672話 「『火と傷』壊滅作戦 その1『突入開始』」
「これより『火と傷』壊滅作戦の説明を執り行う」
その晩、夜茉莉が保有する武装船の一室では、シャカアスカが地図を広げていた。
その周りにはアッカランやイリージャといった、それぞれの隊の責任者が集まっている。
「まず、敵の拠点は間違いなく、ここのロードキャンプ群にあることがわかった。正確にはその地下にある坑道跡地だがね。さらにその入口は各キャンプそれぞれに設置されていて、中で複雑に絡み合っているようだ」
「厄介だな。それだと逃げ道が多いぜ」
アッカランが顎に手を当てながら、しかめ面になる。
世紀末商会は強いものの、やはり数の少なさがネックであり、分散すると戦力がかなり低下するおそれがあった。
加えて地下への突入作戦ともなれば何が起こるかわからない。
「相手もそれを狙って、ここに拠点を築いたのだろう。どこかの坑道から敵が来ても迷路に引きずり込んで惑わすこともできるし、今述べたように別の入口から逃げることもできる。たしかに厄介だ。が、攻略法はさして難しいものではない」
「何か策があるのか?」
「策はすでに打ってある。さきほど得た情報では、クラス・レッツのエリション・ヘレが動いた」
「エリション・ヘレ? 誰だそいつは?」
「エリションはクラス・レッツ領主であるモアションの次男だ。その彼が領主の名代として兵約二百五十を率いてキャンプ群に向かったそうだ」
「兵を出すってことは討伐が目的か? だが、クラス・レッツが今になって動いたのはなぜだ?」
「言っただろう? 事前に策を打っていたからだよ」
「まさかお前がやったのか? どうやって?」
「人間は感情にはあらがえないものだ。それが伝統や歴史を重んじるような人物ならば、少し刺激してやれば簡単に動くものさ。せっかくスザク・クジュネが来てくれたんだ。利用しない手はない」
スザクに『火と傷』の情報を流したのは夜茉莉だった。
海軍への密告という体を取って流したもので、信憑性を高めるために今まで潰した末端組織の情報も一緒に送っている。
スザクがどう判断するかは賭けだったものの、ハピナ・ラッソでの海軍の腐敗を見た直後だったこともあり、すぐに動いてくれたのも計算通りであった。
「私もそれなりに北部の歴史を学んでいる。モアション・ヘレが情報通りの人物で助かった」
「ってことは、あの時からこの状況を想定していたってのか? まだ南側のロードキャンプを探る前だったよな?」
「あらゆる可能性を考慮して先んじて動くのが兵法の基本だ。仮に北側に本拠地がなくとも我々には何ら損害はない。あくまでハピ・クジュネが治安維持を買って出てくれたにすぎない。スザク・クジュネという青年もまた情報通りの人物だったということさ」
「情報だけでそんなに確信が得られるものか?」
「信頼に足る情報網があれば、という前提だがね。ちなみにスザク・クジュネとモアション・ヘレは一度だけこの目で見たことがある。前者は演説の時、後者は商人として会いに行った時にね。やはり自分の目で確認した情報が一番信頼に足るのは変わらない事実さ」
「さすがは夜茉莉ってことか。で、そのエリションってのは強いのか?」
「情報では、かなりの使い手のようだね。十年以上前だが、ライザック・クジュネに勝った実績もあるそうだ」
「そりゃいい。強いやつを派遣してくれるなら万々歳じゃねえか。そいつらが敵を搔き回してくれれば俺らも楽ができる」
「その通りではあるのだが…」
「何か心配事でもあるのか?」
「むろん、囮に使うことが主たる目的ではある。彼らが突入している間に我々が他の入口から突入し、逃げ惑う構成員を打ち倒す。それができれば一番だ。しかし、拠点への入口は各キャンプの住人によって守られている。いわゆる『人の盾』というやつさ。エリションが兵を率いたことは朗報だが、彼らがロードキャンプに対して強硬手段に出た場合、おそらくは面倒なことになる」
「キャンプの連中は組織とグルなんだろう? べつにやっちまってもかまわないはずだぜ」
「話はそう簡単ではないのだよ。これには『古い因縁』が関わった根深い問題が潜んでいて、それを利用した【トラップ】を張った者がいる。もっと早く気づくべきだったが、活動域の違いで完全なる情報を確保できなかった。ここでは相手のほうが一枚上なのは認めねばならないな」
「その相手ってのは敵の首魁のことか?」
「ああ、非常にてごわい人物だ。やつに関しては、すでにこちらの動きを察知して離脱している可能性が高い」
シャカアスカがキャンプや本拠地の詳細情報を得たのは、すでにディスフリートの離脱準備が終わったあとだった。
潜ませていた協力者も彼の術によって操作されていたことで、情報を得るのが遅れてしまい、それが決定的な差を生み出してしまった。
「残念だが首魁を捕縛することは諦めたほうがよさそうだ。深追いして倒せるような相手ではないよ」
「おいおい、まるでそいつのことを前から知っているような口ぶりじゃねえか」
「これまでは確証はなかったが、今回のやり方で確信した。彼は私が知っている人物かつ極めて優秀な人材だ。そして、もっとも危険な男だよ。迂闊に追えば手痛い反撃を受けるだろう」
「首魁が逃げているなら作戦は失敗か?」
「失敗と言うほどではない。敵戦力のほぼすべてが集まっているようだし、それの壊滅と囚われた者たちの解放も大事な任務となる。そもそも『火と傷』にボスなどいないのさ。たしかにやつが作った組織ではあるが、細かい集団が横で繋がっている乱雑な集合体、それが全容だ」
「そんなんで成り立つのかよ?」
「土台と資金があれば問題なく回るものだ。あとは悪の素養を持つ者が勝手に広げてくれるからね。この性質を鑑みるに最初から使い捨てにするつもりだったのだろう」
「なんなんだよ、そいつは。何が目的なんだ?」
「悪を集めて強化する、それ自体が目的なのさ。いや、手段でもあるかな。ともあれ今は火と傷の壊滅を優先しよう」
「具体的に俺たちはどうすりゃいい?」
「エリションの動き次第だが、どのみちクラス・レッツが攻めるにしても自分たちの領分を越えることはないはずだ。よって、我々はグラ・ガマン方面のキャンプから侵入を試みる」
「そっちも二十くらいあるんだろう? さすがに手が足りないぞ」
「問題はない。捕縛して尋問した者たちからの証言で、ある程度のルートは判明している。結局のところ全四十のキャンプ中、最奥の中枢まで繋がっている地下坑道は『七つ』だけで残りはフェイクだ」
これも考えてみれば当然だが、ロードキャンプをすべて繋げることは非常に大変だ。一つ一つがそれなりに離れているし、坑道も翠清山側に向かって掘られているので無駄が多い。
しかし、相手はそれを利用して、使っていない坑道はフェイクおよび敵を誘い込むトラップにしている。
たとえば住民に玉砕を迫ったキャンプは、すべてダミーだ。
地下の坑道は途中で塞がれており(もともと行き止まり)、敵が侵入した際は爆破して生き埋めにする罠が仕掛けられているという。
もしエリションが住人を粛清し、その後に地下坑道を調べた場合、生き埋めにされて部隊が全滅または半壊するだろう。これは住人自体も知らないのだから防ぎようがない。
「えぐいことを考えやがる。その責任も住人に押しつけるつもりだな」
「悪辣だよ。無駄がないともいえるがね。そして、我々はこの七つのルートをようやく全部特定した。クラス・レッツ側から三つ、グラ・ガマン側から四つ存在する。この情報もスザク・クジュネには追加で教えてある」
「エリションには情報を教えなくていいのか?」
「今からでは手遅れだし不自然だ。我々が関与していることを知られたくはない。それに、スザク・クジュネから情報提供を受けることもできるのだ。もしそれをしないのならば怠慢といえる。とはいえ、それだけの数がいれば陽動の役割は務まるはずだ」
「俺らのほうも四つは多いぜ」
「その点も問題ない。不要な地下坑道は『地上部から爆破』することで埋めるからね」
「マジかよ。豪胆だな」
「素直にキャンプから入る必要などはないのだよ。坑道の位置が判明すれば地上部から穴をあけて突入すればいい。ただ、囚われた者たちがどこにいるかまではわからない。そのせいで爆破を最低限にする都合上、敵を逃がす可能性が残るのは受け入れるしかないな」
「七割くらいぶっ殺せば組織としては終わりだ。ああいう輩はまた増える。その時にまた潰せばいいさ」
「そうだね。追い詰めたのは我々だ。今回はそれで妥協するとしよう」
「ルアンはどうする?」
「彼は我々が面倒を見よう。放っておくと危険なタイプだからね。その代わりにアッカラン隊には最前線の切り込みを頼む」
「おお、任せておけ。久々の大立ち回りだ。楽しませてもらうさ」
「では、真夜中になったら仕掛ける。それまでに配置についてくれ」
∞†∞†∞
真夜中になり、闇に包まれた荒野にはピリピリとした緊張感が漂っていた。
今宵、各勢力がそれぞれの思惑で動きながら、この地下坑道で大きな戦いを繰り広げようとしている。
ここで一度、各勢力の状態を確認しておこう。
肝心の『火と傷』の全構成員は、およそ千人と推察されている。
もちろん全員が本拠地にいるわけではないが、地道に外堀を埋めていった結果、その八割以上が集まっていると想定され、概算で八百人となる。
その中にはただの事務員や商品の管理係も含まれているので、数に対してそこまでの脅威は覚えない。
これはアッカラン隊のメンバーも言っていたが、盗賊は街に攻め込む力がないから抵抗力の弱い一般人を襲うのだ。実質的な評価は寄せ集めの盗賊団でしかない。
ただし、今宵はその中に『特級のイレギュラー』が存在するが、それに関しての情報は得られていないので今は伏せておくとしよう。
対するこちら側の戦力は、まずは切り込みを務めるアッカラン隊。久々の実戦ということで八十人の上級傭兵が集まっている。
アッカラン隊は最低でも独りあたり十人分の活躍をすることから、ゲイル隊の上位とも呼べる生粋の戦争屋だ。この段階で敵の戦力と同等以上と見てよい。
続いてシャカアスカ率いる夜茉莉の突入部隊が、銃火器を中心とした編成で約五十人。
突入戦になることから精鋭を集めており、イリージャもそこに加わっているものの、直接戦闘が得意なわけではないため内部における救出と破壊工作を担当する。
第三の勢力として、クラス・レッツのエリション率いる羽騎馬軍団が二百五十名。
戦力としては未知数な点はあるが、クラス・レッツの精鋭ゆえに最低でもグラス・ギースの上級衛士並みの実力はあるだろう。
問題は、彼らがどのような手段をもちいるか、である。
スザクから情報提供を受けていないかつ、もっとも行動が読めないのがエリションという男だ。
彼に関してはシャカアスカも完全には読めておらず、だからこそ自由に動かすことで自身も流動的に動く策に切り替えたといえる。
さらにはクラス・レッツ程度の街とはいえ、一応は軍隊なのだから扱いも難しくなる。シャカアスカ自身もそこまで大きな期待はしていなかったはずだ。
されど、『火と傷』に対してもっとも早く攻撃を仕掛けたのは、まさかのエリションたちであった。
「突撃だ! 敵を逃すな!」
「はぁはぁ! ギャレス様、俺らはもう動けない…です……はぁはぁ!」
「お前たちは無理をするな。人質の救出だけを考えていればよい」
エリションおよび、ギャレス率いる三十人の衛士隊が薄暗い坑道の中を駆けていた。
その傍らにはキャンプの住人もおり、彼らの道案内をしていたことがわかる。
ただし、住人はエリションと話した男ではなく『別のキャンプ』の人間だった。
(エリション様でなければできない作戦だな。いくら敵の策を見抜いたとはいえ、この戦力で突入するなど無謀すぎる)
なぜエリションたちが『最奥に繋がる正しい坑道内』にいるかといえば、実際のところは簡単な話だ。
『部隊を二十に分け』、それぞれが全キャンプにある坑道から突入を開始しただけである。そのどれかが正解なのは当然のことだ。
しかしながら、エリションも罠については考察していた。
普通に考えて二十の通り道は必要ない。それでは味方は出入りしやすいが敵も侵入しやすくなってしまう。いくつかはダミーだと考えるべきだろう。
よって、『外れルート』と思わしきキャンプに派遣した人員は十に満たない数であり、異常があったらすぐに撤退するように指示してある。
では、どうやってエリションが正解のルートを導き出したかといえば、こちらもそう難しい話ではない。
エリションが回った幾多のキャンプには【明確な違い】があった。
一つは自らの死すらも厭わない者たちで、彼らの存在はクラス・レッツの短慮を誘う罠でもあったが、そのどれもが外から見てもわかるほど防衛力が極めて低かった。
一方、『火と傷』の影響力が強いキャンプには、しっかりとした防衛設備があり、なおかつ住人たちにも戦いを強いていた。
その方法は最初のキャンプとは異なり、彼らの命または家族を人質にして従わせるという、とても盗賊らしいやり方だ。
住人の代表者が出てくるまでは同じだが、エリションたちが訪れれば過剰に反応し、緊張と不安でガチガチになる。戦いを強要されているのだから当然であろう。
そんな変化は見ればすぐにわかるし、その背後で武器を構えている『火と傷』の見張りがいることも波動円でお見通し。
唯一の懸念点は、どのキャンプにしても坑道に立ち入る際には住民側との接触が不可欠で、何かしらの被害が出ることだろうか。
殲滅といった真似はしないものの、抵抗する者たちを押し退けるだけでも怪我人は多数出てしまう。
が、それを知っていてもエリションは作戦を強行した。
死んでも譲らないと豪語していたキャンプでは、激しく抵抗する者だけを縛り上げて家屋に閉じ込め、坑道の入り口自体を物理的に封鎖。
無理に突入はせず監視だけにとどめることで、少人数の衛士でも対応できるようにした。
数の不利についても作戦前にクラス・レッツには早馬を走らせているため、早い段階で増援が来るだろう。
その間は待つ選択肢もあったが、グラ・ガマン側を含めてすべての坑道をカバーできないことから、エリションたちは戦力を集中させて本命のキャンプへの突入を決定。
住人はできるだけ殺さない予定だったものの、場が混乱に陥ったことで幾人かの死者は出てしまった。盗賊たちに加担していたのだから、この程度の被害は受け入れてもらうしかない。
そして、ここからがエリションの腕の見せ所だ。
見張りの盗賊たちをすべて殺したあと、戦いを強要されていた住人たちを説得し、自らの手で人質の奪還を果たすべきだと諭す。
これには住人たちも困惑したが、クラス・レッツによる保護の確約と死んだ住人を見て覚悟が決まったようで、成人男性の中から十数人の有志が名乗り出てくれた。
今一緒に走っているのは彼らである。
(正直に言えば素人の住人など足手まといだが、これによって我々の正当性が保証される。そのことも考慮してのことだろう)
住人自体が証言してくれれば敵の目論みも打破できる。
そう、仮にここにいる者たちが死んだとて、そのキャンプにとっては名誉の戦死にすぎない。それが逆に生き残った者たちを救うことになる。
この考え方は罠を仕掛けた者とは真逆。
より武人らしく、より誇り高いエリションの思考が敵の策を上回った瞬間であった。




