは少し考えながら僕の顔を見上げた。
(可愛いな)
思わず頬が緩んでしまう。
「気をつけてね。帰りは遅くなりそう?」
「そうだな。一日がかりになると思う。広い森だし、設置された魔道具の確認だけでも移動に時間がかかるからね」
「そうよね。フレデリックと他の皆さんにお弁当……ランチボックスを用意しましょうか?」
やっぱりエステルは優しい。それに気が利く。『呪いの森』の近辺には食事が買えそうな場所はないからな。
「それは助かるよ。ありがとう、エステル。クロード達も喜ぶだろう」
本当は僕にだけ特別なランチを用意してほしい、なんて口が裂けても言えるはずがない。
僕はにっこりと微笑んだ。
◇◇◇
「はい! サンドイッチを作ったの。フレデリック、卵料理が好きでしょ? だから卵サンドも作ったのよ」
翌朝、エステルが昼食用の包みを僕に手渡しながら言った。
ああ、男って単純だな。こんな一言で舞い上がるくらい嬉しくなる。
「ありがとう、エステル」
「どういたしまして。あ、クロード、あなたの分はこれね」
「エステル様、とても嬉しいです。ありがとうございます」
彼女は次々と同じような包みをクロードや同行する騎士たちに手渡していく。
彼らの顔が嬉しそうににやけているのが多少不満だが、エステルはわざわざ僕の好物を作ってくれたんだぞ。
若干の優越感を覚えながら、僕は騎士達を引き連れて出発した。
『呪いの森』の視察といっても中に入るわけではない。危険な魔獣が棲息する森である。中まで視察するとなったら、もっと大掛かりなものになるだろう。
(ロランが王宮とは関係ない第三者の視察団を派遣したことを周知させるのが目的だろう。食えないやつだ)
『呪いの森』を悪用したがる人間は少なくない。ロランがフレデリックを派遣したのは王太子が見張っているぞ、という牽制の意味もある。
外側から周囲を観察しただけだが『呪いの森』に異常は見られなかったし、結界の魔道具も正常に機能しているようだ。
「午後は反対側の結界と魔道具を確認しにまいりましょう。その前にここで昼食にしませんか? 景色も良いですし」
クロードに声をかけられて周囲を見回すと確かに一面の平原とその向こうに連なる山々の姿は勇壮で美しい。
「そうだな」
クロードが頷き、騎士達の顔がパッと明るくなった。
(くそぅ、エステルのランチボックスがそんなに楽しみなのか⁉ ……まぁ、僕も楽しみにしていたわけだが)
馬を手近な木に繋いで水と餌をやると、僕たちは円を描いて地面に腰を下ろした。
「うぉ! さすがエステル様! 美味そう!」
「見ろよ! サンドイッチの種類もいろいろあるぞ!」
「肉! こんな分厚い肉……。それに卵。甘いのも入っているな。クリームと苺だ!」
「野菜のサンドイッチまである。栄養も考えてくださっているのだろうな」
ざわざわと嬉しそうにサンドイッチに食らいつく騎士達を見て、僕は自分のサンドイッチを見下ろした。
エステルがカツサンドと呼ぶ分厚いポークを揚げたもの。ハム、きゅうり、レタス、トマトにチーズのサンドイッチ。ゆで卵とマヨネーズで作る卵サンド。デザートは苺を生クリームで挟んだ甘いサンドイッチだ。
いや、分かっていた。エステルは皆に渡すランチと僕のランチを区別したりしない。全員に平等に同じものを用意してくれたのだろう。
それが正しいことだと分かっていても複雑な心境になってしまうのはやっぱり器が小さいのかもしれない。
(特別扱いされたいなんて子供みたいだ)
若干寂しさを覚えつつも、美味しいものは美味しい。食が進む。
(さすがこの卵サンドは絶品だ。マヨネーズという調味料をエステルが作ってみせた時のウチの料理長の感動っぷりったらなかったな。エステルのことを『天才!』って呼んでいたっけ)
サンドイッチを次々と口に運んだあと、最後にデザートの苺とクリームのサンドを取り出して、僕は一瞬息をのんだ。
きれいな三角形に切断されたサンドイッチの断面には綺麗な苺がいつものように並んでいる。ただ、その苺の断面がハート型に切られているのだ。
(あれ? いつもはただ苺を縦半分に切ってあるだけなのに、どうして今日はハート型に?)
さりげなく他のクロードや他の騎士達の苺サンドを観察してみたが、彼らの苺は普通の形状の断面が見えているだけだ。
(僕にだけ⁉)
わざわざ僕の分だけ断面がハート型に見えるようにしてくれたのだと自覚して、頬が急速に熱くなる。
(ああ、もう、エステル! 今すぐ帰って君を抱きしめたい!)
「旦那様、どうなさいました? お顔が赤いですが?」
「あ。いや、なんでもない。ちょっと暑いかな?」
「そうですか? 今日は割と涼しいと思っていましたが」
怪訝そうに隣に座っていた騎士に尋ねられたが、僕はハートを目に焼きつけながらゆっくりとエステルの苺サンドを味わった。




