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改良型遠星探査機「イノリ」。

それが、イノリの正式名称だ。



三十年前、太陽系外に地球によく似た条件を持つ星があることが分かった。詳細に調べると、その星には水がある可能性まで出てきた。

火星でも、木星の衛星エウロパでも見つからなかった地球外生命体が、今度こそ見つかるかもしれない。

そう期待して、我々科学者はその星を調査するための探査機と、それを乗せるためのロケットの開発を始めた。

そして十五年後、つまり今から十五年前、ついに我々はロケットと、そして探査機を完成させた。

探査機には、様々な分析装置、高度な光発電パネル、そして人工知能を搭載した。

人類史上最高の探査機、それがイノリだった。



十年もの長い時間を経て、イノリが本格的に活動し始めてから。

私は、いや、私たちは、イノリを単なる機械だとは思えなくなっていった。

もはや、自分たちの実の子供のように感じていたと言ってもいい。

イノリから片道2日もかけて届けられるメッセージには、毎回簡潔で短かかったけれど、私たちはその中に、イノリの思いが込められているように感じた。

新しい発見をしたという報告からは、喜びと熱意を。

何も見つけられないという報告からは、悲しみと焦りを。

機械に感情なんてあるわけない、他人はそう言うだろう。

確かにその通りだ。イノリの人工知能は最新のものだけれども、人間の感情のようなものは確認されていない。

そう頭では理解していても、やはり気のせいとは思えなかった。



五年間、イノリの調査を見守っていると、もし自分がイノリの立場にいたらどう感じるだろうか、考えることが時々ある。

地球から遠く離れた星で、たった一人でいるかどうかも分からない地球外生命体を探し続ける。

…私だったら、気が狂ってしまうかもしれない。

もっとも、そんなことを考えてイノリをかわいそうに思うのはあまりにも無責任だろう。

なにせ、イノリをそんな星に追いやったのは、我々なのだから。



ある日、イノリから定期的に来るはずのメッセージが来なかった。五年間、そんなことは一度もなかったのに。

イノリに何かあったのかもしれない。そう心配して、関係者全員が集まった。

集まったからと言って何かできるわけでもない。なんせイノリは、はるか彼方にいるのだから。

私たちは、ただメッセージを送り続け、イノリからの返信を待つしかできなかった。



三日後、やっとイノリから連絡が来た。

メッセージには、イノリが地下の空洞に落ちて、しばらく意識がなかったこと。そして落ちた先に、湖があったことが記されていた。

まとまった水の発見は、地球外生命体への大きな一歩だ。

しかし、私たちは誰も、それを手放しで喜ぶことはできなかった。

落下の衝撃でイノリの機体に加わったダメージは、決して小さくないことは想像できた。

イノリの限界が、すぐそこまで迫っている。



一週間後。

イノリが見つけたのは、本当に小さな細菌だった。

1ミクロよりも小さい生命。でもその存在は、とても大きな意味を持っている。

この時ばかりは、私たちは歓喜した。

イノリを送り出して十五年、ついに人類は地球外生命体を発見したのだ。



次の日、イノリは動けなくなった。



イノリから、最後のメッセージが来た。

本当に短いメッセージ。でもその中に、イノリの気持ち全てが込められている。

私たちは皆、そう感じた。

私たちも、イノリにメッセージを送った。

今から送っても、もう間に合わないかも知れない。それでも送らずにはいられなかった。


〈はるか彼方の「イノリ」へ

 地球より、メッセージを送信します。

 お疲れ様でした。今まで本当にありがとう。

 …いつか必ず迎えに行きます。だから今は、ゆっくりおやすみ。〉


これは私たちのイノリへの感謝の気持ち、そして約束。

今はまだ無理でも、いつか必ず、科学技術を発達させて、あの星まで往復できるようにする。

そして私たち自身で、イノリを迎えに行こう。


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