タルカス
「やはり旅立ってしまうのかね?」
オードは哀しそうな顔つきでパックに言った。
ええ、とパックはうなずいた。
「やはりミリィという女の子を捜さなければならないと思います。ぼくらふたりには、なにか秘密があるんです。それを探るためにも、出会わなければ」
そうか、とオードはうなずく。となりで妻も涙ぐんでいた。
「それじゃ元気でな。彼女と出会えることを祈っておるよ」
有難う、とパックは礼を言った。
ふたりに見送られ、パックは村を後にした。
街道はまっすぐ北へ向かっている。
オードと妻はいつまでもパックの後ろ姿を見送っていた。
「おおい! 待ってくれえ!」
街道を歩くパックの後ろから、ひとりの剣士が息をきらして追ってくる。
がちゃがちゃと装具をならし、追いつくとおおきく息をはいた。
「いや走った、走った! 追いつかないと思った」
剣士はたくましい身体つきの、黒い髭を生やした大男だった。片方の頬に、ふかい傷跡があった。
「わしは旅の剣士のタルカス。あんたのことを聞いて、道連れになろうと思って追いかけてきたんだ」
そう言うとにやっと笑った。あけっぴろげの、人の良い笑顔だった。
「ぼくのことを聞いて?」
パックの問いかけに、タルカスはうなずいた。
「ダルリ村を通り抜けるとき、あんたのことを聞いたのさ。なんでもミリィという娘を探すために旅立ったとな。それを聞いて、なにやら面白そうだと思ったんだ。わしは剣一本でいろんな冒険をしてきた! 竜のいる洞窟に単身入り込んだこともあったし、巨人の住む島で宝物を探したこともあった。それにあんたは聞いたところによると、旅をするのは初めてだそうだな。そうなると、わしのような経験豊かな冒険者が必要だ。それで追っかけてきたんだ。さあ、わしと一緒に旅をするかね?」
思わずパックはうなずいていた。タルカスの様子はあけっぴろげで、悪い人間には見えなかったし、それに経験豊かな冒険者と言う触れ込みは信じられそうだ。
パックを見おろすタルカスの表情が変わった。
「動くな!」
さっと手を挙げ、腰の剣を引き抜く。
「動くなよ……いま、お前の肩にとまっている魔物を始末してやる!」
え、とパックは肩のヘロヘロを見た。ヘロヘロは恐ろしさのあまり、ぶるぶると震えている。
「お前の肩にとまっているのは、スライムではないか! おそらく、お前の血を吸いにやってきたのだ!」
「ま、待ってください! このヘロヘロはぼくの友達なんだ!」
「友達?」
タルカスの手がだらりと降りた。剣の切っ先が、地面に触れる。
「スライムが友達?」
大声になった。
肩を並べ、パックとタルカスは街道を歩いている。
ふうん、とタルカスは自分の髭をしごいた。
「不思議な話しだな。スライムが人間を襲わず、逆に守っていたとは。それにスライムが人間と話せるとは、はじめて知ったよ」
ちらり、とタルカスはパックの肩からさがっているバッグに目をやった。ヘロヘロはすっかり怯え、バッグの中に隠れ、目だけ隙間から出している。タルカスと目が合うと、ヘロヘロはますますバッグの中に潜り込んだ。
「すまなかったな。あのスライムを殺したのは、悪かった。しかしおれには善いスライムも悪いスライムも見分けがつかん。魔物はすべて人間の敵だと思っていたからなあ」
どん、とタルカスはパックの肩をたたいた。
「おたがいこのことは忘れようや。お詫びに、おれはお前の身を守ることを誓う! どうだ、それで? ん?」
ふたりは立ち止まった。
タルカスは心配そうにパックの顔を覗き込んだ。
パックはうなずいた。
「わかりました。タルカスさん」
そうか、とタルカスは相好を崩した。手を差し出す。ふたりは街道で握手を交わした。
ふたたび歩き出し、パックはタルカスに話しかけた。
「タルカスさんは、いままで沢山魔物を倒したんですか?」
いやあ、とタルカスは頭をかいた。
「それほどじゃないな。まあ、剣士になってからはふりかかる火の粉は払わなければならないからな……百匹は殺したかな」
「タルカスさんのような剣士は沢山いるんでしょうね」
「まあな。魔物がこの世界に現れるようになって、人々はなかなか旅をすることが難しくなってな、町と町を旅するキャラバンなどでは、おれのような剣士を護衛に雇うことが多くなってきたよ。それに町にいても安心はできない。だからある程度の町では、専属の剣士が守るようになったな」
「どうして魔物が現れるようになったんでしょう?」
「そんなこと、おれに聞いても判るわけないよ!」
タルカスは笑った。
「そういうことは、偉い学者が考えることだ」
「偉い学者?」
「うん、なんでもドーデンの町に住む偉い学者たちが、魔物が生まれるわけについて研究しているそうだ」
「ドーデンの町?」
「ドーデン王の治める、大きな町のことさ。お前、そんなことも知らないのか?」
うなずくパックに、タルカスは感心したように首をふった。
「なるほどなあ……お前がいままで、ずっと洞窟で眠っていたというのは本当らしいな」
タルカスは話し好きのようだった。
道々、パックはこの世界についてタルカスから色々話を聞きだした。
ふたりが旅しているのはこの世界で最大の大陸であること、ほかにも南と北にそれぞれひとつずつ、大きな大陸があり、そこには様々な人々が暮らすこと。そのほかにいろいろな島々が大洋にちらばり、そこにも色々な暮らしがあることをタルカスは語った。
「おれはやっぱり船の旅が好きだな。お前船に乗ったことはないんだろう?」
ええ、とパックがうなずくとタルカスは目を遠くした。
「船はいいぞ。水平線がどこまでも続いて、そこに日が昇り、日が沈むのを見るのはたまらない!」
そこでぽん、と手を叩いた。
「そうだ! ミリィを見つけたら、船に乗って旅を続けよう! 船賃のことならなあに、心配するな! どこかの町でひと月か、ふた月傭兵を務めたら、そのくらいの金はなんとかなる」
わははは……と、タルカスは豪快に笑った。
パックは考えていた。
なぜか魔物の出現と、自分の謎にかかわりがある、そんな直感がわいていたのである。




