第六話 決戦
#第六話 決戦
「今日集まってもらったのは他でもない。子爵団として、未来の話をしたいと思う」
ルース・ラングリスの言葉で始まった子爵団の会合は漠然としすぎて皆が一様に顔を見合わせる。何の事なのか皆目見当が付いていない。
「未来とは何の話だ?」
ガルニエ子爵が口を挟む。最近はチーズを買ってくれる上客が増えて来たので機嫌がよい。
「まず、今の話をしよう。我がラングリス家の特産品はじゃがいも。これを生産し各地に出荷している」
「おお、ラングリスのじゃがいもは確かに有名だな」
「ただ、じゃがいもはじゃがいもとしてではなく、でんぷんや粉末に加工されたり、蒸留酒として加工されたりする。アルディ家のスピリッツと言えばまだ子供でも知っている程有名だ」
「確かに。ワシも時々飲んでるな」
クロード子爵が言う。エミリーの父とよく一緒にお酒を飲む仲だ。
「他にも、メルヴィルの小麦、ガルニエのチーズ、クロードの木材、ベルフォードの銀細工、アルノーのはちみつ、とそれぞれ特産品があるが、現状に幾つかの課題を抱えている」
「例えば?」
「アルノーのはちみつはセディックの花があって初めて成り立つ。クロードの木材は移動費、乾燥までの倉庫代や管理費が掛かる。銀細工は職人が足らず、ゆえに貴重品扱いされているが、実際には大量の注文を失注している」
「現状は分かった。ではどうするのだ?」
「まず、ラングリス子爵団で経済圏を作りたい。ラングリスのじゃがいもはモントレーでスピリッツを作り、モントレーのブランドを有名にする」
「おお、それはありがたい」
モントレー子爵が言う。
「他領との流通は通行税が掛かるが、これらを子爵団内では大幅に減税する。そして、子爵団内での互助制度を作り、よりよい商品を作る為の出資を行いたい」
「どういう事だ?」
ガルニエ子爵が口を開く。
「ちょうど例に出そうと思っていた。ガルニエのフレッシュチーズは大変評判だ。だが日持ちしにくいので遠くまでは運べない。だが熟成チーズを作るには最低でも一年は掛かるから熟成チーズを作る余裕がない。違うか?」
「その通りだ」
「だから互助会が出資し、熟成チーズを作るまでの生活を保証する。そうすれば今までよりもっと遠くにチーズを運べる。ガルニエのチーズがアルドワーズを代表する事が目標だ」
「すごいな、他には?」
「クロードの木材は乾燥させたものを売っているが、生木をクロード領で売る。そうすれば運搬に掛かる費用と乾燥までの費用が不要になる。そして、そんな面倒な事をしたくない客には運搬と乾燥を代わりに請け負う。そして職人も合わせて売る。クロード建築として有名にしたい」
「なるほど、色々と考えられているな。それで、今日集まった理由は?」
「ご存知の方もいるかと思うがセディック子爵は元々ラングリス子爵団に招き入れようとしたが、統括として名乗りを上げたので敵となった」
「で、ラングリスに統括の資格なしとしてアピールする為の工作が行われる、と言う事か」
「その通り。アルノー子爵はセディックの花なしでははちみつを作れないが、子爵団内は税制を優遇する事で色んな場所ではちみつが作れる。そうなればセディックに弱みを握られる事もあるまい」
「これはいいな。大雑把な事は分かった。では子細に決めていこうじゃないか」
「もう一つ、セディックはラングリスの下に付きたくない一心で統括に立ったはずだ。そうなるとセディックの配下の子爵についても調べ、必要であれば引き抜き我が子爵団に招き入れたい」
「セディックのやろうとしている事を逆にやるわけだな」
「そうだ。そして、敵の弱点を探す参謀はエミリーの弟アルヴィスとその友ノールだ」
「アルヴィスか。それは頼もしい」
ガルニエが自らの体験を皆に語って聞かせた。
アルヴィスはヴェルナー領にいた。
かつてボロボロになりながら馬に連れて来てもらった時とは違う、自信に満ちた顔だった。
ノアが毎日足を運んだ史書館へと向かう。建物の一部が巻貝のようにねじれている。
「ここがノアのいた場所か」
馬を留め中に入る。
ほとんど利用者もおらず人の気配も音も僅かしかしない。
受け付けを済ませ、入れる場所を聞いてから、まずは誰でも入れる部屋に入った。
書棚が並んでびっしりと書物が詰め込まれている。とても並べてあるとは言い難い。
この一つ一つを整理整頓するなんて、途方もない時間と記憶力が必要に思えて怯んだ。ノールの凄さを改めて知った。
書棚の壁を曲がると部屋の奥には机があり、気に入ったものは座って読む事が出来るようだ。
そこに、優しく光に包まれた少年が机に突っ伏して寝ていた。
(ノア)
声に出さず、声が出ず、心で呼びかけた。
ゆっくりとその姿は消えた。
ここにノアがいた。手の届く距離で、寝息が聞こえる距離で寝ていた。
とても嬉しい気持ちでいっぱいになる。
ノアが悩み、ノアが気付き、ノアが手紙を書き、ノアが一緒に喜んでくれた場所。
部屋を出て階段を上がった。子爵の身分のアルには二階までしか閲覧権限はない。だが同じ伯爵領の子爵に関する事だ。問題ない。
アルドワーズ伯爵領。その中のセディック子爵についての記載を調べる。
書棚を見ると何順に並んでいるのか全く見当が付かない。仕方なく順に見ていこうとした時、視界の隅にノールがいた。
(ノア)
振り向くと、書棚の中ほどを指さして微笑んでいる。
(ありがとう)
セディック子爵家についての特産品の花、輸出入品目の史料を取り出して机に持っていく。
それだけではない。比較するためには周りの子爵の情報も必要だ。書棚から色々な史料を取り出して机に置いた。
史料を机の上に広げて一つ一つ確認する。一つの気付きは新たな史料を必要とする。書棚を探す。視界の隅にノールがいてまた史料のある場所を教えてくれる。
比較。ノアが教えてくれた、過去から課題をあぶり出す方法。未来を予見する方法。何度も書棚と机を行き来する。
慣れない作業なので時間が経つのが早い。気付けば既に日が傾き始めている。
(今日はここまでか)
一日で全てを洗い出すのは無理だ。明日も明後日も課題を見つけ、攻める糸口を見つけるまで頑張ろう。
史料を元の棚に戻し史書館を退出した。
宿に戻りぼんやりと考える。
やはり、セディックにも家族がいる。当たり前の事だ。
守るべきものがあった。当たり前の事だ。
「ノア、君ならどうする?」
次の日も史書館へ行った。受け付けは二日連続で来たアルヴィスに気安く声を掛けてきた。
だが受け付けと話をしに来たのではない。史料と向き合い、自分と向き合うために来たのだ。
再び二階に昇り子爵が閲覧可能な部屋に入った。
昨日読み切れなかった史料を取り出し、机に並べて考える。
「ノア、これはどうだろう」
『いいね、これならセディックは相当参ると思う』
机の向かいからノアが乗り出して史料を指さしながら言った。
ノアとの会話は夕方まで続いた。結論は出なかったが、しあわせな時間をすごせた。
次の日も史書館へ行った。もう受け付けは気安く声を掛けて来なくなった。子供が単なる暇つぶしに来たのではない事を理解したらしい。
「ノア。セディックにも守るべき家族がいる。ガルニエ子爵を覚えているだろう?屈辱的な扱いを受けて尚チーズを売る為に頭を下げる」
『ああ、分かってる。セディックを排除した所で何も変わらない。それどころか、次は自分の番だと皆が恐怖する』
「そうだ。だからなすべきはセディックを倒す事ではなく、共存の道を探る事」
全ての結論を持ってアルヴィスはメルヴィル家に帰った。それに合わせて会合も予定され、ゆっくりする間もなく会合が開かれた。
「我が友ノアと二人で色々調べましたが、セディックの弱点を攻めるのは得策ではないと結論付けました」
「何だと?セディックは我が子爵団の切り崩しを狙っているんだぞ?」
「セディック子爵を倒したとして、周りの子爵はどう考えるでしょう?次は自分の番だと考えませんか?」
「では、どうする?」
「セディック子爵は敵ではありません。であれば課題を共有し、一緒に解決する事を目指すべきだと考えます」
「そうだな、そうだ。敵ではない」
その後のアルヴィスの話を皆唸りながらも受け入れた。
セディック子爵との面会。
二人きり。いや、アルヴィスにはノアがいた。
セディックはアルヴィスの意見に耳を傾け、深く考え、そして、頷いた。
ラングリス子爵団が十二子爵に増えた日となった。
完




