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第86話 開戦。

 厳しい訓練が終わり、8月25日。

 世界が一転してしまうような、地鳴りが腹に響く。

 魔族の軍勢が押し寄せてくる音だ。

 勇者・赤羽によって空間ごと切り取った異世界〝地球〟。そこに攻め入る用意がある魔族。

 俺の後ろには転移門がある。そこから人間界へと攻めいろうとする魔族。

 3000年前に、人間界と魔族とを分け隔てた分離魔法〝ガジェット〟だが、未だにつながりを持とうとする魔族――特にスライムが管理していたのだ。

 だが、管理するだけに飽きた魔族がその情報を売り、世界に混沌あれと涙と血を求める者が現れる。

 それが魔王ブラットだ。

 ブラットは人間の弱さを知り、労働力として植民地化を掲げているのだ。

 それに恐れをなしたスライムたちは俺たち、人間に力を託したのだ。

 勇者・赤羽の再来である。

 偶然だが、同じ苗字の人がいるとは思いもしなかった。

 そして紗緒梨が話しかけてきたのも、そういった経緯があり、苗字が一致したことによる期待と憧れが入り交じった結果なのだ。

 とにもかくにも、朝焼けの地平線に浮かぶ魔族の軍勢を押しのけるのが、この俺――孤高のイケメンたる赤羽涼太だ。

「何か忘れていないかしら?」

 う。なんでモノローグに介入できるのか知らないが、紗緒梨が不満そうな顔を向けてくる。

 そしてその後ろに控える楓と七瀬も不服そうな顔色をしている。

 そう。この三人を含めて、俺たちはここにたっている。別世界の大地を足で感じ取りつつも、眼前に迫り来る魔族を睥睨する。

 あいつらが俺たちの家を、学校を、食糧を奪いに来るのだ。決して穏やかな気持ちでいられるわけがない。

 それに敵対関係にある以上、避けられない戦いでもあるのだ。

 こちらからの説得もあったらしいが、奴らは聞く耳を持たずに襲いかかってきたそうだ。

 紗緒梨の父はそう言っていた。

「それではそろそろ戦いましょうか?」

 紗緒梨の発言に震える俺。

「あら。怖いのかしら?」

「ち、違う! その、そう! ただの武者震いだ」

 慌てて否定するが、かえって怪しくなってしまった。

「赤羽っち。可愛いね!」

「はぁ!? どこが!」

 このイケメンをどうして可愛いといえようか。いや、俺はかっこいいんだ。

 自分に言い聞かせると、目の前に視線を巡らせる。

 魔族の中でも弱そうなゴブリンを捉えると、そこに風魔法を放つ。彼我の差は900m。

 空高く打ち上げると、落ちていくゴブリン。ぐぎっと音を立てて首の骨が折れる音が響く。

「ようやく一体か……。それにしても……」

 嫌な戦いだ。

 俺がこの手で血を染めていくのが、気分が悪い。不快だ。

「それそれー!」

 と大きな声でレーザーを発射する楓。その力の前には魔族とあれど、ただの塵芥と成り果ててしまう。

「ふふふ。あらあら」

 紗緒梨のまき散らす液体が周囲に拡散し、溶かし始めていく。

 なかなかにぐろい。

「ええい!」

 何かの妖術のようなものを展開し、火球を操り、次々と燃やしていく七瀬。

「お前らに慈悲はないのか!?」

「そんなもので敵は倒せないわよ!」

「いや、だって戦うだなんて……」

 飛んできた矢が足下を穿つ。

「ひっ!」

 前にやってきたのは紗緒梨ママ。

「うふふ♡ ユユの涼太くんに何をしてくれているのかしら♡」

 ユユは全身を張り、俺の盾となる。

 飛んできた矢は全てその身体で受け止め、消化され、溶けていく。

「ええい。わしも戦うぞ!」

 そう言い、ヌルヌルとした体液を分泌し、投げつける紗緒梨パパ。

 全員が一気に魔族を押しのけていく。

 というよりも楓のレーザーが強すぎて、一面焼け野原と化しているのだ。

 それで気勢がそがれたのか、魔族たちは恐れおののいて、攻撃の手を緩めている。

 というか、こんな近代兵器がある場所にこようとする魔族は一体何を考えているのだろうか。

 俺が穏やかな顔で、内心ひきつった気持ちで楓を見つめる。

 えへへへと、笑みを浮かべる楓。

 どうやら何かと勘違いしたらしい楓は、さらに攻撃の手を強める。

 指からそれぞれレーザーを飛ばしつつ、背中からせり上がったバズーカから発射される。

「えへへへ。そんなに見つめられると恥ずかしいのさ」

「いやいや、俺がかっこいいからって、なんでそんな反応なの!」

「へっ? かっこいい? 誰のこと?」

「いや、俺だよ。俺俺!」

「オレオレ詐欺みたいなことを言うのはほっといって相手の膂力をそぐわよ」

「はーい。紗緒梨っち。了解」

 そう言っている間にも、楓の撃ち続ける砲弾と、スライムの体液、それに七瀬のよく分からない魔法によって、戦場は悲惨なものとなっていた。

 と言うか、一方的なまでの蹂躙に足をすくめてしまうゴブリンや、後退するガーゴイル、命乞いをするスケルトンがいる。

 これってこのまま休戦に持ち込めるんじゃね? と思った俺が咄嗟にユユちゃんに合図をだす。

 ユユがのろしをあげ、休戦の信号を出す。

 それを了承する魔王ブラット。

 敵軍に亀裂が入り、魔王自ら前へ進み出る。

 一応、楓に牽制させつつも、俺も前へ進み出る。

「休戦協定とな?」

「ああ。そうじゃないと、そちらが全滅するだろ」

 紗緒梨パパが言葉を翻訳してくれる。

『……ほう。勝つこと前提かよ』

 魔王からしてみれば面白くもないんだろうが、どう見ても一方的な攻撃だったからな。

 こちらの陣営は誰一人として欠けることなく、健在なのだ。こちらが上手だろうさ。

「それよりも赤羽くんは交渉なんてできるの?」

 七瀬の言葉にハッとする俺。

「あれ。俺が交渉するのか?」

「そりゃそうでしょ」と楓。

「あら。それならこちらで準備していたので交渉するわ」

 前に出る紗緒梨に、紗緒梨パパと紗緒梨ママ。

 あの三人なら会話するにも手間じゃないか。

「それじゃ任せる。ついでに楓と同じ力があることをつけといてくれ」

「……なるほど。相手を交渉台に引きずり落とすにはそれくらいのことが必要だな」

 紗緒梨パパはうんうん、と頷く。

「それだけ頭が回るなら、うちにこないかね? 涼太くん」

「え。い、いや。それは……。たははは」

 と乾いた笑みを浮かばれる。

「うふふ♡ それはこちらも準備しないとね♡」

「待ってくれ。俺には何も準備できていないぞ」

『茶番はそこまでにしてくれ!』

 涙目ながら憤りを露わにする魔王ブラット。


※※※


 どうやら交渉は成功したらしく、魔族は撤退を始めている。

 俺たちの敵はいなくなった。

 今後、1000年の間は手を出さないと約束してくれたらしい。

 ……その頃には楓よりも恐ろしい兵器が開発されていそうだ。

 それにしても、楓が本格的に兵器として活躍していることに驚きを隠せないのが本音だ。

「さあ。今日は大盤振る舞いだ。好きなだけ食べてくれ」

 紗緒梨のパパである淳也がそう言うと、目の前の食事に目をやる。

 唐揚げ、コロッケ、ステーキ、ポテトサラダなどが並んでいる。

 こちらの世界の問題を解決してくれたことによる賞賛の嵐で、近隣のスライムたちも賞賛されたのだ。

 その結果がこの豪華な夕飯だ。

「えへへへ。そのオマールエビくださいな」

「は~い♡」

 楓がそう言い、ユユが応える。

「わたしも!」

 それに追随する七瀬。

「うふふふ。それにしても交渉もうまくいったわね」

「ああ。お陰様で」

「なら、何をしてもいいわね」

「なんでそうなるんだよ。俺は礼を言っただけだぞ」

「その対価として、私の好きにさせてくれるのでは?」

「そんなわけあるかっ!」

 なんでそんな方向に変換されるんだよ。

「俺は単純に事務的なやりとりを行っただけだ」

「あー。なんか、二人でいちゃいちゃしているぅ!」

 七瀬が指摘すると、俺に近寄ってくる。

「いや、そんなんじゃない!」

「うふふ。どうかしらね」

 なんなんだ。この状況は。

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