第二章 デオキシリボ核酸の存在と現実ギャップ問題 15
十五
「DNAは一致しました」
「いよっしゃあ!」
深夜、仁楠は都内のある場所に来ていた。高木という男を経由して、仁楠は塚と黒根のDNA鑑定を依頼していたのだった。
仁楠は、やりたい、という気持ちが、人一倍強いのだ。
外流から黒根の髪の毛の入った封筒を受け取ったその日の夜、仁楠は結果的に迷うことなく封筒を開けた。
封筒には、この高木の事務所や連絡先のハンコが押されていた。検査キットにしてはお粗末だな、と思いながら、仁楠はその連絡先の写真を撮っていた。
そして黒根の毛をすべて抜き出して、代わりに自分の毛をかきむしって、同じくらいの量を封筒につめた。
そして仁楠は素知らぬ顔で外流に封筒を返したのであった。外流からすれば、仁楠は協力せず、これ以上詮索しない、と宣言したものであった。
だが、仁楠は、外流の言う、この話の鬼ごっこは自分の番で終える代わりに、このモヤモヤした気持ちは解決させておきたかったのだ。
そして、外流から盗んだ黒根の毛と、横のデスクからヒョイヒョイと拾い上げた塚の髪の毛とを、高木に託したのだ。
「ただ」
高木は小躍りする仁楠を手で制した。
「再検査、させてもらえませんか? もう一度、その男性の髪の毛を取得してきてください。それから」
「一体なんで?」
まだ何かを言いかけた高木に被せるように、仁楠は大きな声を上げた。
「ちょっと気になる数値だったんです」
「一致したんでしょう? それ以上ってあります? イエスかノーの世界じゃないんですか?」
仁楠は勢いをつけて高木に迫った。だが高木は態度を一切変えずに、
「例えるなら、数式としては成り立ってはいるけれど、この数式を立てたことがそもそも合っているのか、という疑念なんです」
「詳しく説明してください。ぼくだって、簡単に髪の毛を取ってこれるわけじゃあないんです」
ううーん、と高木はうなった後、観念したように口をひらいた。
「いただいたサンプルは、女性一人、男性一人のはずですよね」
仁楠は、嫌な話が来る予感を素早く察知してきた。今回もそうであった。
「男性分から、もう一人分のDNAが検出されたんです。髪の毛が二種類入っていた。おそらく、一つは、その男性、もう一つは、あなたの髪の毛」
思い返すと、外流に返す封筒に詰めるために強引に自分の髪の毛をむしったのは、だいぶ雑な作業だったかもしれない、高木に渡す分に多少混ざってしまったのだろうか、と不安になった。
「つまり、再検査をするのは、女性じゃない。その男性と、仁楠さん、あなたの髪の毛です」
「それって、もしかして」
「お二人のうちどちらかと、女性とのDNAが一致したんです」
思ってもない高木からの話に、仁楠の時がしばし止まった。
「ま、また、二週間後に結果が出る、ということですか」
「ええ。まぁ、DNA検出自体、百パーセント毎回検出するわけではありませんから、失敗したら、また採取してもらって二週間後、となりますが。
どうしますか。あなたの事情も、わたしは伺っていませんから、どれほど緊急性のある調査なのかは存じていませんが」
少し、考えます、と、塚に言わせれば行動力のある仁楠も、さすがに躊躇して、その日は帰路についた。
黒根と一致したに決まっている。それで話は終わり、でいいじゃないか。今起きた現実と、何のギャップも存在しない。
そう言い聞かせようとする仁楠であったが、その日は当然のように寝つきが悪かった。




