82話 馬車とすれ違い
ウェッジは人質たちの部屋を飛び出すと、二階の未探索部分を調べていくことにした。
廊下を走っていると、倒れている人物を見つけた。
覆面をして黒いローブを着ている男性だった。
後ろからナイフで刺され絶命している。
ウェッジは自分の考えに確信を得た。
「憲兵長!」
ウェッジは肩の鳥に向かい、叫んだ。
「お願いします、今すぐ突入を!」
「な、何をいきなり言っとるんだ! 人質はどうするのだ!?」
鳥が負けじと叫び声を上げる。
「……人質はもう安全です」
ウェッジは足元に転がった死体を見下ろす。
そして、断言した。
「なぜなら……、犯人たちはすでに全滅しています」
「な……」
「私はそちらに戻ります」
ウェッジは人質の部屋まで戻ると、エリィとアリスに憲兵たちが突入してくるので、それまで待つよう伝えた。
憲兵の詰所まで急いで戻ろうとする。
(もう、間に合わないかも知れません……)
ウェッジが建物を出るとき、入れ違いで突入班が駆けつけて来た。
ウェッジは先頭を進む突入班の班長に声をかける。
「もう危険はないと思いますが、念のため気を付けてください」
「了解した」
建物に突入する彼らを見送りつつ、ウェッジは詰所に戻った。
詰所では憲兵長が仁王立ちをしてウェッジを待ち構えていた。
「いったい中で何があったのかね!? こっちはさっぱりわけが分からんのだ!」
「すいません、説明をする前に確認させて下さい」
憲兵長はまだ言い足りない様子だったが、ウェッジは無視した。
「解放された男性は今どこにいますか?」
ウェッジは近くにいた情報収集班の憲兵を捕まえて尋ねた。
「え……、あぁ、あの人ならもう聴取が済んだので、帰りましたよ」
それを聞いたウェッジは奥歯を噛んだ。
「逃げられましたか……」
ウェッジがうなだれているところに、若い憲兵がおずおずと切り出してきた。
「あの、その人のことで、憲兵長にも言ったことがあるんですが……」
「おぉ、そうだ。あれはどういう意味か、ウェッジ君に分かるかね?」
憲兵長が手をポンと打ち、思い出したようだ。
「あれとは……?」
「人質の男性から聞いた自宅の住所が、民家などではなくて、ここだったんですよ」
若い憲兵は地図の一点を指で示した。
「ここは……」
ウェッジは食い入るように地図を見つめた。
「ここに行きます! 誰か、案内してくれませんか!?」
「それなら馬車を出す! ただし、儂も同行するぞ! 行くまでの間に、今の状況を説明してもらうからな!」
ウェッジは手配をしてくれた憲兵長に礼を言った。
すぐさま部下の憲兵が馬車を引っ張って来る。
腹を揺らしながら乗り込む憲兵長の後に、ウェッジも続いて乗り込んだ。
ウェッジが肩に乗せていた鳥から、《協会》建物内に突入した憲兵たちの報告が入った。
「憲兵長、ウェッジ殿の言う通り、犯人たちは……、全滅していました」
ウェッジが割り込んで鳥に尋ねる。
「すいません、横から。犯人たちはどのように死んでいたのですか?」
「あぁ、ウェッジさんも居るんですね。まず、リーダーらしき人物が事務局長室で首を切られて死んでいました。それから、二階の廊下で、多分ウェッジさんも見たでしょうが、背中を刺された男性の死体、部屋に矢傷を受けた男性の死体。二階の奥にも男性の死体がありました。そして、二階の廊下で胸を刺された女性の死体。全部合わせて死体は五体だった」
「分かりました」
「しかし、気になる点がある。死体から流れている血が乾きかけている。ついさっき死んだわけではないということだ。これはどういう意味だ?」
「それについては、後で説明しますので。それでは、ありがとうございます。人質の方たちの保護をどうかよろしくお願いします」
「……了解した。貴君も幸運を祈る」
鳥が沈黙すると、憲兵長が息巻いてウェッジに詰め寄ってきた。
「さぁ、ウェッジ君! この事件について知っていることを話してもらうぞ!」
狭い車内で迫って来る憲兵長をなんとか押しのけると、ウェッジは諦めて口を開いた。
「分かりました。私もまだ全てを理解しているわけではありませんが……、分かる範囲で話しましょう」
ウェッジはひと呼吸置いて、推理を語り始めた。
「……私がこの人質立て籠もり事件で一番不可解だと感じたのは、最初に解放された人質の男性の存在です」
「事件に巻き込まれたと言っていた、あの人物かね?」
「えぇ、はっきり言って、犯人側の意図が分かりませんでした。なぜ、貴重な資源であるはずの人質を、何も引き換えや駆け引き無しに解放したのか。そして、なぜ、犯人たちはわざわざ人質を要求内容の伝言係にしたのか」
「そう言われてみれば、そうだが……」
「私が感じたのは、手際よく《協会》本部を占拠した犯人たちなのに、この人質解放だけは失敗した行動という印象でした。それもそのはずです。人質解放は犯人たちが意図していない事柄だったのですから」
「何だと? あれは犯人たちがやったことでは無かったのかね?」
「はい、つまり、犯人たちの思惑とは別の思惑を持った人物がいたということです。言い換えれば、犯人たち、《杖》のメンバーの中に、裏切り者が潜んでいたのです。この裏切り者により、犯人たちは全滅しました……」
「な、なんと……。そんな危険人物が潜んでおったのか……。つまり、あの人質の男性が裏切り者なんだな!?」
憲兵長は意気込んでウェッジに確認した。
しかし、自分で発言の矛盾点に気付いたようだ。
「いや、しかし、待てよ……。あの男性が解放されてから、儂たちは《杖》のリーダーと交渉しておる。しばらく詰所に居たはずのあの男性が《《杖》ワンド》のメンバーを殺害したというのなら、また建物に戻ったということか? いや、あの男性がそんなこっそり戻ったりする隙はなかったはずだ。……う、うぅん、わけがわからんぞ?」
憲兵長が頭を抱え始めてしまったので、ウェッジが助け舟を出した。
「単純に考えてください。憲兵長は《杖》のリーダーと話してなんかいなかったのですよ」
「そうか、そうだったのか! って、うおぉい!? 何だと!?」
顎が外れそうなほど口を開けて驚く憲兵長。
「つまり……」
ウェッジが続きを説明しようとしたとき、馬車が急停車した。
「目的地、着きました!」
馬車の運転をしていた憲兵が叫ぶ。
かなりのスピードで飛ばしてくれたらしい。
「憲兵長、話の途中でしたが、行きましょう!」
「えぇい! もう何が何やら!」
二人は馬車から躍り出る。
そこは墓地だった。
生者を許さないような静謐な雰囲気のなか、二人は黙って歩いた。
その先に、一人の男性がひざまずき、祈りを行っていた。
張り詰めた表情で一心に祈る男性。
ウェッジは彼の顔を見て、死者の冥福を願っての祈りではなく、許しを請うものであるように思った。
「貴方が、《杖》の人たちを殺したのですね……?」
ウェッジが声をかける。
男性はここでようやくウェッジたちに気付いたようだ。
立ち上がると、虚ろな目で見つめてきた。
「そうだ。……君は誰だ?」
「ただの冒険者です。ですが、貴方たちの事件に友人が巻き込まれました」
「……そうか。それは済まなかった」
男性は乾いた声で謝罪を述べる。
しかし、その顔には何の感情も浮かんでいない。
「もう済んだことです。まぁ、刺されたエリィは気の毒ですが。それより、貴方はこれからどうするのですか?」
ウェッジの問いに男性は微動だにしなかった。
問いかけの意味を理解していないような反応だった。
「……これから、私は何をすればいい?」
ウェッジはこの男性について理解してしまった。
(そうか、この人にはもう何も残っていないのか……)
「お、おい! 何を悠長に話しておる!? コイツが、《杖》の奴らを殺した犯人なのであろう!? どうするもこうするも、確保せねばいかんじゃろ!」
「えぇ、そうなのですが……。せめて、話はさせてくれませんか? 彼も抵抗する意思はなさそうですよ」
「うむむ、確かに……。儂も分からんことだらけだしのぅ。……よーし、分かった。応援が着くまでの間、話を聞こうじゃないか!」
感謝します、とウェッジは礼を言った。
「それでは、この事件の全容を彼に補足してもらいながら、明らかにしていきましょうか」
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