テレス
学生の名前はテレスといった。
テレスは姉妹を気にしているようで、旅の間しきりにふたりに話しかけていた。とくに妹のほうに執心で、なにかと口実をつくっては話しかける。しかしふたりはテレスのそんな態度にあからさまに拒否するわけでもなく、話をあわせている。テレスの努力は空振りをくりかえしているようだ。姉妹の興味はヘロヘロとファングにむかっていた。姉妹はパックのヘロヘロに近寄り、おそるおそる指を近づけた。こちょこちょとくすぐると、ヘロヘロはきゃっきゃと甲高い声で笑う。
「可愛い……! あたしもこんなスライム飼いたくなっちゃった」
テレスは憮然としていた。
夜になって、キャラバンは野営のため動きを止めた。防御のため、馬車や荷車が円を描くように並んで、その中心にテントが設営された。パックとタルカス、そしてテレスはひとつのテントに泊まり、そのとなりにファングと姉妹がとまるテントが張られることになった。
焚き火が盛大にたかれ、傭兵が夜警についた。キャラバンの隊長はタルカスに夜警につくよう依頼した。タルカスは快諾し、傭兵たちの仲間にはいる。
テレスとパックはテントの床に寝そべり、目を閉じた。ふたりは見張りの任につくことをまぬがれ、休息することになった。となりのテントから、姉妹とファングの話し声が聞こえてくる。テントの布地越しなので、なにを喋っているかは判らない。
ごそごそと身動きし、テレスはパックに話しかけた。
「パック、きみはドーデンの町へついたらミリィという女の子を探すのか?」
うん、とパックが返事するとテレスはため息をついた。
「ドーデンの町はおおきいぞ。人も沢山いる。毎日、大勢の人が町をおとずれ、そして旅立っていく。たったひとりの女の子なんて探せるのかい?」
「わからない……でも、どうしても会いたいんだ!」
ふうん、とテレスは生返事をした。
ふと起き上がり、パックに向き直る。
「なあ、ドーデンの町についたら大学に一緒に行かないか? ギズモ教授に会わせてやる! きっと、教授もきみの話しに興味を持つはずだ」
「ああ、いいよ」
「絶対だぞ! 約束だ」
そう言うとテレスはふたたび寝具にもぐりこんだ。すぐ寝息が聞こえてくる。それを聞きながら、パックはギズモ教授とはどんな人物なのだろうと思った。
とにかくドーデンの町につけば……。
ミリィも……。
パックは眠った。
翌朝、あわただしく出発の準備が整えられ、キャラバンの全員に簡単な朝食が配られた。固く焼いたパンと、乾し肉、それにすっぱい飲み物などで、それは馬車の中や、馬上で手づかみで食べられるようになっている。結局、昨夜は魔物や盗賊の襲撃もなく、無事にすんだ。隊長はほっとしたようだったが、タルカスは腕を披露できないので、すこし残念そうだった。
姉妹のテントから出てきたファングを見てパックはちょっと驚いた。
彼女は姉妹たちからあらたな服を贈られ、着替えていた。簡素なシャツの変わりに身にぴったりとした青い上着に茶色のズボン、それに黒いブーツを履いている。髪型もかわり、見慣れた男の子のようなものから、女らしい、髪の先を跳ね上げたものになっていた。
「ファングったら、せっかく可愛いのに男の子みたいなんだもの。あたしたちの使っていない服から見つくろってあげたのよ。どう、似合う?」
パックはただうなずくのみだった。
「うん、とても似合うよ」
言われてファングは真っ赤になった。それでも嬉しそうである。タルカスはにやにや笑っていた。
ドーデンの町が近づくと、反対方向からやってくるキャラバンも多く見かけられる。ドーデンの町で商品を仕入れ、あるいは卸した帰りの隊商である。また旅人の姿も多くなった。パックの鼻は潮の香りをとらえていた。テレスにそれを言うと、ドーデンの町は海に近いせいだと答えた。
だらだらした上り坂をのぼりきったところで、ドーデンの町が見えてきた。
馬車から顔を突き出したパックは、その規模のおおきさに驚いた。
こんなにおおきな町だとは思いもしなかった。ハランスの町もおおきいと思ったが、ここはそのハランスの町がすっぽりいくつも納まってしまうほどである。家の壁は色とりどりに塗られ、ひとつとして同じ色の壁はない。さらに壁にはさまざまな紋章が描かれ、それらが目も眩むような印象をあたえていた。町のむこうに、青い水平線が見える。海のすぐそばにあるのだ。町自体は海から突き出した岩礁のような台地に集まり、山の頂きには尖塔を突き出した壮麗な城がそびえている。ドーデン王の宮殿である。
「凄いねえ……これが人間の町なのかい?」
パックの肩にとまったヘロヘロが呆れたような声をあげた。
「うん、人も沢山いるんだろうな」
「ぼく、やっぱり隠れていよう……」
バッグに潜り込もうとするヘロヘロをテレスはとめた。
「大丈夫だよ。ドーデンの町ではいろんな人がいる。スライムを連れている人はさすがにいないけど、いろんな動物をつれている魔物使いがいるから、きみがパックと一緒にいても怪しまれないから」
「そうか、じゃ、やめたっと!」
ヘロヘロはふたたびパックの肩にとまった。
かぽかぽと蹄の音が近づいてくる。いつの間にかタルカスが馬を手にいれ御している。パックと顔が合うと、にやっと笑った。
「どうだ、おおきいだろう?」
まるで自分の町のように自慢している。
「町についたら、王に面会しないといかんな」
パックはびっくりした。
「王さまに会うことができるの?」
「ああ、王さまはできるかぎり下々の話を聞く習慣だ。今日はもう昼過ぎだから無理だが、明日のはやいうちなら謁見の間で面会できるだろう。そこでミリィのことを聞くのも手だ」
「王さまは知っているかな?」
「まさか。だが王さまの部下は、町にやってきた人間のいろんな情報を収集しているから、そのだれかが知っている可能性はある」
なるほどなあ、とパックは思った。やはりタルカスと道連れになってよかった。




