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「うお、久しぶりだな!お前をテレビ以外で見るの、天鞠のとこで会ったとき以来じゃね!?」
警察署内の個室のドアを開けたとたん、ものすごい大声で話しかけられて若葉はぎょっとして足を止めた。
声のしたほうを見ると、征一郎と同じくらいの高さにある金茶色の短髪が廊下の照明とともに目に入って、若葉は見開いていた目を今度は眩しさで眇める。額の中ほどまであるピンピン跳ねた前髪の下にある透き通った水色の瞳が、彼を『能力者』であったと証明していた。その瞳は若葉ではなく、その後ろから歩いてきた征一郎に向けられている。警察の制服を着ているので、警察官なのだろうが、なんだかちょっと、ノリが警察のイメージとはかけ離れていると感じてしまう。
「ああ隆斗、久しぶり。相変わらずだな。…若葉、この男が先ほど言っていた【警察内部の知り合い】の一人だ。飛鳥井隆斗、高校の同級生にあたる。」
幾分楽しそうに微笑んだ征一郎は、金髪の警察官に短く返事をすると、真紅の瞳で若葉を見下ろして端的に男の紹介をした。
十数年前、地球全土にくまなく小さな流星群が降り注いだ。幼児だった若葉は記憶にないが、その流星群のかけらが体にぶつかった生き物は外傷を負い亡くなるものも多かった。しかし、流星の欠片が体内に吸収されたものの半数以上は、攻撃性の高い『エネミー』へと変貌してしまった。
人間という生き物も例外ではなく、怪物となった人間たちは文字通り自我を無くして害をなす存在になった。その後、都を追われて、軍に討伐されることとなる。流星群で重傷を負ったもの、エネミー化したもの、エネミーに襲われたもの…諸々の事情で地球上の生物は激減した。
又、体内に欠片が吸収された生物の何割かは正気と姿を保ったまま、地球上の生物ではあり得ない能力を授かったものもいる。能力を授かると髪色や瞳が宝石のように変色したという。
あるものは、背中に翼を生やして空を飛び回り、あるものは雷を操り、またあるものは炎を意のままに扱うことができた。若葉の知り合いにも、糸や紐をを自在に操る能力を持っていた人がいる。
不思議なことに、その能力というのは20歳の誕生日になると途端に消えてしまうらしい。つまりは、能力が発現したのは19歳以下の子どもたちのみということになる。
子どもたちが能力の使い方やルールを守り、暴走することを防ぐため、都は急いで能力者専用の学校を設立した。
現在は最後の能力者が二十歳を越えた結果、
能力者は存在しないとされている。
征一郎と警察官の男ー隆斗はその能力者学校で同級生だったということだろう。
廊下で壁に寄りかかって二人を待っていたリアムがゆっくりと動き出し、苦笑いで近づいてきた。
「隆斗さん、先週ぶりです。めちゃくちゃ声響いてますよ。」
「おっ、リアム。そっかこの前サキさんの店で会ったもんな。私服じゃん、休みなのに征一郎に呼び出されたか?お疲れー!」
バッシバシ豪快に背中をたたいてくるリアムは、いってぇっす!と本気でブルーの瞳を細める。リアムには外国人の曽祖父の血が入っていると聞いたことがあるのでそのための青い瞳だと思っていたが、この三人の気安さを見る限り、リアムも能力者学校の生徒だったのだろう。確かリアムは征一郎の1つ年下だったはずなので、後輩ということになる。
大きなため息をついたリアムは、未だドア付近で固まる若葉の背中を押して動きの再開を促した。目に見えてはっとした若葉は慌ててドアをさらに開けると、使用人らしくお辞儀をして主人を先に廊下に出し、廊下に出たことがわかるとそっと自分も部屋の外に出て、ゆっくりとドアを閉める。
若葉が三人に向き直るのを待ってから、改めてリアムが口を開いた。
「若葉ちゃん、この隆斗さんが、君にちょっかいだした男を現行犯逮捕したおまわりさんなんだって。」
「えっ!?あ…ありがとうございました。」
そういえば、若葉が呆然としている横をすり抜けて凄いスピードであのペンキ男を追いかけていったのは、金髪の警察官だった。
若葉が礼を言い頭を下げると、金髪の警察官ー隆斗は人懐っこく見下ろすと笑顔を向けて、両手を腰に当てた。
「いやいや、俺はこういう仕事がやりたくて交番にしがみついてるから!むしろ大歓迎!」
「はぁ…」
「あいつ意外と足遅くてさぁ。結構すぐ捕獲できてちょっとつまんね」
「えぇ…」
「…隆斗さん、若葉が引いてます」
「えっなんで?」
「お前が警察官らしからぬ発言をするからだろう」
ぽんぽん飛び出す旧友たちの言葉に若葉は着いていけなくなって顎を少し引く。
若葉の頭の上30cmで繰り広げられる男性たちの会話に、リアムが言った通り少し、引いていた……というか。
壁を感じた。
(なんか、いくらわたしが可愛くてメンタル強いとはいえ、すむ世界が違う。)
片や、学もあり能力もあり立派な仕事について心身ともに鍛えぬかれた人たち。
片や、容姿はいいと自負しているものの、その日食べるものにも困るほど切迫した生活を送る学歴無しの若葉。
違いすぎて、話に入る気にもなれなかった。
が。
自分を卑下する言葉を頭のなかに並べ立てることで忙しかった若葉のウエストに、ふと伸びる腕があった。
嫌らしさの欠片もなく、さりげなく、上流階級のそれで若葉の腰を抱き寄せたのは、他でもない若葉の主人の征一郎だった。
「は…?」
「おい征い…」
「隆斗。」
仕事中ならば失礼でしかないような、思わず漏れた疑問だらけの若葉の吐息混じりの声とリアムの困惑した呼び掛けを見事にスルーした征一郎は、大きな手のひらで若葉の腰骨辺りを覆うように支えると、若葉の顔を見下ろすことなく視線は隆斗を向いていた。
今まで和気藹々としていた空気が突然ひりつく感覚に、若葉は何事かとこっそり視線を動かして周りの様子を伺う。
隆斗は征一郎の視線を受けて余裕のある笑みを浮かべて両手をポケットにいれるという相変わらず警察官らしからぬ態度。
リアムは、どこに呆気にとられているのか、若葉が見たこともないようなぽかんとした表情で、右手が征一郎を止めようかどうかさ迷っている。
肝心の征一郎の表情は、真上にありすぎて見えなかった。
「で、飛鳥井巡査部長、うちの大切な若葉に仕掛けてくれた人物の背後はわかっているんだろう?いつ教えてくれるんだ?」
「えっ、はっ、ちょっ、ううううちの!?」
若葉はいろいろ限界値を越えていて、あわあわと両手を上げたり下げたりしてはいるのだが、他人のことは眼中にない隆斗と、若葉の反応はどうでもいい征一郎とが話しているのでリアムが我に返ってくれないと若葉はしばらくこのままなのだろうと言うことがわかる。
征一郎の挑むような視線を受けた隆斗は斜めに顔を傾げ、口の端を上げて見せた。
「さーあ?わかんねぇな?紅丸分家当主の方がご存じなんじゃねぇの?」
いくら隆斗と言えど、情報を漏らすことはないようだ。それがわかると征一郎はフッと笑い、若葉の腰から手を離した。
やっと酸素が吸える思いの若葉を見やることなく、征一郎は捨て台詞を吐く。
「そうだな、紅丸に楯突いたんだ、どうなるかわかってやってるんだろう、礼をしなければいけないな。」




