聖暦二十一年、薄明の使徒誕生前夜
――聖暦二十一年、冬。
黒い雪が降り注いだ。
この黒は、熱い。しかし、耐えられないものではなくなっていた。
白い雪も混ざってはいる。森に立ち込める霧の濃さに溶け込んでしまっているため、目では捉え難いが、肌を刺す冷たさがその存在感を示している。
木々の中、二つの影が向かい合っていた。
一方は、大柄かつ不均衡な姿をしている。
身の丈は2mを大きく超える。しかし、それ以上に長い剣を持つ。横方向に伸びる刀身は明らかに人間に適していなかった。
もう一方は、小柄な人物だ。大柄な者の半分の体躯しかない。その者の持つ金の瞳は、じっと相手を見つめている。
彼女の名前は、ティア。後の記録では、グレイス・マーテルと名が残されているが、ここではティアと統一する。
そこは静かな空間だった。
地鳴りのような音が等間隔で遠方から響くも、ここは風が吹くばかりだ。
この場で決闘が行われようとしている。
互いに、数え切れない痛みを経てきた。今この瞬間、倒れ伏してしまっても不思議ではない。それだけの怪我と疲労を得ている。
決着をつけるなら今しかなかった。
大柄な人物が剣を振るう。すると、空気が両断され、衝撃波が飛ばされた。
ティアは身を低くして避ける。だが、足元は覚束なかった。
ようやく踏み込んだ時には、肩先が吹き飛んでいた。熱が彼女を襲う。
痛みが目覚めを誘う。しかし、ティアはまだ歯を食いしばっている。
――薄明の使徒、彼女の人としての最後の時間。
その心に幾つもの記憶が去来した。そして、彼女は己の意思を決めようとしていた。
死を間近に感じながら生への執着からくる血路を切り開くのでなく、ただ信じようとしていた。
己だけでなく、相対する怪物のことも。
――聖暦十八年、春。ここからティアの物語は始まった。




