奴隷
「で、なんだこれは」
「いや、ステータス以外に何だって言うのか逆に聞きたいよ?」
「銀狼だと思ったら白狼の血が混ざってたなんて冗談じゃねぇよ……」
再起動を果たしたふたりに詰め寄られる俺ことファーストフェリちゃんです。サードがウィキフェリとか呼んできたんだが……まぁ、そう間違ってもいないからそれでいいような気がするぜ。
それにしてもなんだろうな?
スーサンの反応は俺が白狼だとあまり良くないみたいだ。
「まぁそう落ち込まないで」
「売れんわ! 絶滅したはずの種族やで!? 一族最後の生き残りやん! 値段つかれへんわ!」
「そんな絶滅危惧種保護団体でもあるまいし。あと口調……」
「ほっとけ。腐れ聖女はその保護団体によぅ似た協会の副会長やからな」
うわぁい。
あれとはもう二度と会いたくないな。本気で、心の底からそう願う。
「しかも2歳って……見えんわ」
「あー、うん。それは自覚してるつもりだけど」
「あとなんやこの技能の数。20歳でもここまでいくのは無理ゲーやで」
「そうなの?」
「それに数よりもレベルの方が問題や。レベルⅤ以上は相当鍛錬せな辿り着けん域やってのに……」
「そーなのかー」
血筋とか継承記憶とか脳内同体合同演習とか色々な要因があるけど、やっぱこれってチートじゃね? スーラを含めると4人分の意識がひとつの身体にあるようなもんだし。
ベル様の魔法技能ってたしか40近くあったはず……あの人は俺たちとは違って元々の飛び抜けた転生型リアルチートだけど。
サードも魔眼とか視覚系の技能だけでも二桁はあったから……単独でも十分に強者足りえるな。意思やバランスは別として。
ぶつぶつと暗く沈み小さく呟いているスーサンは無視し、司祭様の意見も聞いてみる。
「属性が炎と氷とは……非常に珍しいですね」
「そうなの?」
「相反する属性を持つというのは一歩間違えればどちらの力も失ってしまう危険性があるということでもあるのです」
「イメージではまぁわかるけどそんなに炎と氷ってそんなに離れたものなのかな?」
「そうなのでは? 火と水は混ざり合わないでしょう?」
「うーん、相反する……ねぇ。熱力学って知ってる?」
「なんですかそれは」
「物理学の一端だ」
スーサンが復活した。ついでに口調も元に戻ってる。
目は死んだままだが。
「熱運動の操作だとすれば炎も氷も成り立つんじゃないかな?」
「……俺はそこまで物理学にも魔法学にも詳しいわけじゃないからこれだけは言っておくが、物理にだけは喧嘩売るなよ」
「なんで?」
「それが神々のルールだからだ」
「魔法がある世界でそれは……」
「言うな。……この話はこれで仕舞いだ。いいな?」
「……はーい」
ま、かく言う俺も物理学とかよくわからんし。知ってることと理解してることは別なんだよな。なんだかよくわからないけどなんかできるってのが魔法なんだよ、きっと。ファンタジーなんだから気にしたら負けなんだろう。誰と勝負してるわけでもないけど。
ダークマターって言われてもよくわからんだろ、つまりはそういうもんなんだろうよ。半世紀前のブラックホールとホワイトホールの認識くらい理解できない領域なんだろう。言ってる俺自身もよくわからんがな。
「じゃ、ありがとな」
「いえ、これが私どもの使命ですから。またいらしてくださいね」
「ばいばーい」
司祭様と別れ、教会から正規の手段で、つまりは普通に扉から出る。
さて。
ようやく奴隷商館に行けるわけだが。
まーぶっちゃけ俺としては飼われるより飼う方が好きなんだけど……え、あ。ちょっ、サードさんやめてやめて俺が俺じゃなくなっちゃうからキャラ崩壊しちゃうからごめんなさいごめんなさい口調わかんなくなっちゃうからやめてまじで死ぬ死ぬ死んじゃうって!
……。
よし。
なんとか持ち直したウィキフェリちゃん大復活だ。
なんかもう疲れたよパトランシュ。
俺、犬を飼うならパトランシュって名付けるんだ……。
――なんてふざけていたら着いたぜ奴隷商館。
いや、割と真面目な問題だったんだけどな?
俺はあんまり縛られるのって好きじゃないんだよ。
サードの意思を尊重した結果こうなってるわけだけども。
ベル様は余程のことがない限り自分にすら無頓着だし。
「フェリ。緊張してるのか?」
「そこそこね」
「安心しろ。俺もだ」
スーサンもかよ。
あぁ、俺が売れるかどうかわかんないからかね。
……嫌な予感、というよりも、嫌な未来予想図が当たらなきゃ俺はどうだっていいんだけどな。
種族繁栄の為にバンバン繁殖しろとか言われたらとりあえず目に付いた雄を片っ端から皆殺しにしていくつもりだ。俺は男に抱かれて喜ぶ趣味はねぇ。
この問題はサードにはまだ早すぎるしベル様は当てにならん。
スーラは論外。
つまり、俺が対処せにゃならんってことだよ。
あぁ、妙なところで心配性なのは俺の悪い癖だ。
目の前の扉が地獄の門に見えてくる。
「いらっしゃいまs――お待ちしておりました。主様がお待ちです。どうぞこちらに」
「ああ」
入ってみたら顔パスってレベルじゃなかった。
別室、というか社長室みたいな豪華な部屋で即面会だ。
金ぴかなネックレスやら指輪やらモノクルやらを身に着けて眩しい金髪で中背中肉な中年のおっさんがここのトップらしい。装飾品がなかったらただの一般市民って感じなんだが。
「待ちわびたぞ我が友よ」
「まずひとつ、言っておかないといけないことがある」
「ふむ? 構わん、申せ」
仰々しい言葉遣いだなぁ、とは思ったが口には出さない。
身を弁えるのは奴隷の基本だろうしな。
「こいつのこと、どう見える?」
「ぬ? ステータスは、フェリ……しか見えんな。我が見聞きところ銀狼だそうだが?」
「あぁ、銀狼ではあったが、白狼の血も入ってた」
「なんと!? それは誠か!」
……なんというか、どれだけ物々しいキャラをしていても見た目が普通だから演劇でもしているんじゃないかって感じが否めない。どこまでいっても小金持ちな雰囲気が纏わりついてるとでも言えばいいのかね。
「だが、白狼ともなればいくら金を積んだところで買えるものではないぞ? そなたは何を望む?」
「正直、俺もそこに困ってる」
「ぬぅ……」
金で解決できないことって結構あるよな。
……あるよな?
俺としては適当に食って寝て遊んで戦えればそれでいいんだけど。
子供の意見だなぁ……なんて。実際、幼児なんだけどさ。
「種族のことはひとまず置いて、それ以外で決めたら?」
「ん? あぁ、そうするか」
「良かろう」
俺の提案は意外とあっさり受け入れられた。
それでいいのか大人たちよ。
……良いって言ってんだし俺が言うことじゃないけどさ。
「これだけの技能数と成体のワイバーンを単独で退けるだけの実力か……聖貨180枚でどうか?」
「少ないな。フェリはまだ2歳だ。もっと値が付いてもいいんじゃないか?」
「……我の負けだ、良いだろう。天貨2枚だ」
「やけに素直だな?」
「元々値が付かんのだ。天貨2枚で済むのなら安いものだろう?」
「そう、かもな。あ、支払いはせめて聖貨にしてくれよ。天貨なんて領地を買う時でもないと使えないからな」
「分かっている。分割で良いか」
「もちろん。前に借りた分は差し引いておいてくれよ」
「うむ」
俺、2億円相当に決定!
高いのか安いのかよくわからんが、ワイバーンを狩って1頭丸々売ったとしても数千万らしいから一般人には手が届かないところではあるんだろう。
でも金ってあるところにはあるんだよな……。
この時代、貴族の金銭感覚ってどんなもんなのか。公爵クラスにもなると俺くらいポンっと買えそうな気がするけど。
ちなみに。聖貨100枚で天貨1枚になり、ウェン換算にすると1億ウェンとなるらしい。聖貨あたりから一般流通にはあんまり出回らないものなんだけどな。百枚単位で動くのは上流貴族の戯れか戦時かってくらいに。
「つーわけでフェリ、お別れだ」
「うん。スーサン、元気でね」
そこそこしんみりする。
スーサンはこういうのにはもう慣れきってるんだろうが、俺は初めてだし?
だが、そう暗い空気でもない。
なぜかって?
「ヤーサンの作る衣装が出来上がったらまた来るけどな」
「そうだろうと思ったよ」
どんなコスチュームが飛び出すか、楽しみだ。
なんかもう自分の性別とか気にならなくなったな……。俺は元々の人格核がないからとりあえず男ってことにしていただけだったし。
俺っ娘ってどうなんだろ。
奴隷の身分としては矯正されそうだからやらないけど。
「じゃ、頑張れよー」
「またねー」
スーサンは特に思うこともないようで、あっさりとした別れになった。
まぁ、会おうと思えば会えるし。
「早速だが、フェリ。君は教育を受けたことがあるかね?」
「ないです」
「ふむ。そうか。ティー!」
新たなご主人となった男(そういや名前聞いてない)がスーサンの出ていった扉に呼びかけるとひとりのフリフリなミニスカのメイド服を着た少女が入ってきた。歳は……14,5歳くらいに見えるけど、エルフ耳っぽいのが長いエメラルド色の髪から覗いているし想像の数十倍は違うかもしれない。
(この娘……どこかで)
(どうしましたベル様?)
(……なんでも、ない)
(お知り合いですか?)
(……知らないはずよ)
(そうですか)
ベル様はこっちでの前世をいくつも持ってるから知ってる顔が広いんじゃないかと思ったが、最後に死んだ時の年号が現在では使われていないから最低でも数百年は空白期があるそうだ。
数百年という月日は長寿種のエルフでも世代交代が何代か進んでしまい表舞台で知ってる顔はいないだろうと予想されている。
だとするとこのエルフメイドちゃんは知り合いの曾孫あたりかな、なんて俺は予想してみる。
ちなみに今の暦は聖暦329年だ。これの前は陽暦450年まであり、さらにその前は人暦2700年、くらいだったかな?
「お呼びでしょうか」
「新入りのフェリだ。レッスンプランはG7」
「G7!? ――はッ、畏まりました」
「フェリ。分からない事があればティーに訊け。我は忙しい身でな」
「はい」
「では行け」
「はい、失礼致しました」
エルフメイドさんと一緒に扉の前で一礼し、部屋を出る。
レッスンプランってなんだろう。
G7と言われた時の反応を見るにこれからかなり高度な教育が始まりそうだ。一時的に完全記憶能力でも発現させれば楽勝だけど。知識と演算は俺の領分だし。
「フェリ、私のことは……ティー、お姉さまと呼びなさい」
「はい。ご主人様の名前はなんと言うのですかティーお姉さま」
「お姉さま……ぶふっ」
「ほぁ!?」
鼻血噴出して真っ赤に染まるメイド服。
呼べって言ったのはティーなのに。
「い、良いわ。最高。貴女はこれから私が責任を持って一人前のレディにします。ご主人様のお役に立てるように、払われたお金分以上の働きを期待しています」
「はい。これからよろしくお願いしますティーお姉さま」
「げふっ」
今度は吐血した。
あんたいい加減にしないと貧血になるぞ。
血まみれのメイドに連れられ、気が付くと俺は脱衣所にいた。
「まずは身体を清めないといけません」
「ティーお姉さまの血の方が問題だと思う」
「ごふっ……ええ、そうね」
(ファースト。代わりなさい)
(え、ここにきてそれはいくらベル様と言えど横暴では)
(代わりなさい)
(あの俺は別に裸が見たいとかそういうやましい気持ちがあるわけでは)
(代わりなさい)
(いえあの)
(代わりなさい)
(……はい)
もうやだ。寝る。
不貞寝してやる。
その後、風呂場でなにがあったのか、俺は知らない。
サードは知ってるっぽいが。
俺は、ベル様のことが、わからない。
……ともかく。
俺ことフェリちゃん、改めて正式に、奴隷となりました!
結局名前が出なかったシャッチョサン、もとい、ご主人様。「地球人じゃないから名前とかいらんやろ」という作者のいじめである。門番にはちゃんと名前付けたのにね。
で。これにて第0章終了です。
せっかくのクリスマスだし時季ネタ書きたいなぁ……でも季節設定してない。