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死の香り二輪 ー死なない殺人鬼と死を呼ぶ少女ー  作者: へびーねこ


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7/8

百合の花の咲くところ

病院を出ると、昼過ぎだった。

空は晴れている。

なのに、どこか薄暗く感じる。


「儀式、かあ……」


病院の玄関前で、私は伸びをしながら呟いた。


「マイちゃん。」


隣を歩くメイが、母子手帳を抱えながら言う。


「その儀式で、生まれてきたのかな、わたしたち。」

「知らないよ。」

「そっか。」


それきり黙り込む。

しばらくの沈黙の後、メイがそれを打ち破るように口を開いた。


「マイちゃんは、おかあさんと住んでたもともとのおうちを覚えてる?」

「覚えてるけど、なんで?」

「わたしは、覚えてるようになってからはおばあちゃんの家に住んでたから。」

「……結局、何?」


メイは、少し眉を吊り上げ言った。


「いっしょにさ、マイちゃんのおうちにいこう。そしたら、何かわかるかも。」


その瞳には、「知りたい」という強い意志が見える。

そして、メイほどではないかもしれないが……私にも、同じ意思が宿りつつあった。


「わかった。一緒に行こう。」


メイの手を握り、歩き始めた。


………


私の生まれた家は、病院から一駅の場所にある。

再びの快(・)適(・)な(・)旅(・)を経て、私たちはかつての自宅……おそらくは、儀式の会場であったであろう場所へとやってきた。


「ここなの?」


家の門を見つめながらメイが言った。


「たぶんね。」


記憶の中の家は、もっと大きく見えた。

門は高く、庭は広く、玄関までの道はやけに長く感じた。

けれど、目の前にあるそれは。

ひび割れた塀。錆びた門。枯れ草だらけの小さな庭。

どこにでもある、古い一軒家だった。

玄関の戸に手をかける。鍵のかかっていなかったその戸はぎい、と嫌な音を立てて開いた。

中から、湿った木の匂いが流れ出てきた。人が長く住んでいない家の匂い。


「おじゃまします……」


メイが小さく頭を下げる。


「誰もいないよ。」

「でも、いちおう。」


小さくはにかむ。

廊下には埃が積もっている。壁にはところどころ黒い染みがあり、天井の隅には蜘蛛の巣が張っていた。

それでも、あの頃と同じ家具の配置にわずかに懐かしさを覚える。


「マイちゃん、これ……」


メイが食器棚の淵を指さす。そこにあるのは、ちいさな写真立て。

それには、二人の女性の映った写真が飾られている。

腹の大きい女の人。

隣には、同じように腹の大きいもう一人の女。


「これが、百合子さん?」


メイが尋ねる。


「たぶん。」

「じゃあ、こっちが、わたしのママかなあ……」


川橋咲良。

メイは写真をじっと見つめた。その表情は、いつも通り薄い。けれど、母子手帳を抱える手に力が入っているのがわかった。

写真の中の二人は、笑っていた。

幸せそうに。

心底、嬉しそうに。


「……行こう。」


写真立てを伏せ、奥へ進む。

居間。台所。風呂場。二階の部屋。

どこも古く、埃っぽいだけで、特に変わったものはなかった。

だが、一階の奥。仏間らしき部屋の前で、メイが足を止めた。


「あれ……」

「どうした?」

「このおへや、なんか……」


うーん、と。小首をかしげて言葉を探すメイ。


「なつかしい?」


そう言って、襖に手をかけた時。

ぞっとするような冷気が背筋をなぞった。

決して、部屋が寒いわけではない。しかし、メイもまた、襖を開ける手を止めている。


「もしかして……」


メイが怯えた表情でこちらを見やる。

私はメイを押しのけ、ぎゅっと目をつむり襖を開いた。

__目を開けると、そこは。とても仏間と言えたものではなかった。

畳がすべて剥がされ、床板がむき出しになっている。

壁一面には、赤黒い線で何かが描かれていた。

よくよく見れば、それは無数の花。

絡み合う弦、舞い上がる花弁、そして月。

そして部屋の中央。床に、大きな円が描かれている。円の中には、二つの名前。

「川崎 舞」

「川橋 冥」


「なんなの、これ……」


言葉を失い、立ち尽くす私を横目に、メイはそこに足を踏み入れる。

そして円の中心でこちらを振り返り、言った。


「あったかいね、ここ。」

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