671話 「乱世の才覚」
クラス・レッツを出発したエリション率いる羽騎馬軍団250名は、全速でロードキャンプ群に向かっていた。
その間は何の障害も妨害もなく、時速二百キロで走っていること以外は至って静かな進軍であった。
そもそも羽騎馬軍団はクラス・レッツの精鋭部隊だ。
これだけの速度が出ていれば、そこらに出る第五級の抹殺級魔獣ならばランスの一刺しで撃退でき、日頃から訓練を積んでいるため、仮に根絶級魔獣が出ても数の力で苦もなく倒せるだろう。(大型はきついが)
一団が最初のキャンプに着いたのは、およそ二時間半後。
すでに夕日が沈みかけて薄闇に包まれようとしていた頃だった。
「門を開けろ! 開けなければ破壊するぞ!」
高い壁を造り、門を閉めて抵抗するキャンプに対して、衛士長のギャレスが警告を発する。
彼らが無視を決め込むのは想定内だったため、同時に『破城槌』も用意される。
破城槌にもいろいろな種類があるが、今回持ってきたものはクルマに大きな杭を取り付けた簡素なもので、都市は無理でも街の門くらいならばたやすくぶち破れる代物だ。
ただし、どちらかといえば兵器そのものが持つ視覚的な威圧効果に期待されており、クラス・レッツが本気であることを示す意味合いが大きかった。
「無粋な道具だ。あまり好きではないな」
一方のエリションは破城槌には否定的。
運ばれていく兵器をつまらなそうに眺めている。
「申し訳ありません。ですが、友好的ではない相手に対して、これくらいの威圧は必要かと」
「お前の立場もわかる。責めているわけではないさ。しかし、あくまで平和的な解決を目指すべきだろう。このロードキャンプも好きで対立を選んだわけではないはずだ。過度な攻撃は再び帰属する際の禍根となる」
「それも道理ですが、武威を示せとのご命令ですので…」
「まあ、もう少し様子を見ようじゃないか。彼らの意思も確認したい」
待つこと三十分。
衛士たちに若干の苛立ちが芽生え始めた頃。
扉が開いて独りの老人が出てきた。
「これはエリション・ヘレ様。このような場所においでなさるとは何事でしょうか」
「私のことを知っているようだね」
「もちろんでございます。その羽騎馬の紋章は有名でございますから」
「兄のヘラションの可能性は考えなかったのかな?」
「武勇に秀でたるは次男のエリション様です。その凛々しさを間違えようもありません」
羽騎馬軍団のエンブレムのほかにクラス・レッツの血族しか付けられないエンブレムが存在する。
エリションのマントにはそれが刺繍されているのだが、それなりに詳しい者が見なければ、そうとはわからないだろう。
この段階で老人が長年クラス・レッツと関わってきたことを暗に示していた。
「では、私が何のために来たかも知っているはずだ」
「わたくしたちにクラス・レッツに逆らう意思はございません。ですが、あなた様を中に入れるわけにもまいりません」
「入れると不都合なことでもあるのかな?」
「はい、あります。それが契約ですので」
「ほぉ、ということは第三者からの干渉があったことは認めるわけだ」
「その通りでございます。ですので、できればこのままお引き取り願えれば幸いです」
「貴様! 誰に懐柔された!」
ギャレスがランスに力を入れながら老人を睨みつける。
さすがは元ブラックハンターというだけのことはあり、そこらの盗賊程度ならばひと睨みでちびってしまいそうな迫力だ。
しかし、老人は最初から恐怖という感情が抜け落ちているかのように落ち着いていた。おそらくはこの事態も想定済みなのだろう。
「ギャレス、そう興奮するな」
「ですが、こやつらは確信犯ですぞ! 我らとの約定を無断で破ったのです! 裏には犯罪組織がいるに決まっております!」
「だろうね。だが、おかしいとは思わないか。ただの一般人がこれだけの武装した者に威圧されて冷静でいられるわけがない。仮に武装組織の後ろ盾があったとしても抵抗すればこの場で死ぬんだ。この老人は少なくとも死を覚悟しているってことさ。安易な脅しには屈しないだろう」
「それは…ううむ。たしかに…」
「ここは私に任せてもらおう。ご老体、一つ訊いてもよろしいかな?」
「何でございましょう」
「君たちは誰かに無理やり、そうさせられているわけではないのだね?」
「少なくとも我々に関しては違います」
「そうか。ならばよかった」
「よかった…ですか?」
「それはそうだ。同じ領地に住む者同士、健在であればこれほど嬉しいことはない」
「…同じ領地ですか。そのわりに支援は限定的だったかに思えますが」
「当然のことではないかな。君たちはクラス・レッツの市民ではない。あくまで不干渉に付随する暗黙の協力関係を結んでいたにすぎない。だからこそ君たちも簡単に我々を見限ったのであろう? その関係に不満があったからだ」
「それは…」
「いや、いいんだ。君たちがそれでよいのならば咎めるつもりはない。取引相手が誰かは知らぬが、我々以上の支援をしてくれているのだろう。それならば万事解決だ。ギャレス、行くぞ」
「エリション様、よろしいのですか?」
「これでよいのだ。それとも無抵抗の人間をなぶり殺しにするつもりかな? クラス・レッツの名が泣くぞ」
「…わかりました。全軍、撤収だ! エリション様に続け!」
ギャレスは破城槌を引き戻し、違う方角に走っていったエリションを追いかける。
それを意外そうに見つめていたのは老人だけではない。
門の中では武装した人々が待ち構えており、もしエリションたちが攻めてきたら戦うつもりでいたのだ。
「助かった…のか?」
「そうみたいだな。絶対に攻撃してくると思ったが…」
「はぁー! 生きた心地がしなかったよ! あんなのと戦えないって!」
当然ながら、ここにいる者たちの大半は一般人だ。
中には傭兵やハンターを引退して流れてきた者もいるが、訓練された精鋭騎馬兵と比べるのはさすがに失礼であろう。
もし戦闘になれば間違いなくキャンプは全滅していたはずだ。
「でもさ、どうして攻撃してこなかったんだろう?」
「わからねぇ。ただの脅しだったのかも」
「いや、ただの脅しだけで羽騎馬軍団を出すわけがない。実際にあの強面の男はやる気だった。エリションの行動が予想外だっただけさ」
「エリション・ヘレ…あまり知らないけど、どういうやつなんだ?」
「変人という噂しかないな。まあ、武人としては優秀らしいから、あれが騎士道ってやつなのかね」
「………」
(あのエリションという男、見た目とは違って相当な切れ者よ。こちらの思惑に気づいて何もせずに戻っていったわい)
他の者たちが困惑する中、代表者である老人だけがエリションの真意に気づいていた。
老人たちは、まさにここで【討ち死に】するつもりだったのだ。
もしクラス・レッツが恫喝または威圧してきた場合、けっして服従せずに最後まで戦って全員が死ぬこと。
これが大量の物資と資金を提供してくれた者と交わした『契約』であり、支払うべき対価だった。
相当に厳しい条件であるが、なぜ老人たちがこれを受け入れたかといえば、それが他のキャンプを救う力にもなるからだ。
それに関しては、すでに離れた位置に移動したエリションがギャレスたちに説明していた。
「彼らは死ぬつもりだった。仮に我々が途中で制圧をやめても全員が自害する予定だったはずだ」
「まさか! なぜそのようなことを!? 気でも狂ったのですか!?」
「その蛮行を口実にして動く算段をつけていた者がいるからさ」
「我々を罠にはめる? いったい誰が…」
「普通に考えればクラス・レッツが邪魔な者、あるいは恨みを抱いている者かな。我らが歩んできた道はけっして清くない。そういうことも十分にありえる」
「しかし、それでやつらにメリットはあるのですか? 死んだら終わりでは?」
「二十分の一はそうだ。しかし、残りは助かる。人間はついつい自分のことしか考えないが、彼らは総体として生きることにしたのだろう。ものすごい勇気と覚悟ではあるがね。それだけ生活が苦しかったのだ」
「では、最初から我らを貶めるのが目的だったのですか? キャンプの住民を皆殺しにしたという汚名を着せるために?」
「それが主たる目的かは不明だが、一つの抑止力ではあったはずだ。それにおそらく、あのキャンプに連中の手がかりはなかっただろう」
「なぜですか?」
「我々としては汚名を着せられても犯罪組織さえ壊滅させられれば、それなりの口実にはなる。共犯だったのだから殺されても文句はない。荒野では誰もがそう考えるはずだ。だからこそ罠なのさ。お前だってそう考えていただろう?」
「なんと…もしそれが事実ならば怖ろしいことです」
「とはいえ、私は最初から強引な手段を取るつもりはなかった。父上もそれを知っていたからこそ選んだのだ。相変わらず慎重な御方だよ」
「では、武威を示せというお言葉も…」
「父上の立場上、そう言うしかない。衛士隊に対する面子もあっただろうね」
「…私が浅慮でした。申し訳ございません」
「いいんだ。それもまた良い塩梅になる。これを企んだ相手は我々が兵を出したことをたいそう喜んだに違いない。逆に事が思い通りに進まねば苛立つだろう。そこに付け入る隙がある」
「エリション様は最初から見抜いておられたのですか?」
「気づいたのはご老体の目を見てからだよ。あれほど『気に入らない目』を見たのは人生で二度目だった」
出会った時のライザック・クジュネは自分が一番優れていると思っていた。疑いもなく、それが当然であるように他者を見下した。
だからエリションは彼を潰した。ただ気に入らないから、というだけの理由で。
あの老人もまた同様の目をしており、そうしたある種の傲慢さを醸し出していたのだ。
「エリション様、率直にお伺いしたいことがございます」
「私が無意味な釣りをしていることかな?」
「…はい。その真意をお聞かせ願いたいのです」
「たいした意味はない。私は『時期』を待っていたのだ」
「時期とは?」
「いろいろと問題はあったが今までは平和だった。グラス・ギースは衰退しつつも安定していたし、ハピ・クジュネも傲慢ではあったが経済の中心地だった。北部は北部なりに進化していた。だがね、もともと地盤が弱い場所ゆえに限界があった。それがここ二年たらずで壊れてしまった」
「今起こっている大きな変化のことですな」
「そうだ。平時の時はそれでよくとも、変化が起これば特別な才覚が必要となる。まず間違いなく六割か七割の人間はついていけないだろうね」
何かしら大きな事変、たとえば大規模な戦争や伝染病といったもので従来のシステムが壊れた場合、それまで安穏としていた者たちは取り残される。
その時、これまでのシステムを支えていた者たちは一斉に無能となり、逆に足を引っ張るだけの害悪に成り代わるだろう。
例を出せば、役人は作られたシステムを維持することには長けているが、政治家のように新たな法律を作ることはできない。役割が違うからであり、同時に職業によって分けられるものでもない。
つまりは役人であろうが政治家であろうが、その中に無能な者と有能な者がおり、平時であればあるほどその見極めが難しくなるという話である。(平時であれば許容されるが、乱世であれば暗殺されるかもしれない)
「釣りをしている時、私を見て笑っていた者たちは無能だ。平時は有能でも乱世では足手まといにしかならない。逆に叱ったり軽蔑していた者たちは、その意図を推し量ることはできなかったものの、忠義者かつ有能だといえるだろう。しかし、一緒に釣りをした者は独りしかいなかった」
「…釣りをした者がほかにもいたのですか?」
「ああ、私より年上の…そうだな。三十代後半くらいの男だっただろうか。無精髭を伸ばした浮浪者のような風体だったが、あれは只者ではない。ああいう人材がクラス・レッツにも欲しいものだ」
ギャレスが羽騎馬軍団の面々を見回せば、その誰もがエリションに懐疑的な目を向けていた者たちばかりだとわかる。
これはエリションが無意味な釣りをしながら人材を見極め、それとなくモアションに進言した結果だった。
「では、酒場の一件も何かしらの意図が?」
「あれは単純に密偵だったからだ。女のほうがね。ウブな男に近寄って誘惑する悪い虫にはご退場願ったよ。雇い主はグラス・ギースの…まあ、ここは想像に任せよう。今話題の人物さ」
「ソブカ・キブカラン…ですか」
「ハピ・クジュネの密偵だったら排除もありえたが、グラス・ギースならば釘を刺す程度でいい。しかしながら、彼は何らかの形で今回の件に関わっている気がするけどね」
「あの男が!? 何の目的があって?」
「密偵の具合からすれば積極的な害意ではない。常識的に考えればクラス・レッツの介入を嫌っているといったところかな。彼も今後の打開策を思案中のはずだ。我々が変に介入すれば折り合いもつかなくなる。関わっているといっても傍観程度のことだろう」
ソブカの情報力ならば、比較的近隣ということもあって『火と傷』の本拠地に関してもすでに掴んでいるはずだ。
それをあえて放置しているとなれば、人々の目を東に向けておきたいがゆえと思われる。
現在のグラス・ギースはかなり危うい状態であるため、その舵取りも慎重にならざるをえないのだろう。
「しかしまあ、気に入らないなぁ。こういう策を練るやつはさ。陰気臭くて自分が一番だと思っているに違いない。だったら叩き潰してやらないと」
「っ…」
この時、ギャレスは初めてエリションの本質を見た気がした。
同時にモアションが、なぜ彼を領主の跡目に選ばないかを思い知る。
(この御方の器は乱世でこそ輝くものだ。都市運営などできるはずもない)
生まれたのがクラス・レッツではなくハピ・クジュネであれば、間違いなく海軍の一つを任せられていただろう。
あるいはグラス・ギースであれば、ソブカに並ぶ危険人物として警戒されたかもしれない。彼自身が誰よりもそう思っているからこそ昼行燈を演じていたのだ。
どちらにせよ平和な時代には似合わない男である。
「これからどうされますか?」
「他のキャンプを回ろう。どれかが犯罪組織と深く繋がっているはずだ。そうだな…私ならすべてを懐柔はしない。不思議なことだが飴だけでも人は動かない。ならば鞭を使ったキャンプがあるはずだ。そこならば交渉で切り崩せるかもしれない」
「わかりました。エリション様の思うがままに行動してください。私が全力でサポートいたします」
「お前は私のお目付け役だろう?」
「考えが変わりました。私個人…いえ、これより衛士隊はエリション様の味方となりましょう」
「私も父上への恩義がある。ほどほどにしてくれよ。私は家族が好きなんだ。一族同士は仲良くありたいからね」
「はっ!」
エリションたちはその後、いくつかのキャンプを回る。
それらのキャンプもさきほどと同様、自らが死ぬ覚悟で抵抗してきたので撤退を余儀なくされる。
(死んでもよいなどと並大抵の覚悟ではない。死ねば遺族に金が入る契約でもあるのかな? であれば思った以上の資金が投入されているらしい。だが、これだけのキャンプが連携しているとなれば、それ自体が大きな違和感だ。たかが犯罪組織程度では説明がつかない)
日常的に支援を受けているとしても、自分の死後にも約束が履行されるかどうかは疑わしいはずだ。
荒野で暮らす者はそこまでお人よしではない。それを信じてしまっている点がすでに怪しい。
それを可能にするためには最低でも都市レベルの協力者が必要なはずだ。実際にクラス・レッツを罠にはめようとしていることから、かなり大きな陰謀といえるだろう。
(わからないことを考えていても仕方ない。ならば、それを知っている者から訊けばいい)
エリションが八つ目のキャンプを訪れた時、ついに『綻び』が表れた。
出てきた代表者の態度や言葉は同じだったが、その瞳に怯えの色が見えたのだ。
「君は死ぬのが怖いらしいね」
「な、何をおっしゃるか。死ぬことなど怖れてはおりません!」
「そうかな? では、私が君を殺しても文句はないわけだ」
「…ひっ!?」
エリションがランスの先端を男の喉元に突きつける。
その動作があまりに速すぎて、男が槍に気づいたのは風圧で髪の毛が揺れた時だった。それによって、ますます怯えの色は濃くなる。
が、そんな彼に対して、エリションは馬を降りて優しく語りかける。
「無理をするな。誰だって死ぬのは怖い。恥ずかしいことではないんだよ」
「はぁはぁ…た、助けて…! 死にたくない!」
「大丈夫。私にすべて話してごらん。何時間でも君の話を聞こうじゃないか」
「だ、だが…それでは……」
「ここだけの話だ。なんなら人目に付かないところで、ゆっくり話そうじゃないか。お互いに争いは望んでいない。状況を理解したいだけなのさ。そのうえで君たちの安全は保証しよう」
「…わ、わかった。そちらに従う…」
エリションの甘い声に男が折れた。
そもそも死ねと言われて死ねる人間が、いったいどれだけいるだろうか。武人でもない一般人には土台無理な話なのだ。
エリションはテントを張り、中で男から事情を訊く。
「君たちを支援している者が誰かは知らないんだね?」
「ああ、物資を運んでくる者たちはいるんだが、具体的に誰が指示しているかはわからない。そこは訊かない約束なんだ」
「これだけの仕組みを作るやつだ。尻尾を出すような馬鹿ではないだろうね。それも仕方ない」
「ただ、犯罪者たちがキャンプを隠れ蓑にしていることは間違いない。連中が運んでいた箱から人の声が聴こえたこともあるんだ。人身売買もやっていると思う」
「それはどこに運ばれた?」
「地下だ。このあたりには大きな地下坑道が残っていて、各キャンプから入ることができる。どこまで広がっているかは知らないが、中で繋がっているところも多いはずだ。入ったまま出てこないやつも多いからな。違う場所から出ているんだろう」
「連中の住処は地下坑道で、キャンプの人々を監視兼防波堤に使っているわけだね。咎めるわけではないが、そんなやつらとの交渉は危険だとは思わなかったのかな? もちろん君たちが抵抗できるわけもない。従うのは仕方のないことだが」
「最初は脅されて…従うしかなかった。でも、金をもらっているうちに少しずつ罪の意識が薄れていって…」
「恐怖を弛緩させることで心の隙間を作る上手いやり方だ。だが、それにしても死ねという命令は過度なものに感じるが?」
「死ね…死ねか。そうだ。なんで俺たちはそんなことを真に受けていたんだろうか。死んだら終わりなのにな。はは、おかしい話だ」
「最初に交渉に来た者のことは何も覚えていないのか?」
「いや、少しは…。黒い服だったが…顔が…思い出せない。杖は持っていた気がするが…なんと言っていたかは記憶が曖昧で…」
「そんなに昔の話ではないだろう?」
「そうなんだが…あの目を見ていたら…なんだかぼーっとして。すまない。どうしても思い出せないんだ」
「では、君は本当に死んでもいいと思ったのかい? その人物の話を聞いておかしいとは感じなかったかな?」
「そういうのもいいのかな程度には。援助を打ち切られたら貧しい生活に戻る。それくらいならばいっそ…とは思った。ほら、自己犠牲が格好良く感じることがあるだろう? あれに似ていたな」
のちの調査でわかることだが、他のキャンプの住人も同じような証言をしている。
ここまでくると単に言葉や交渉が上手いといった部類の話ではない。記憶が曖昧な点も気になる。
(集団催眠系の能力か? だが、最初のキャンプの老人はそんな感じではなかった。能力にも制限があるだろうから、相手と状況によって交渉材料を使い分けているのかもしれないな。思った以上に危険な人物だ)
ディスフリートが催眠系の能力を持っていることは間違いないが、けっしてそれだけに頼っているわけではないようだ。
言葉で惑わし、金や物で甘い時間を提供する。最初は脅しが交じっていても次第に失うことが怖くなって惰性的に従うように仕向ける。
そして、まるで殉教者のように褒め称えることで、そうすることが英雄的行為であるかに錯覚させて命すら軽くしてしまう。
強い影響力を持つ者の言動は無抵抗の人間にとっては防ぎようがない危険なものだ。思わず甘言に乗ってしまったキャンプの人間だけを咎めるのは筋違いだろう。
ただし、彼らも意図的に加担していたのは事実である。
「あ、あの…俺たちはどうなるん…ですかね? やっぱり何か罰とか…」
「情報をもっと教えてくれたまえ。それで帳消しにしよう」
「そんなんでいい…んですか?」
「クラス・レッツが損をしたわけではない。むしろ負担がなかった分だけ得をしたのだ。しかし、我らの領地内で勝手をした者たちだけは許さない。その討伐の手助けをしてくれればいい」
「わ、わかりました! 協力します!」
「ぜひそうしてくれ。君たちの名誉のためにもね」
人を操作する能力は強力がゆえに万能ではない。対象が増えれば増えるほど効果は薄れていくものだ。
それが「死」ともなれば、どこかで破綻が生まれるのは至極当然の話である。
むろん、それも相手の想定内なのだろう。彼らからすればキャンプの人間など使い捨ての駒にすぎない。
しかし、敵味方ともに想定外だったのは、これらの策をエリションが見抜いたことである。
もし彼がいなければ最初のキャンプは血の海に沈み、その血に酔って他のキャンプも攻撃し続ければ、その間に犯罪組織には逃げられ、まさに悪名だけが轟く羽目になっていたはずだ。
反面、こうしてキャンプの者たちを味方にできれば、そんな強硬策を取らずに済むし、相手の虚をつくこともできる。力押しだけがすべてではないのだ。
ギャレスは改めて自分の主の才能を見誤っていたことに気づく。
(エリション様の才覚は武だけではない。智謀に関してもライザック・クジュネに引けは取らぬだろう。まさに乱世の英雄たる資質をお持ちなのだ)
実はライザックも翠清山関係でやらかしているので、そこまで智謀を持っているわけではないが領主代行としては十分なレベルであろう。
そして、エリションもまた新しい時代の英傑として名を馳せるに相応しい人物といえる。
【告知】
体調不良のためGWが終わるまで休む予定です。
次回の更新はGW明けを予定していますが、詳しい日時はまた告知いたします!




