第二章 デオキシリボ核酸の存在と現実ギャップ問題 1
一
ナルヴィク社から弥古尾に依頼が入ったのは、ボルドー小学校騒動が起きてから一か月後の七月だった。
ハンブルク研究所は青梅市の中でも西の方にあり、都内中心部よりはめっぽう涼しい。七月とはいえ、そこまで不快な暑さではない。
環境コンサルタントを掲げている会社なので、クーラーも設定温度に気を付けないといけないが、服装の自由さもあり(塚は汗がすぐ乾くドライ機能のあるポロシャツだ)、オフィスに入ってしまえばさほど気になる暑さではなかった。
だというのに、弥古尾ただ一人が苦悶の表情を浮かべていた。
改めて、ハンブルク研究所は規模の小さな会社である。
営業部は部長の賀臼をトップに、ナンバーツーは仁楠、それを支える(今は塚を保護するための障害ではあるが)サブとして郡馬と和井得。その下に課員が二人と、かつてこの会社で働いた人を嘱託として登用している。
つまりここまででまだ紹介していない社員はあと三人ということになり、弥古尾はそのうちの一人だ。
「どうだい。今は何回目だっけ」
「ラウンドスリーですよ。二回目があった時点で驚きでしたけど」
心配する仁楠と塚をよそに、弥古尾はワイシャツの胸元をつまんで、暑そうにパタパタとした。
「弥古尾さんも何か変わったことをしているんですか」
「も、ってどういうことだい」
一瞬、間が開いた。弥古尾は自分の疑問が解消されるまで、塚の問いに答えないようであった。
「わたしたちもなんですよ。この前、森林破壊をしたがっている小学生がいて。それをやめさせるんです」
「いや、塚さん、それじゃあ弥古尾くんに正しく伝わらないよ?」
「全部話すと、長くなるじゃないですか」
塚が、ほんの少し、ムッとしたので、仁楠は慌てて腰を低くした。
「そうだね、説明をかいつまむことは大事だよね。その結果内容が正しく伝わらないなんて言っても、結局は当事者以外本当の正しさなんて分からないんだからね。伝聞なんて浅はかだよ」
弥古尾は、急に饒舌になった仁楠にも、疑問というか違和感を少し持ったが、そこは意に介さないようであった。
「大変そうだね。たぶん、ぼくよりも大変だ。
ぼくは、答えというか、ゴールが見えない、っていう大変さだよ。お客さんがいつ満足して終わってくれるのだろう、ってね。これ、みてよ」
弥古尾が立ち上がって見せたのは、洗濯機のカタログであった。
「あー、分かりましたよ。使った洗剤をいかに水道へ流さないか、っていう環境配慮の洗濯機の開発のサポートですね。たしかに、エコ家電の開発には終わりはありませんもんね」
「全然違うよ」
うぐう、と塚は唸った。仁楠は、口の悪いというか、女性慣れしていないというか、若い、幼い弥古尾の元に連れてきたことを少し後悔し始めていた。
「依頼されているのは、この洗濯機のキャッチコピーの考案だけなんだよ」




