83話 叫びと祈り
◇◇◇
さて……、どこから話し始めましょうか……。まずは時系列で、事件の始まりからですね。
貴方たち《杖》は《協会》の本部を占拠しました。
人質を取り、外の者に要求を突きつける。
わずかな手勢で目的のものを勝ち取る手段として、立て籠もることを選んだ。
その手段の是非については私は論じません。
《杖》のリーダー、アルファは緻密な作戦を練って、事件当日に臨んだのでしょう。
一方で、貴方も秘密裡に作戦を立てていた。
《杖》の作戦に乗じて、自分の目的を果たすための作戦。
メンバーを裏切り、殺すための算段を立てたんですね。
そして、今日。
貴方は、まずメンバーの一員として活動を始めた。
人質を一ヵ所に集め、リーダーが交渉の準備を始めるところまで、貴方は従順なメンバーを演じていた。
自分の与えられた役割をこなす一方で、メンバーの隙をうかがっていたのでしょう。
おそらく、一度にメンバーを殺害していくのは困難だったと思います。
ですので、まず一人を殺害して、《杖》のメンバー内で疑心暗鬼を誘ったのかもしれません。
そして、《協会》内が混乱に陥った状況で、貴方はある魔法を使った。
今回の事件で鍵を握る魔法。
それは鳥を使い魔にする魔法です。
貴方はこの魔法を使って、巧みに外と内を分断したのですね。
《杖》のリーダー、アルファでしたか、彼は鳥の使い魔を通じて、憲兵団と交渉していた。
しかし、その相手は、憲兵団のふりをした貴方だった。
実際には、《杖》は憲兵団と何も話していなかったのです。
そして、交渉した気になった《杖》のリーダーを始め、メンバーを一人ずつ油断させてから殺害していった。
人質に目隠ししたのも、貴方の発案なのでしょうね。
《杖》の殺害を途中で気付かれたり、余計なことを話されて邪魔されないために。
そうやって、人質に違和感を持たれないようにしながら、貴方は《杖》を全滅させた。
次に貴方がしたことは、人質に扮して憲兵たちの前に姿を現すことでした。
貴方は犯人たちから解放されたように装って、憲兵団の懐に飛び込んだ。
この時点で、立て籠もり事件の犯人はすでに死んでいるのに、それを悟られないように、まだ犯人は建物の中にいると錯覚させた。
ここで、犯人からの要求をひとつ付け加えたのですね。
おそらく、最後の逃亡用の資金と馬車は貴方が考えたものでしょう。
なるべく、要求の実行を遅らせるため、時間稼ぎのためのものでしょう。
そして、詰所から出て、憲兵団のところに鳥の使い魔を送った。
今度は、《杖》のリーダーを名乗り、貴方は憲兵団を謀ったということです。
つまり、貴方が行ったことを時系列にまとめると、こうなります。
①《杖》が《協会》で人質を取り、占拠。
②《杖》のリーダーに憲兵長のふりをして、交渉。
③《杖》のメンバー殺害。
④解放された人質のふりをして、《協会》の建物の外へ出る。
⑤憲兵団に《杖》のリーダーのふりをして、交渉。
……こうやって、貴方は《杖》と憲兵団の両者をそれぞれ演じ、本物の《杖》と憲兵団を騙しきったのです。
それが出来たのも、貴方が計画の中枢に近い、腹心のポジションに位置する人間だったからでしょう。
……私が分からないのは、なぜ仲間を殺したのか、その動機です。
――両手を血に染めてまで、貴方が得たものは何だったのですか?
◇◇◇
ウェッジの問いに、《杖》内でブラボーと呼ばれていた男は黙ったままだった。
「答えませんか……」
すると、憲兵長がウェッジと男の間に割って入った。
「もういいではないか。こいつが犯人なら儂はしょっぴくぞ」
憲兵長は何か言いたそうなウェッジの顔を見て、ため息をひとつ吐いた。
「それにな、こいつの動機なら……、儂にも分かる気がするぞ」
男とウェッジの視線が憲兵長に向かった。
「こいつが《杖》を壊滅させた理由は、十年前の事件の復讐だろう」
十年前の事件。
《杖》が起こした公館占拠事件。
三十名の犠牲者を出した、憲兵団と《杖》双方にとっての汚点。
憲兵長の横槍にも、男は何も答えない。
だが、その死んだような目の奥に、ちろりと炎に似た意志が見えた気がした。
憲兵長は男に語りかけながら、彼のところに歩を進めていった。
「この墓地の、こいつが祈っていたところは、十年前の事件の犠牲者が眠る場所だ」
男がこの場所を示したのには明確な意味があった。
すべてが終わり、墓前に報告をしていたのだろうか。
男の十年越しの終着点は、このうら寂しい場所だった。
「ここにはな、……儂の部下と同僚も眠っておる」
憲兵長は傍らの墓碑に目を落とした。
「確かに、あの事件の関係者であれば、《杖》憎し、という思いはあるだろう。だが、自ら《杖》に入り、十年間も復讐の機会を窺っていたとなれば、並みの精神力ではあるまい」
十年間というのは途方もない年月だ。
その間、復讐の火を絶やすことなく持ち続けること自体、尋常の精神ではない。
憲兵長自身も理解出来るとは言ったが、この男の精神状態は計り知れないものがあると感じていた。
「そうだな……」
男がぽつりと呟いた。
憲兵長の足が止まる。
ウェッジも静かに男の次の言葉を待った。
「確かに、十年という歳月は長かった……」
男の声は感情の籠っていないものだった。
復讐を果たしたことによる喜びや達成感といったものも。
《杖》に対する憎悪や怒りも。
失った者たちに対する哀悼や憐憫も。
男の声には何も無かった。
「もはや妻や娘の顔も、声も、思い出せないほどに、長い時間だった……」
復讐の動機、それは愛する家族を失ったことによるもの。
だが、ウェッジは男を見ていて憐れみを感じた。
復讐を果たしても、この男は何も残っていなかった。
おそらく、妻と娘だけではない。
この男の心も、十年前に、一緒に死んでしまったのだろう。
今、ここに立っているのは、《杖》を壊滅させた復讐の鬼ではなく、あまりに空っぽな一人の男だった。
憲兵長は歩み寄ると、腰の縄をほどき、静かに男の手首に巻いた。
男はただそれを眺めているだけで、抵抗はしなかった。
ここまで無抵抗の男が、なぜ立て籠もり事件で《杖》を壊滅させた後、その場ですぐに投降しなかったのか。
「最後に、祈りたかった……」
捕縛された男は誰に言うでもなく、言葉をこぼした。
応援の憲兵団が駆けつけてきて、墓地はにわかに騒がしくなった。
ウェッジは、男が憲兵たちに連れていかれる姿を、ただ、じっと見ていた。
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