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グリッチワーカー~歪んだ理のその先で、独り世界の綻びを繕う~  作者: かんぱく


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第13話 不正積載

翌日、スタックした魔石を計量所に持ち込んだ。

通常の回収品に紛れ込ませて、3つを別々のタイミングで提出した。1つ目は午前の清掃分として。2つ目は昼過ぎの追加回収として。3つ目は夕方の最終提出として。

査定員は毎回、機械に通して数値を確認した。

1つ目のとき、査定員が少し手を止めた。


「……純度が高いですね、これ」

「そうですか」

「Cブロックでこれだけの純度が出るのは珍しいですが、でもまあ個体差の範囲内ですね」

「ありがとうございます」

2つ目のとき、査定員は特に何も言わなかった。

3つ目のとき、査定員がまた少し手を止めた。

「今日は、純度の高いのが多いですね」

「運が良かったようです」


査定員はそれ以上何も言わなかった。

春山は伝票を受け取りながら、数字を確認した。

3つ合わせて、通常の魔石9個分に相当する金額だった。


「……想定通りだ」




その夜、軽自動車の中でノートを開いた。

今日の検証結果を整理する。

スタックした魔石は、査定機に「高純度の個体」として処理された。異常値として弾かれることはなかった。2〜3倍の範囲なら、個体差として通過できる。

しかし同じ日に複数回持ち込んだことで、査定員に「今日は純度の高いものが多い」という印象を与えた。これは次回以降、気をつける必要がある。


「……日をまたいで持ち込む。同じ査定員に当たらない時間帯を選ぶ」


次は素材のスタックを試す番だ。

魔石は「エネルギーの統合」という形で価値が上がった。素材の場合は、物質が同じ座標に重なり合うことで、密度と硬度が上がるはずだ。

しかし素材は魔石より扱いが難しい。形が一定ではない。牙の場合、どの部分を「入力の基点」とするか。皮の場合、どこで「放す」と定義するか。魔石は球状に近い均質な形をしていたから、放す瞬間が明確だった。

「……形ごとに入力の基点を変える必要がある」

春山はノートに書き込みながら、翌日の実験計画を立てた。




2日後、Cブロックで素材のスタックを試みた。

最初に選んだのは、小型の魔物が落とした爪だった。

長さ5センチほどの、湾曲した黒い爪。先端が鋭く、根元が太い。形は均質ではないが、「最も細い先端部分」を基点にすれば、放す瞬間が定義できるはずだ。

爪の先端を指でつまみ、袋の口に近づける。

先端が袋の口に触れる瞬間に、ウィンドウを閉じる。


かちり。


手応えがあった。しかし魔石のときより、感触が重かった。密度の違いか、それとも形状の違いによる差か。

袋の中を確認した。

今度は、明滅が起きなかった。

代わりに、爪の形が一瞬だけぶれた。輪郭が二重になった。2本の爪が同じ場所にあるような、重なったような見え方が、コンマ数秒続いた。それから輪郭が収まり、1本の爪に戻った。

袋を持ち上げると、重かった。


「……成功した」

春山は爪を取り出して、手のひらに乗せた。

見た目は通常の爪と変わらない。しかし重さが違う。2本分の重さがある。

指先で爪の表面を押してみた。

硬い。

通常の爪より、明らかに硬い。指の腹で押しても、表面が全く沈まない。通常の素材なら、微かに弾性があるはずだが、それがない。密度が上がっているせいだ。


「……密度が上がると、硬度が上がる。仮説通りだ」

ノートを取り出して、書き込んだ。

『素材スタック成功。先端を基点に設定、放す瞬間とウィンドウ閉鎖の同時入力で処理。明滅ではなく輪郭の重なりが発生、数秒で収束。重さは2個分、硬度が著しく上昇。外見上の変化なし』




その日の午後、春山は皮素材でも試みた。

Cブロックで回収した、中型魔物の皮だった。手のひら大の不規則な形をしており、端がぼろぼろに千切れている。面積があって、形が定まらない。爪のような「点」の基点が設定できない種類の素材だ。

最初の試みは、皮の端をつまんで袋に入れようとした。


失敗した。

放す瞬間が、面積の広さのせいで曖昧だった。皮の端が袋に触れ始めてから、全体が袋に収まるまでの間に時間差がある。どの瞬間を「確定」とみなせばいいか、判断がつかなかった。

2回目は、皮全体を一度丸めてから試みた。


失敗した。

丸めても形が崩れやすく、袋に入れる動作の途中で広がってしまった。「放す瞬間」が発生する前に、皮が袋の口から滑り込んでいった。

3回目は、トングで皮の中央を一点だけつまんだ。


失敗した。

トングを離す瞬間にウィンドウを閉じたが、トングの先端から皮が離れる動作と、皮が袋の口に触れる動作が、同時に起きなかった。

春山は立ったまま、皮素材を見た。

問題は「放す瞬間の面積」だ。爪は先端という一点があった。皮には一点がない。だから一点を作る必要がある。

しかし折り畳んでも、形が安定しない。


「……座標を一箇所に集中させる」

春山は皮素材を手に取って、端の千切れた部分を内側に折り込んだ。さらに折り込む。できるだけ小さく、できるだけ均質な形に近づける。完全な一点にはならないが、最も密度の高い「折り畳みの頂点」が生まれる。

その頂点を、トングの先端で正確につまむ。

頂点が袋の口に触れる瞬間に、ウィンドウを閉じる。


かちり。


感触が来た。爪のときより鈍く、しかし確かにあった。

袋の中を確認すると、爪のときと同じ輪郭の二重化が起きていた。皮素材の形が一瞬だけぶれて、2枚分の輪郭が重なり、収まった。

袋を持ち上げると、重かった。

成功した皮素材を取り出して、表面を押した。

金属のような硬さがあった。通常の皮素材の柔軟性は、完全に失われていた。


「……これは、使える」

春山は立ったまま、手の中の皮素材を見た。

柔軟性がない。それは素材として扱いにくい側面もある。しかし硬度という点では、通常の素材の数倍の価値を持つ。用途によっては、魔石以上に希少品として扱われるかもしれない。

問題は査定だ。

「……こちらは少量から試す。まず反応を見る」




夕方、計量所に向かった。

今日の通常回収分と一緒に、スタックした爪を1本だけ混ぜて提出した。

査定員が爪を手に取って、目を細めた。


「……これ、どこで拾いましたか」

「Cブロックの西側です」

「Cブロックで、この硬度は出ないはずですが」

「そうですか。手触りが違うとは思いましたが」


査定員が端末に数値を打ち込んで、少し考えてから入力した。

「希少品扱いにします。このクラスの硬度になると、素材カテゴリーの上限値を超えますので、特別査定になります」


伝票が出力された。

爪1本で、通常の回収品全体の2倍近い金額が出ていた。

春山は伝票を受け取って、計量所を出た。




「……素材の方が、値上がり幅が大きい」

軽自動車に乗り込んでから、静かに呟いた。

魔石は純度の範囲内に収めなければならない。

しかし素材は「希少品」として上限なく評価される構造になっている。スタックして密度を上げた素材は、通常の市場価格を大幅に超える。


ただし目立つ。

今日の査定員の「どこで拾いましたか」という質問が、その入口だった。


「……散らす必要がある」

南港の計量所は、もう限界だ。管理局直轄の計量所は全て公的な記録が残る。今日の爪の査定も、データベースのどこかに「Cブロック、異常高硬度素材、出所不明」として蓄積されているはずだ。同じ場所で続ければ、点と点が繋がる。

記録の残る場所での換金は、ここで打ち止めにする。

次からは別のルートを使う。

管理局の計量所ではなく、民間の素材買取業者。堺や南港の倉庫街には、探索者向けの小規模な買取店が何軒かある。公的な記録義務がなく、査定基準も緩い。「珍しいものが出た」で通る世界だ。

さらに言えば、素材を直接買取に出すのではなく、加工業者への横流しという手もある。スタックした素材の異常な硬度は、刃物や防具の素材として需要がある。加工業者は出所を問わない。問う必要がない。


前職で複数の物流センターの在庫を管理していたとき、帳簿の外に出た荷物がどこへ流れるか、春山は知っていた。表の流通から外れたものは、裏の流通に吸い込まれる。そこには記録がない。記録がなければ、追えない。

「……公的な記録が残る場所は限界だ。これからは記録の残らない場所へ流す必要がある」




その夜、軽自動車の中で今日の成果を確認した。

ノートの数字を見直す。

スタックした魔石3個分の売上。スタックした爪1本の売上。通常の回収分の売上。合わせると、今日1日の稼ぎが通常の4倍近い。

しかしまだ、これは実験段階だ。本格的に動くのは、もう少し検証を重ねてからだ。

ノートを閉じようとしたとき、今日の爪を取り出してライトで照らした。


魔石のときと同じノイズが、表面に残っていた。

磁気テープの劣化ノイズに似た、細く不規則な線。魔石でも、素材でも、スタック後には同じノイズが残る。


これは何なのか。

スタックによって生じた処理の痕跡なのか。それとも、最初からここにあったものが、スタックによって「見えるようになった」だけなのか。

爪の表面のノイズを、しばらく見た。


前者なら、春山が何かを書き込んだということになる。

後者なら、この迷宮の素材には最初からこの痕跡があって、ただ見えなかっただけだということになる。

どちらが正しいかは、まだわからない。しかし後者だとすれば、このノイズは春山が作ったものではなく、この迷宮が最初から抱えているものだ。



「……神様も、デバッグ作業はサボってたらしい」

独り言が、静かに車内に落ちた。

あるいはサボっていたのではなく、そもそもデバッグするつもりがなかったのかもしれない。この迷宮は、このノイズの存在を知っていたのかもしれない。知っていて、放置した。


なぜ放置したのか。

まだわからない。

しかし、また点が増えた。

エンジンをかけた。

43号線へ出ると、夜の渋滞がいつも通り待っていた。



「……今日も、混んでるな」

標準語が、静かに車内に落ちた。

アクセルを踏んで、赤いランプの列に加わる。

グローブボックスの中に、今日の伝票が入っている。

明日は、堺の質屋に寄ってから帰る。


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