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夢見る魔王  作者: 万卜人
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ギズモ教授

 テレスはパックを大学の二階へと案内した。教授の研究室は、廊下の突き当たりにあるドアを開いたところにあった。中へ入ると、床までうまった本の山がパックをむかえた。壁と言う壁はすべて書架で埋められ、天井までたっする書棚にはぎっしりと本が並んでいる。

 その中にちんまりとした机がひとつ、本の山にうずまるようにしてあった。

 テレスは気を利かしてパックにコーヒーとお茶菓子を運んできた。ヘロヘロはコーヒーに興味を持ったようだが、一口舐めてみて「苦い」といって手をつけなかった。しかしお茶菓子は喜んで食べた。


 やがてドアの向こうから騒がしい声が聞こえてきた。学生を怒鳴りつける声が部屋の中まで届いてくる。テレスは教授だ、とパックにささやいた。

「なにをしとるか! 昨日、それについては調べておくようにと言っておいた筈だぞ! なにもしておかなかったのかね?」

「いえ、そんなことないです。ただちょっと忙しくて、それに図書館も閉まっていたし」

「言い訳は許さん! 図書館が閉まる前に、調べておけばいいことではないか? そんなことでは、わしのもとでは研究はできんぞ!」

 相手の学生はわかりました、と不服そうな声でこたえた。


 どすどすと足音も高く、ひとりの人物が研究室に入ってきた。

 ちいさい。

 まるで三才の幼児くらいしか背はない。まるい、しわくちゃの顔に、眼鏡をかけた老人である。これが噂のギズモ教授なのだろう。教授は足もとまでとどくやわらかなローブと、頭に頭巾のような帽子をかぶっていた。部屋にはいった教授は、さっそくパックに気づいた。視線が、パックの手の平にうずくまっているヘロヘロにとまる。


 ものも言わず教授はずかずかと近づき、ヘロヘロに顔を押し付けるようににらみつけた。

「こやつがそうか! 人間に慣れているスライムというのは?」

 教授の大声に、ヘロヘロは震え上がってしまった。教授はちらりとパックを見上げた。

「おぬしがパックという小僧じゃな? ふむ、まずはお前の話を聞かせてもらおう」

 ちょこちょこと教授は歩み寄ると、ちょこんと椅子に腰かけた。両足がぶらぶらと揺れている。机の引き出しから、メモ用紙をとりだし、手にペンをとって待ち構える。


 パックは話しだした。すでに何度も話したので、内容はなめらかだった。

 すっかりパックから聞き出したギズモ教授は、下唇をなめながら考え込んだ。

「なるほど……面白い! お前さんと、そのミリィという娘。それにドーデン王……これにはなにか関係がありそうじゃ」

 ぎろりとヘロヘロを見つめる。

「そしてスライム! わしが知る限り、スライムを飼いならした魔物使いはおらん。それなのにそのスライムは、お前さんになついているのはあきらかじゃ。いや、じつに興味深い」

「どうして魔物使いは、スライムを飼いならすことは出来ないのですか?」

「魔物をどうして飼いならされるようになったか、お前さんは知っておるかね?」

 いいえ、とパックが首を左右にふるとギズモ教授は得意げな表情になった。

「教えてやろう。それはわしの研究の成果なのじゃ」

「教授の……?」

 うん、とうなずき教授はテレスに顔を向けた。

「テレス、あれを見せてやるがいい」


 はい、とうなずきテレスは立ち上がると研究室のなにやらごたごたとした一角から、首輪と鎖を取り出し持ってきた。テレスはその首輪をパックにわたした。

 わたされたパックは、その首輪をしげしげとながめた。

 首輪の内側に、なにか棘のようなものがならんでいる。首輪についている鎖をひくと、その棘が動いて内側に突き刺さるようなかたちになる。

「魔物の首にこれをかけ、鎖をひくと棘が内側に動いて魔物の首をしめつける。暴れるほど、棘は食い込み、苦痛をあたえる。なんどもこれを味わった魔物は、魔物使いに服従するというしかけじゃ」

 教授の説明にパックはぞっとなった。なんと残酷なのだろう!

「じゃからスライムのような不定形の魔物には使えないのじゃよ。棘が突き刺しても、不定形のスライムはすぐ逃げ出せるからな。それに苦痛を感じない魔物……たとえばゾンビのようなアンデッドの魔物にも効果はないな。ふつうの動物が変化した魔物なら効果はあるんじゃが」


 パックは教授にたずねた。

「いったい魔物とはなんでしょう? どうして魔物が出現するんですか」

 それよ、と教授はローブの内懐から、パイプを取り出し口にくわえた。それを見てテレスが暖炉に近づき、火を粗朶にうつして持ってくる。教授はパイプを吸いつけ、煙を吐き出した。

「魔物はあきらかに自然のものではない」

 口から吐き出したタバコの煙を見上げながら、教授はつぶやいた。

「わしは魔物の死体をいくつか解剖してみた。すると、どの魔物もふつうの生き物に必要な器官のうちいくつかがかけているものが見受けられた。本来なら、魔物は生存することすらかなわない、欠陥生命なのじゃ」

 教授の眉がせばめられた。

「それなのになぜ魔物は活動できるのか、どうやって子孫を増やすのか? わしはいろいろな証拠をもとに研究をつづけた。その結果、ある結論に達した!」

 にやりと笑いかけた教授はパイプを口からはなし、灰皿にたたきつけた。

「おそらく、魔物は夢の世界からやってくるのじゃ!」

「夢の世界……?」

「そうじゃ、ひとは夢を見る。いい夢もあるが、悪い夢もある。悪夢、というやつじゃな。夢のなかで、おそろしい怪物を見ることがあるじゃろう? 魔物はその夢の世界からやってくるのじゃよ」

「それじゃひとが夢をみるたび……」

 いやいやと教授は首をふった。

「ふつうの人間が悪夢を見たからといって、魔物が現実に存在するようになるわけではない。わしはその夢を見る、ある特別な存在を仮定した」

「特別な存在?」

「魔王じゃよ!」

 ふっ、と部屋が翳ったような気がした。ふいに部屋の温度がさがり、パックの背筋に寒気がはしる。教授は声をひそめた。

「この世界には魔王が存在するのじゃ。その魔王は夢を見る……その夢から、魔物が飛び出し、現実のものとなるのじゃ」


 椅子から床におりたった教授はちょこちょこと歩いて、本棚の前に立った。テレスに合図すると、心得ているテレスは教授のために梯子を持ってきた。梯子によじのぼり、教授は高い棚にずらりと並んでいる書物の背を眺めていた。


 やがて、ああこれだと一冊の書物を抜き出す。まっくろな背表紙に、奇妙な文様が描かれた相当古そうな書物だった。ふっと息を吹きかけると、まっしろなほこりが舞い上がる。

「これは古い時代に書かれた魔法についての書物のひとつじゃ。これには禁じられた魔法についての知識があるが、あまりに古い文字で書かれているため、いまでは読めるものもごくかぎられておる」

 そう言って教授はかたほうの眉を意味ありげにあげて見せた。

 パックは尋ねた。

「教授はそれを……」

「むろん、読めるとも! しかしすべてではない。ところどころ意味不明なところがある。しかし解読できたかぎりでは、どうやらこれには闇のちからを引き出し、魔物を呼び出す呪文が書かれているようじゃな」

 本を書棚にかえし、教授は梯子を滑り降りるようにして床に降り立つと、ふたたびパックの前に戻ってきた。椅子にこしかけ、考え深げな表情になる。

「古い時代にはいろいろな魔法が知られていた。古人は魔法の知識をひろげ、いろいろな効果を試していたのじゃ。しかしそれらの魔法には、人間の世界には害のあるものが多数存在した。人々はそれらの邪悪な魔法を封印し、禁じたのじゃがもしかしたらその禁じられたちからを手にした人間がおったのかもしれんな」

「それが魔王、ということですか?」

 パックの質問に教授はうなずいた。

「しかしどのような理由があって、禁じられた魔法を手にしたのじゃろう? 闇のちからは結局は身を滅ぼすことになるのを、知らんわけではなかろうに……。魔王となったからには、もはや普通の人間が手にする幸せなどあきらめなくてはならんのに……」

 ぼんやりとつぶやいた教授に、パックは思い切って尋ねた。

「あの……この大学の建物は以前、貴族のお屋敷だったとテレスさんに聞きました」

「そうじゃが、それが?」

「その貴族だったという一族は、どんな人たちだったのでしょう?」


 はてね、と教授は腕をくんだ。ほりほりと鼻をほじる。

「一族、といったほどではなかったようじゃな。夫婦と、その娘がひとり、ひっそりと暮らしていたそうじゃ」

「娘?」

「そうじゃ、ひとり娘じゃったそうじゃ。ああ、そうそう……その人たちを描いた肖像画がどこかにあったな。見たいかね?」

 是非とも! と、パックは身を乗り出した。パックの勢いに教授はちょっと驚いた。

「それじゃこっちへ来なさい。たしか地下室の倉庫で見た覚えがある」

 パックは立ち上がった。

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